「くーっ。一度でいいからKKさんが撃ってるところ見てみてぇっ!」

「それで?結果的にはどうだったんですか?」

「勿論クリア♪ま、コンテニューのせいでランキング外になっちまったけどな」

「おしかったですね」

 特に目的もなく、ただ道があるから歩き続ける。一体、いくつの横断歩道を渡っただろうか。

 人形の入ったビニール袋が騒がしく笑っている。

「なぁ。今、何時?」

「さぁ」

「さぁって―――時間ぐらい見てくれたっていいだろ?」

「面倒だから嫌です」

「酷いなぁ。俺とお前の仲だろ?ピエール」

「時計ぐらい自分も持っているんじゃないんですか?」

「忘れた」

「あ、そうですか」

 結局、時間が分からないまま歩く。気のせいか一度歩いたような気がするが、どちらも文句を言わずに黙って足を動

かしている。

「何しよっか」

「何かしたい事、ありますか?」

「特に無し」

「買い物は?新しい生地を探しにいくのもいいかもしれませんよ?」

「あー」

「ジルはいいんですか?外に出る機会なんて、そうそうない事だというのに」

「あー」

 どうでもよさそうに漏れる声。その音に意味はなく、瞳も何処でもない虚空を見上げている。

(まったく、この人は)

 反応の薄い相方に嘆息をつきながら赤に変わる信号を見つめる。

「どっちに行きます―――って。ちょっと、ジルっ」

 行き先を聞くより早く、進行方向に向かって回れ左をして、青になった信号に向かって進むジルの背中を追う。

 歩けば誰もが彼らに振り返る。日本人離れした容姿の長髪の男と、幼さを残す顔つきの母性本能をくすぐる男が二人

肩を並べて歩いていれば、大抵の女性軍は瞳を釘付けにされる。その視線に、ピエールは少なからず気付いてはいる

が、鈍感なジルはさっぱり気付きもしていない。

「行く当てもないというのに自分が先を行くんですから」

「何か言ったか?」

「別に」

「ならいぃけど」

 傾きだした太陽。だからといって、夕方までまだ時間はある。街行く人々はこれからが活動時間といわんばかりに数

を増やして狭い道を右往左往している。

 そんな中、カメラを手にした女性が二人の存在に気付いたのは、これ以上となく偶然に近かったかもしれない。

「あら。あれは―――」

 女性にしては相当短く切られた黒髪。白いカッターの袖を巻くった下に見える肌は健康的な肌色で、短い黒のズボン

から出た足も細く長い。空色の瞳が向かい側から近づいてくる二人の男を捕えた。

「なんだかいい被写体発見♪」

 カメラマンの感が言う。あれは撮って後悔はしない。いや、撮らなければ後悔する、と。

「ねぇ、君達?」

 横を通り過ぎようとする二人の前に立ち、もう一度全身を舐めるように確認する。今までに多くのモデル達をカメラに

おさめてきたが、彼らはまた別のオーラを放っていた。

「―――なんですか?」

 突然声をかけてきた女に、ピエールは少なからず警戒した。ナンパなどこの容姿でなら数えきられないほどされてき

たが、それとはまた違う感じがしたからだ。

(彼は?)

 ジルの事が気になって視界の端で彼を確認する。だが、声をかけられた事すら気付いていないように、熱い夏の熱

気に脳を熔かしていた。

(放っておいても大丈夫そうですね)

 気付かれない程度で嘆息をつき、女の方に視線を向ける。

 女は軽く頭を下げると一枚の名刺を取り出した。

「ごめんなさい。あたし、『POP』ていう雑誌のカメラマンをしてるニナって言います」

「カメラマン、ですか」

 名刺を受け取り、その雑誌がわりと有名なものだと思い出す。

「それで、私達に何か用ですか?」

「うん。突然で悪いんだけど、モデルしてみる気ない?」

「モデルですか?」

 初めての話に、心の奥で眉をしかめる。こんな面倒な事になるからこの格好は嫌いだ。

「どうしますか?」

 相方に念のために声をかけてみる。

「―――へ?」

「へ、じゃありませんよ。とうとう溶けた脳が蒸発しましたか?」

「なっ!?んなわけねぇだろっ!」

「どうやら喋る分と考える分の脳は残っているようですね。彼女との会話、聞いていましたか?」

「彼、女?」

 ピエールの言葉に、やっと自分が立ち止まっている事と目の前に知らない女がいる事に気付く。

「はい、これ―――なんでも、モデルに誘われたようですよ。私達」

「モッ、モデルっ?」

「えぇ。といっても、ちょっと撮らしてもらえればいいの」

「へぇ〜」

 興味ありげに名刺とニナに交互に視線を走らせ、最後にピエールに落ち着かせる。浮かべたのは、いつも悪巧みか

何かを考えた時の笑み。

「なぁ〜」

「言わなくても分かりますよ」

「さっすがぁ♪」

「ニナさん。モデルの話、いいですよ」

「ほんとっ?」

「えぇ。こんな私達でいいのなら」

 ニナに笑顔が宿り、カメラマンでなくてもモデルでもやっていけるのではないかと誰もが納得する。

「そういえば。君達の名前を聞いていなかった。君は?」

「私は―――エルです」

「俺、ジルって言うんだ。よろしくっ」

 その瞬間、ピエールの鋭い視線がジルに向けらたが、彼は気付いて気付かぬフリをしてかわした。

(どうして本名なんですかっ)

(さぁって、何の事かなぁ?)

(ジルっ!)

(わからない〜)

(誤魔化しても無駄ですよ―――ったく。何かあっても知りませんから)

 目だけで以上に会話を交わし、最後の冷たいピエールの言葉にジルも少なからず背中を流れる汗に悪寒を感じた。

「エルさんと―――ジル、さ」

「あーっ。ごめんごめん。それはあだ名でぇ……そっ。本名は神(ジン)って言うんだ。神って書いて神」

 それの何処がジルに繋がると言わんばかりの視線が痛いほど突き刺さる。

(あ゛ーっ。ピエール、冗談抜きに視線が痛い)

(ジル―――後で覚悟してて下さいね)

(……はひ)

「そう。じゃあ、神さんでいいのかな?」

「は、はい」

「では、エルさん、神さん。スタジオまでいいですか?いえ、そんなに離れた場所ではありませんから。歩いて……そう

 ですね。数分ぐらいかな」

 いい獲物を捕獲できて笑みが絶えない。

 不思議な集まりの三人は、あるスタジオを目指して歩き出した。そこに誰がいるか、それを知っているのはニナただ

一人だけ。

 

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