「じゃあ誰見に行く?」

 適当な空き地を見つけ、そこでデデンと陣取る。

「そうですねぇ」

「ていうか、ポップンパーティって一体今のところ何回まで開催したんだ?」

「風の噂では七回がつい最近終了したらしいです」

「あぁ、第八回に呼んでくれねぇかなぁ」

「ま、それはMZDの気まぐれってやつでしょうね」

 空になった缶を離れたゴミ箱に放り投げる。手首のスナップが足りなかったのか、缶はゴミ箱のフチに当たって全然

違う方向へ反射した。

「あ〜あ」

「さて。芸能人関係は無理として」

「一般人なら普通に見に行けるんじゃねぇの?」

「まぁ、そうですね」

「て事は。一人、二人、三人―――」

 指を折り、脳裏に懐かしい顔を思い浮かべる。

「―――なぁ、ピエール」

「何ですか?」

 珍しく真剣な表情のジルに少なからず驚く。

「見に行くの、女の子だけでいい?」

「―――お好きにして下さい」

「よーしっ。ならなら」

 折った指を伸ばし、もう一度数え直す。消去法で余分なのを消したせいか、人数は両手を越える事は無かった。

「決定♪」

「ならジルの好きなようにして下さい」

「OK!ならさっそく行こうぜっ」

 

