『五月雨の降りゆく庭に鳴く蛙  空を仰ぎて目に染む滴』

Ⓒ森田丹波守・こたつ城主

俊之と恭子は並んで学校から帰る途中である。どんよりと曇った空の下、二人はただ無言で歩く。

「何かしゃべったら?」

通学路をようやく半分ほど歩いてきたとき、その沈黙に耐えかねたのか、恭子はおもむろに俊之に言った。

「何も無いのに何をしゃべる。」

「何でもいいじゃないのよ。テストの事でもクラブの事でも。」

「そっちが何かしゃべれば?」

俊之はつれない返事をする。本当は言いたいことはいっぱいあるのだ。それでもしゃべらないのは,男はベラベラしゃべるもんじゃないと思っているから。このご時世に珍しい男である。恭子は気が強いと言うか、気が短いので沈黙が続くとイライラする。こんな二人が仲良く?並んで帰っているのは家がたまたま同じ方向だからである。二人は別に付き合っているわけではない。だが、二人とも好意をもっているのは間違いない。しかもお互いに相手が自分の事が好きだ、という一種の確信をもっている。だから自分からわざわざアピールする事はない、いずれ向こうが言うだろうと思っている。男も男なら女も女、ある意味救いようのない二人であった。

「こっちがないからふってるんでしょ?!」

「ないなら、わざわざしゃべることないんじゃないの?」

「何よ!大体あんたは・・・・・、あ、雨。」

「雨?あ、本当。」

「何、のんきなこと言ってるの!走らなきゃ!」

「どうせ、夕立だろうよ。そこで雨宿りでもすればいい。」

二人は雨を避けて、この町にはおよそ似合わない立派な寺、もっとも廃寺になっているのだがそこに雨宿りすることにした。

蛙が雨につられて這い出てくる。やがてあたりは蛙の声に包まれた。『蛙の合唱』とはよく言ったもので高い声も低い声も織り交ぜてそれはもう、うるさい事この上ない。

「あんたよりよくしゃべるね。」

「お前の希望に応えてんだろ。」

そのまま二人はまた黙る。夕立だと思っていて雨はなかなか降り止まず、むしろ激しくなる一方である。これじゃあ、二人とも帰るに帰れない。

「しょうがねえなあ。」

俊之はおもむろに鞄を下ろすと、中から何か取り出した。

「・・・・・・、何それ。」

「折り畳み傘。」

「んな事は見りゃわかるのよ!なんで最初から出さないのよ!」

「すぐ止むと思ってたんだよ。それにお前はどうせ持ってないだろ。」

恭子は二の句が告げなかった。事実持ってないからだ。だから、雨宿りしたのである。二人でいられる時間が長くなったのでそれが嬉しかったりもしたのだが。

「じゃ、あんたもう帰るのね。」

恭子は置いていかれることに少し寂しさを覚えたが、それでも強気に、行くんなら行けば、といった。俊之はそんな恭子の顔をじっと見ると傘を広げて、屋根の下から踏み出た。やっぱり行っちゃうのか、恭子が内心がっかりした時、俊之は振り向きもせずに

「たまには、相合傘ってのもいいんじゃないの?」

「エ?」

恭子は耳を疑った。こんな台詞をあの男から聞けるとはおもっていなかった。この男にこんな台詞を吐ける度胸があったとは。

「来ないんなら、置いてくぞ!」

俊之にしてみれば一世一代の大博打である。こんな台詞、自分の口から出るとは思わなかった。後は恭子が傘に入ってくるかだ。のるか、そるか。

「ウン。」

恭子はうつむいて、それでも笑みを浮かべて傘に入ってきた。その顔を見て、ヤッタゼと思ったが、顔に出しちゃまずいから怒ったような照れたような変な顔で歩き出す。今度は黙っていても恭子は何も言わない。

 やがて、俊之と恭子が別れる交差点までやってきた。俊之の家はここから50mほど、恭子の家は後200mはある。

「ホラ。」

俊之は傘を恭子に渡した。

「いいわよ。すぐそこなんだから。」

「いいから持ってけよ。女に風邪引かせちゃ、男の恥だ。」

恭子は黙って傘を受け取ると、

「ありがと。それじゃね。」

といって角を曲がる。俊之もその姿を見送ると家に向かって歩き出した。もう、あいつには声も聞こえないだろう。

「ヨッシャア!」

俊之は天を仰いで叫んだ。よくやったぞ、俊之、お前はえらい。よく言った。どうだ、あのじゃじゃ馬にあんな顔させられるのは俺くらいのもんだぜ。よくやった。弱くなったとはいえ、雨は俊之の顔に落ち続ける。目に入ったりもしたが不快にはならない。むしろ温かくて心地良い。俊之はスキップのような小躍りのような不思議なステップで歩き出した。その姿を遠くから笑いをこらえて見ている恭子。この二人は後に「典型的な、かかあ天下」として知られる事になるが、それはまた、後日の事。

 

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