「そういえば『付き合ってくれ』とも言ってなかったな。」
友章はそんな事を考えながら、煙草を吹かしていた。「外国のはやめて」と言われてそれまで吸っていたマルボロをやめてマイルドセブンに変えた。止めろとは言わなかったな、などと思い出しながら、吸いつけた煙草は7本目。いつもはこんなに吸う事はない。窓の外は快晴、梅雨なんて一体どこに行ってしまったんだろうか。
「雨でもふりゃあ、涙雨なんて格好もつけられるのに。」
今日、敬子は自分とは違う男と幸せをつかむ。ジューンブライドと言う奴だ。幸せになるかどうかなんて本当はわからない。でも、自分といるよりは幸せなんだろうと、友章は思う。
敬子と初めて会ったのは大学のオリエンテーションだった。たまたま苗字が近かったと言うだけの偶然だった。二言三言話をしただろうか。内容なんて、もう覚えていない。以来6年付き合った。その間に、友章は地元の役所に入り、敬子は合わせたかのようにその隣町の商社に就職した。このまま、結婚して家庭なんて築くのかな、などと近未来を漠然ながらも想像していた事もある。
「・・・もう私達だめだよ。」
敬子の口からその言葉が吐き出されたのは二人が付き合いだして6年目の記念日の5日後だった。
「何言ってんだよ。」
「私、もうあなたとは付き合えない。」
「どうして?」
友章はいきなりの予想もしなかった別れの言葉に動揺を隠し切れず、詰問調で問い質す。
「俺が何かしたってのか?浮気したとか嘘ついたとかそんな理由があるならしょうがない。だけど、俺は何もしていないじゃないか!」
「そう、あなたは何もしていない。だからよ。」
「なんだよ、そりゃ!じゃあ、浮気でもすりゃいいってのかよ。」
取り乱す友章に敬子は寂しげな笑みを浮かべつつ、そうじゃないの、と言った。
「あなたはこれまでに私に何もしなっかたよね?何も言ってくれなかったよね。」
「・・・・・・・・」
「私、いつも待ってたの。この6年間毎日。でもあなたは何も言ってくれなかった。」
「そんなこと・・・・」
「他の娘の事なんて知らない。でも、私はもう我慢できないの。もう待ってられないの。」
敬子は悲しそうな顔をしてうつむいた。友章が一番見たくない顔、一番して欲しくない行動。そうさせているのは他ならぬ自分である。
「わかった。」
ほかに自分が言える言葉があるなら教えて欲しい。どんな言葉がいえるのか。
「今までありがとう。」
敬子はそう言って、友章の前から去った。
・・・吸おうと思ってつけた煙草がいつのまにか燃え尽きてフィルターだけになっている。
「俺だって、言いたくなかった訳じゃねえよ。」
新しい煙草を吸おうと思ったがやめた。
「言えなかったんだよな。怖かったんだよ、口にするのが。」
言い訳だといえばそうだろう。だけど真実である。女性と付き合うなんていうのは敬子が初めてだった。好きだよなんて言葉が簡単に出るのならいくらでも言った。でも、口にするのが照れくさくて、笑われたら、なんて考えると怖かったのだ。でも、それが結局彼女を苦しめたのだ。6年間、彼女を悩ませつづけたのだ。
あれから2年経ち、友章に言い寄ってくる女の子も結構いた。でも友章は今は一人である。いまだ敬子が忘れられず、そのまま独りできた。そんな時、敬子から電話があった。
「私、この6月に結婚するんだ。」
2年ぶりに聴く敬子の声は、非常な現実を突きつける。
「そうかよ。よかったな。」
「友章は?」
「俺は未だに独りだよ。」
お前が忘れられなくて、とはいえない。
「来て、なんて言えないよね?」
「来いって言うなら行くよ。」
敬子の花嫁姿は見てみたいな、と思った。もしかしたら自分の隣でしていたかもしれないその姿はみてみたいような気がする。
他愛のない会話をその後2、3分しただろうか。電話を切る直前、
「また、何も言ってくれないんだね。」
「エ?」
「ううん、なんでもない。じゃあ。」
切れた電話を耳に当てたまま友章は考えた。祝いの言葉の1つでも言って欲しかったのかな?結局式に行くかどうか言わなかったからか?それとも、「そんな男と結婚するな」なんて台詞を・・・・
「まさか、な。」
淡い希望を自ら打ち消し、友章は受話器を置いた・・・・・・
「そろそろ行かなきゃ。」
友章は私服を脱ぎ、礼服に着替える。招待状は結局届かなかった。友達には「行ったらただの馬鹿」と言われた。それでも俺は行くんだ。行かなきゃダメだ。それが敬子を苦しめるかもしれない。それでも行く。多分、今しか出来ない、今しか言えない。
「ときは今、だ。」
友章は鏡に向かい髪を整えながら気合を入れる。
「敬子、今でも大好きだ!」
その言葉を胸に、友章は部屋を出た。
『何時の日か時は今だと夢をみて 貴女(きみ)への想い心の奥に』
Ⓒ咲庵じろう・刀用軒秋嶽