 有言実行はいい。それはいいとして、あとの物事を一切考えていないのがジルの悪いところだと、ピエールは相方

をするようになってから思っていた。

「よく考えたらさ」

「はい?」

「都内って、一言でいうと簡単だけどさ」

「何ですか?」

「実際はすごくでかいんだよな」

「―――気付くのが遅いですよ」

 そして同じく気付くのが遅かった自分に嘆息する。

「ま、いか。行き当たりばったりで行けばなんとかなるって」

「その性格、どうにかした方がいいですよ」

「そうか?」

 何処でも同じような交差点で信号を待つ。もう今では全滅だとか言われていたヤマンバギャルの話し声が騒がしく

聞こえてくる。

「さぁ、さっさと渡ってしまいましょう」

「あぁ」

 人波に流されて反対側へ渡る。と、そう離れていない場所に群がる女の山があった。

「何?あれ」

「女性の、山―――?」

「いや、それは分かるって」

「それじゃあ」

「ま、見に行ってみるか」

 歩道を埋める勢いで女がガラス戸に張り付いている。そして、面白い事に全員の視線がそのガラスの向こう側

に集中していた。

 不思議に思いながらつられて二人の視線もガラス戸に向ける。身長が群がっている女達より頭一つ分高いだけ

あって覗き込むのにはそう苦労しなかった。

「美容院?」

 店内の様子から察してそう判断する。

「でもどうしてただの美容院にこの群れなんだ?」

「あ。もしかして」

「何か分かったのか?」

「マコトさんですよ」

「マコト?」

「忘れましたか?ポップンパーティ参加者のマコトさんですよ。ほら、カリスマ美容師で女性に大人気の」

「―――あぁ」

 時間をかけてやっと埋もれていた記憶を掘り出す。

 ガラスの向こうにも見えるのは客らしい女ばかり。店員は夫婦らしい二人と青髪の目立つ少年。あと数人見た事

のない人達がいるが多分アルバイトだろう。一匹ほど変な宇宙人が彼らの足元を忙しく走り回っているが、あえて

深くは気にしない。そして最後に、人一倍女の視線を独り占めしている男が居た。

「お。マコト発見」

「やはり人気ありますね」

「お、そだ」

 パチンと指を鳴らし、頻繁に見せる意地悪気な笑みを浮かべる。

「―――何ですか?」

「髪」

「え?」

「髪切りにいこうぜ」

「はい?」

「だから髪だって」

「どうして?」

「マコト見に行く為」

「ですけどこの人数ですよ?」

「大丈夫だって。どうせこのうち本当の客なんていねぇだろうし」

「―――それもそうですね」

「じゃあ行こう行こう♪」

 邪魔な人をかきわけ、何とかドアまでたどり着く。

 開けると涼しいベルの音が店内に響いた。

「いらっしゃいませー」

 今までマコトに向けられていた視線が一瞬にして現れた二人の男へと標的を変える。その瞬間、感嘆の息が漏れ

たのは言うまでもない。

「いらっしゃい」

「いらっしゃいウパ」

 少年と変な宇宙人が近づいてくる。

「客?」

 美容院に男が訪れるのはやはりおかしい事だ。眉をひそめて自分よりひとまわりは大きなピエール達を見上げる。

「サイバー。お客さんにそんな事言っちゃ駄目ウパ」

「あ、いいっていいって」

「カットするウパ?」

「え、えぇ」

「こいつ、お願いしますっ!」

 即答でピエールを突き出す。

「えぇぇぇぇぇぇぇっ!ちょっとっ!」

 胸倉を掴み顔を寄せる。

「―――どうして私なんですかっ?」

「―――だってよ、俺じゃ切ってもらいようがねぇだろ?」

「―――ですけどっ」

「カットウパ?分かったウパ」

 手馴れた手つきでテキパキと仕事を行う。

「名前は何ウパ?」

「えっ?えーっと―――エルです」

 我ながら単純な偽名だと苦笑する。

 容姿が外人に見えるだけあって宇宙人は疑問にも思わず名前を記入する。

「誰か希望する人、いる?」

「マコト、いいかな?」

 ピエールの意見も聞かずにジルが先に話をつける。

「え?兄貴?」

 どうやら弟らしい少年はきょとんとしたが、聞いてくると言ってすぐに兄の元へと走っていった。

 まだカウンターでちまちまと働いている宇宙人がピエールを見上げる。

「エルさん、ここ初めてウパ?」

「えぇ」

「緊張しなくていいウパ。ここには男のお客さんもよく来るウパ」

「そ、そうですか」

「良かったなぁ、エル!」

 嫌味を含めた言葉が耳をくすぐる。

「えーっと、エルさん?兄貴、今の客が済んだら空いてるみたいだからさ。すぐに切れるってよ」

「サイバーっ!お客様は友達じゃないウパっ」

「むっ。分かったよ、ウパ」

 宇宙人の頭をぽんぽんと叩き、雑用の仕事へと戻る。

 店内に微かに聞こえる音楽が心を落ち着かせる。これで騒がしい女達の黄色い声さえなければ、もっと静かだろ

うにと思う人は少なくない。

「はい、これでいいかな?」

 道具を片付け、客の首に巻いていたタオルや布を取っていく。

「うん。ありがとう、マコトさん」

「マコちゃんの髪はデリケートだからね。ちゃんと手入れしないといけないよ」

「分かった」

 椅子を下ろしてもらってチョンとその場に立つ。

「じゃあまたね」

「うん。バイバーイ」

「バイバイ」

 営業スマイルを振りまいて少女を見送る。

「ウパちゃ〜ん♪」

「あ。マコさん、終わったウパ?」

「うん」

 駆け寄ってきた少女に二人が顔を見合わせる。

「―――マコちゃんだね」

「―――らしいですね」

「―――懐かしいなぁ。おまけに一段と可愛くなって」

「―――変態ですか、貴方は」

「じゃあちょっと待っててほしいウパ。エルさんこっちウパ」

「あ、はい」

「男前上げてこーいよぉ」

「―――ジル」

 後で覚悟しておきなさいと胸中で呟き、ウパと呼ばれた宇宙人の後をついていく。

「マコトさん。次のお客さん連れてきたウパ」

「分かった―――っと」

 ピエールの顔を見て一応驚く。それが相手が男だったか、それともわりと美形だったからかは本人の心の内にしか

答えはない。

「じゃあこっちにどうぞ」

「あ、はい」

「ウパ。手が空いたらサイバーの補佐頼めるかな?」

「分かったウパ」

 効果音をつけるならばテケテケという感じにウパが離れていく。

 マコトの準備は全て無駄がなく、ピエールが座っているのを確認するとテキパキと準備を整えていった。

「えっと、今回は何を?」

「あっ。そうですね―――毛先、整えてもらえますか?あと少しすいてもらえれると嬉しいんですけど」

「分かりました」

 

 ピエールは切ってもらいながら、マコトがカリスマといわれる理由がよく分かった気がした。客への接し方、美容師

としての腕。どれをとってもカリスマの言葉が相応しい。

「はい。お疲れ様でした」

 かけていた布を取って終わり。

「ありがとうございます」

「いえ。エルさんの髪は切りがいがありましたよ。細いし手入れが行き届いてるし」

「そんな」

「またよければ、今度来て下さい」

「はい」

 最後までいい人だと、ピエールは自分の中のノートにメモった。

 

 美容院から出ると、再び視線が二人へと降りそそがれた。

「―――注目されてませんか?」

「―――そりゃ、ピエールが一段とかっこよくなったら、そこらへんの女は矛先を変えるさ」

「―――矛先って」

 出来るだけ視線を合わさないようにして人の群れから抜け出す。

「さて。これからどうしましょうか?」

「あ。俺、ゲーセン行きてぇ。な、行こうぜ。なぁ、なぁ♪」

 駄々をこねる子どものように腕を引っ張り、力一杯振り回す。こうなると、誰にも彼を止める事は出来ない。

「ふぅ―――別にいいですけど」

「やった♪」

 小さくガッツポーズし、人の少ない歩道を一気に走り抜ける。

「ちょっ、ちょっとジルっ?」

「ほら、エル!早く来いよっ!」

「―――分かりましたよ」

 振り回されるがままに、ピエールは後を追いかけた。

 

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