「―――意外と難しいですね、これ」
何も掴んでいないクレーンを見つめ、肩を竦めてみせる。
「というか、これ。取れませんよ、普通」
一度小銭の残り枚数を確認し、どう見ても取れないように配置されたぬいぐるみ達を見つめる。
「そりゃ、簡単に取れたら店側が赤字になってしまいますけど。これじゃあ逆に客側が赤字ですよ」
などと言いつつ、こりずにコインを入れてしまうのだからゲームは恐い。
ランプが光り、音楽が鳴り始める。
「多分、ここで止めれば―――そう。そして、次は」
少しでも掴みやすそうな人形を選び、クレーンを少しずつ近づけていく。
最後のボタンから指が離れた。
音楽が変わり、少しアップテンポなメロディが緊張感を誘う。何度やっても、この時が好きなようで嫌いだ。クレーン
の端が人形に触れた。
「あっ!」
計算通りに人形はクレーンに挟まれ、ゆっくりと宙へと引き出される。だが、それはなんだがバランスが悪そうで、ク
レーンが動くたびにぐらぐらと揺れた。
「あと、少し」
騒がしく、色々なゲーム音が入り交ざる店内。
客は勿論多いが、そこで働く店員の数もほどほどに多い。
「―――ん?」
その内の一人である、ゲームセンターの店員ジャケットを着た男がピエールの後ろを通り過ぎようとした。タイミング
よく、そろそろ人形が穴に落ちようとする瞬間で、自然と足が止まる。
二人の間だけ、全ての雑音が消え去ったかのように感じた。視覚以外の五感が全て消え、クレーンの動きに釘付け
になる。
そして、次の瞬間。
『あ!』
二人の声はハモった。
聞こえもしない、人形がクレーンから滑り落ち、仲間達の元へ戻る音が聞こえたような気がした。
「もう、諦めますか」
「え?」
肩を竦め、元の位置に戻るクレーンを見届けようとせずに立ち去ろうとする。
ジャケットの男ははっきりとした声で呼び止めた。
「おい、ちょっと待てって」
若い、青年の声に素直に振り返る。視界に入ったのは、見覚えのある茶髪の元気そうな男の姿。
(あ)
声には出さずに済んだが、多分顔にははっきりと出ていただろう。丸い目を一段と丸くし、UFOキャッチャーに近づく
男を観察する。見間違いようが無い、彼とは一度パーティで会っている。
(赤城さん―――そういえば、ゲームセンターで働いていると言っていましたね)
一人納得しながら手際よく働く彼から目を離さない。と、よく見ると彼が鍵のかけられたガラス戸を開けている事にやっ
と気がついた。
「えーっと、確か落としたのってこれだったよな?」
と言ってピエールに見せてみせたのは、今さっき取り損ねた人形。
「え?あ、はい。そうですけど」
「だよな。じゃあ―――ほらっ」
「うわっ!」
放り投げられた人形をさび付きかけていた反射神経を使って受け取る。
「これは」
腕の中に飛び込んできたのは『二体』の人形。人形と赤城を交互に見つめ、わけが分からないといった風な表情を
浮かべてみせる。
いくつも鍵がぶら下がった鍵束をチャラチャラと言わせ、ガラス戸を元のように戻す。
「ん?人形。一応取ったのを俺、見てたからさ」
「でも、これ」
「もう一個の方か?いいって、気にすんな」
鍵をかけ、閉まった事を何度か確認する。
「なんかわりと苦戦してたようだし。ちょっとしたオマケってやつだよ」
「おまけ、ですか」
「それに」
抱きしめられた人形を指差し、目を細める。
「そいつらはつねに二人一組だからさ。なんか、なんか別れてると嫌なんだよ。俺的に」
「―――お知り合い、なんですか?」
「んー。知り合いってほどじゃねぇんだけど、前にちょっとしたイベントで会ってね。向こうはこっちの事覚えてるか知ら
