この作品は作者こたつ城主様のご好意により掲載しております      

 

『緑葉の目にまぶしきを一人知る   埋もれた宝を掘りあてしとき』

                                                      Ⓒ刀用軒秋嶽・天陽

                                                 

また徹夜だった。沙耶は、首を右に左に廻しながら事務所を出た。

年なのかな……。そう思うと嫌だったが、このところ、さすがに不況のせいか仕事の数も少なく、前のように二夜、三夜と徹夜が続くような事はない。

 なのに、前よりも疲れるようになった。つまりは自分の体が衰えたという事だろう。

 事務所は仮設で、そこを出ると目の前は建設現場である。現場の合間に作ったばかりの道路が横たわっているが、車はまだ通行できない。沙耶は、缶コーヒーを片手に真新しい道路にテクテクと歩いてきて、ど真ん中にドカッと座った。あぐらをかく。周囲は木材が建ち並んだ建設中の家と、まだ雑草が覆い茂った空地が点在している。沙耶はこの空地部分の仕事を担当している。

 道路の上で、だらしなく両足を投げ出している沙耶を、朝一で働きに来た職人の関が、目ざとく見付けて声をかけた。

「遠藤さん、もしかして徹夜? ご苦労さん、何やってたの?」

 沙耶は答える。

「積算」

「図面ばっかり見てると、体が腐るよ。たまには手伝わない?」

「まさか」

  沙耶は苦笑した。この上、塗り物の匂いが激しい現場になんか入ったら、入り口で貧血起こしそうだと思った。

  関は、何かまだ話を続けなくては悪いと思っている様子で、沙耶の前に立ちふさがっているのだが、話の続きが出て来ない。沙耶は、

「関さん、ごめんね。そうやってると、まぶしいの」

「え?」

「関さんの後ろから、お日様が……」

  つまり沙耶が言うのは、立っている彼を見上げていると、ちょうど朝日が目に差し込んで来る、という事である。

  実は朝日だけでなく、何もかもが眩しい。今座っている道路も、振り返って見る仮設事務所の壁も、その横に、まだ伐採されず残っている椎の木の葉など、キラキラ

と朝日を反射して、一枚一枚をじっと見ていると、気が遠くなりそうだった。

「座ってよ」

  沙耶は自分の隣を指さして無愛想に言ったが、関は、

「所長に怒られるから、それより……」

  と上着のポケットから何か出した。見ると、ティッシュをクシャクシャに丸めてある。関はそれをそおっと開いて、中の物をつまみ上げて沙耶に見せた。

「え! 貝殻?」

  沙耶は、かなりの大声を出した。

「出て来るんだよ、この辺、昔、海があったんだろうね」

「そうかしら。もしかして、『ナントカ貝塚』とかだったりして」

「違うでしょ。埋め立てたんだよ、昔この辺を」

「くれるの?」

「いいよ。徹夜のご褒美」

「何で関さんに……」

沙耶は笑った。褒美は会社にボーナスで支払って欲しい所だ。しかし今年も無理かな……と沙耶は思っている。何しろ不況だ。

「ご褒美よね」

「そう、明日もがんばってね」

「明日……ね」

  沙耶が苦笑していると、関は、

「そう、明日も来てね」

と言った。沙耶は笑いながら立ち上がり、お尻についた埃をパンパンと叩いた。

「来るわよ、仕事ですもの」

 右手に缶コーヒー、左手には、今もらった貝殻を握ったまま、スタスタと道を横切り、現場を去っていく。

 ふと振り返ると、関は、まだ仮設事務所の方には向かわず、ニコニコ笑いながら見送っている。

 沙耶は貝殻を握った左手で、拳のまま、関に手を振った。

「バイバイ、また来るわ、ありがと!」

 そう言う沙耶の声に応えて、おもむろに手を振り返す関の姿は、相変わらず眩しかった。

 

 

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