『鏡に映った後姿』

 振り向きもせず、黙ってドアを開け、
 出て行く、鏡に映った貴方の後姿。
 「お願い、行かないで。一人にしないで」。
 呼び止めようとしたけれど、口に出せなかった。
 心の中で叫ぶ自分が哀れになって、涙があふれた。
 アパートの階段を、小走りで降りて行く靴音が遠ざかる。
 三階の窓から見つめる私には気にも止めず、
 ベンツに乗り込み、小糠雨(こぬかあめ)の夜更けの街へと走り去った。
 テールランプの赤い光が漆黒の中に吸いこめれるように、次第に小さくなって見えなくなった。
 もう二度と、優しく肩を抱いてくれる人もいないと思うと、一人置いてきぼりが寂しくて泣き崩れた。

    『独りぼっち』

 灰色の空。
 重く垂れ込み、屈折した僕の心を映す鏡のようだ。
 何もかも、ゆがんで見える。
 まばゆい茜色の落日さえ。
 夢と希望は消え失せ、気怠さが鉛のように圧しかかる。
 声を上げて泣きたいけれど、涙さえ出ない。
 寂しいな。
 独りぼっち。
 心打ち解ける友もなく、道端のスミレ草だけが微笑んでくれる。
 春だと言うのに、いつか来た風雪の峠道を彷徨っているようだ。

    『虫けらの死』

 親、兄弟もいない孤児の俺が死んでも、誰が悲しむ、と言うのか。
 この世に生きる何十億人の一人にすぎない俺の死なんって。
 まるで、仲間の死骸に群がり、蠢(うごめ)く虫けらのようだ。

    『人間愛』

 戦争やテロによる破壊と殺戮。
 どれほどおびただしい血が流れたのであろうか。
 貧困と飢餓。
 飢えと渇きに苦しむ異国の子供たち。
 環境破壊がもたらした異常気象。
 この地球(ほし)は、絶望の未来に向かって突っ走っているのだろうか。
 身勝手で、愚かなお前たちが自ら招いた報いだ、と神や仏はお嘆きであろう。
 今日を生きることにかまけて、見過ごしてしまった現実を。
 生きる証を問いながら見つめるがいい。
 穢れなき幼児の澄んだ瞳を。
 なんて愛らしいことか。
 人知れず咲く野花を眺めるがいい。
 目を閉じて、梢で遊ぶ仲むつまじい鳥たちの囀りを聴くがいい。
 なんて清々しく、和ましいことか。
 忘れかけた人間の魂。
 憎悪と偏見、差別を排除して労わり、思いやり、地上の万物を慈しむ人の心。
 今こそ国籍、人種、民族、宗教の垣根を超えた人間愛の花を咲かそう。

 「他人を尊重して敬意をもって接することができない者は、出ていけ」(米空軍士官学校長・ジェイ・シルベリア中将の訓話から)