ねぇけど、俺はしっかりと覚えてるよ」
「―――私もですよ」
「ん?何か言ったか?」
「いえ」
首を横に振り、軽く頭を下げる。
「有難う御座いました」
「いや、いいって。まぁ、またこれからも来てくれれば―――」
「こらっ、赤城っ!いつまで油売ってる気なのっ!」
「げっ!黄河。悪ぃ、じゃあなっ」
切れのいい女の声に呼ばれ、そそくさとその場を去る。
ピエールはただ一人、取ったというより貰った人形を抱きしめたままぴくりともしなかった。
『そいつらはつねに二人一組だからさ。なんか、なんか別れてると嫌なんだよ。俺的に』
赤城の言葉が胸に残り、閉じかけた瞳で人形を見下ろす。それは、『ピエール』と『ジル』―――自分達の人形。
(つねに一緒、ですか)
息を吐き、元気を取り戻す。
「では、そのもう一人の元へ行きますか」
大きい店内。その中から人を探し出すのはどう考えても困難な事だ。なら、探さず一ヶ所の場所で待てばいい。相手
がその場所に現れるのを。
「おっ」
「来ましたね」
入口近くの両替機にもたれていた身体を立ち上がらせる。腕からさげたビニール袋が擦れ合って音をたてた。
「そろそろ行きますか?」
「おう。久々に十分楽しんだからな♪」
「そうですか。それは良かった」
軽く言葉を交わし、自動ドアをくぐり抜ける。
外の風は経った数十分の内に更に熱を帯びたかのように感じた。
「暑ぃ゛〜」
「店内が逆に寒いほど冷房が効いていましたからね。そりゃ暑いでしょ」
「お前は暑くないわけ?」
「勿論暑いですよ?ただ、それを口に出していないだけです」
「あ、そう」
会話が途切れる。
無言の歩行は少しの間だけ続き、すぐにジルの声によって遮られた。
「暑い」
「諦めて下さい」
「暑い」
「その言葉、聞き飽きました」
「俺も言い飽きた」
「なら止めたらどうですか?」
「黙ったら暑い」
「―――好きにして下さい」
車道を走る車は涼しそうで、あの中でクーラーがガンガンにかかっているのかと思うと、誰でも叫び声の一つぐらい
あげたくなる。排気ガスを排出し、逆に外を暑くしているなら尚更だ。
ピエールは忙しそうに騒ぐ相方を見つめ、静かに嘆息した。
袋が擦れる。
「あ、そうでした」
「どうかしたかぁ?」
暑さのあまり口調が戻りかけているジルの頭をこつんと殴り、袋から一体の人形を取り出す。
「はい」
「はい、って―――はぁ?何これ?」
受け取った黄緑のキリン―――つまり自分を見つめ、元気を取り戻した声をあげる。
「昔、UFOキャッチャーの人形のモデルになったの、覚えていません?」
「全然」
「そうですよね。ま、私もすっかり忘れていましたけど」
自分の人形を取り出して見せてやる。
「どうです?わりといい作りじゃないですか?」
「生地がイマイチだな」
「仕方がありませんよ。所詮は景品なんですから。それも、安ければ百円の値打ちになる」
「そういえばぁ」
同じ作品を作る者としてか、人形の縫い目などを観察しながら問い掛ける。
「これ。両方取ったのか?」
「……いいえ。最初狙ったのはゾウだけですよ。だけど、それが穴に落ちる前に落ちてしまって」
「それで?」
「そしたら、たまたま赤城さんに会いましてね」
「赤城?」
「覚えていませんか?パーティで会った、あの赤城さんですよ」
「赤城、赤城……あーっ。あいつか」
「親切に落ちたのを取ってくれたんですよ。それと、おまけにキリンまで。『そいつらはつねに二人一組だから』って言っ
てね」
「そうか。あ、そーいえば俺も会ったぞ。パーティの参加者に」
キリンを空に掲げ、意地らしい笑みを浮かべた。