『格差社会』
  
 『僕の父ちゃんも週休二日制。雨の日が続けば二日でも、三日でも仕事にありつけず、休みなんや。天気にあれば、日曜日でも職場へ出掛けるんだよ』。
 夏の盛りに出会った少年の呟きが忘れられない。
 四歳の誕生日を前に、治療費もままならず、母を乳がんで亡くし、父と二人だけの生活は七年目を迎えた。
 少年は、こうも言った。
 『額に汗して働いて努力すれば、報われる。父ちゃんが言っていたよ』と。
 格差を生み出す温床に派遣社員、契約社員、パート従業員の非正規雇用がある。
 この世に、
 人間社会が存在する限り、格差は無くなりはしないだろう。
 格差があるが故に、社会が成り立つ側面もある。
 人は、
 より快適に、
 より豊かに、
 より幸せに、
 なりたいがため、地位と名誉、権力と財力を求めようとする。
 そう願うのは人間だけだろう。
 貧困がなければ、人々は幸福であろうか。
 人生の究極のテーマである。

    『潮騒の囁き』

 風に吹かれ、雨に打たれ、流離(さすらい)の果てに、辿り着いたのは日暮れ間近い浜辺だった。
 秋風の頃になると、手をつなぎ、波打ち際を母と二人で歩いた幼き日々を思い出す。
 「母ちゃんは、死んだ父ちゃんのぶんまで頑張らんといかんな」。
 そう言って、いつも笑っていたのは遠い昔。
 その母は、もう逝ない。
 ぎゅっと握った指先に伝わる温もりは、いつまでも忘れられない身体(からだ)の芯に染みついた母の優しさ。まるで昨日(きのう)ようだ。
 我がままが通らないと口答えし、ぐれて故郷(いえ)を十八で飛び出してからは、やる事、なす事、失敗ばかり。半ばやけくそになって、チンピラ仲間に引きずられ、挙句の果ては世間に顔向け出来ない事の繰り返し。
 今日(いま)も一つ屋根の下で一緒に暮して居れば、最期を看取る事も出来たものを。
 なのに俺は相変わらず見栄っ張りで、強情っ張りの親不孝者。
 茜色に染まり、沈みかけた夕陽を眺める。
 頭上に海鳥が舞う。高く、低く。水彩画を描くように。
 歩んできた過去を振り返れば、涙に包まれた闇の世界。
 水平線の彼方には、闇の極楽浄土があるというのか。
 苦しみと悲しみに潰されそうな向こうには、幸(さち)があるというのか。
 やり切れない。切ない。