「あった〜。ほら、ピエール。早く行こうぜっ♪」

「まっ、待って下さいよ」

 気のせいかいつもの展開だなと思いながら、走り出すピエールの後を追いかける。

 マコトの実家である美容院からそう離れていない場所に、まだ別の意味で人が群がる場所がある。それが、このゲー

ムセンターだ。都内には大きなゲーセンがいくつもあるが、ここもその一つに入るほどの敷地がある。

「それにしても、今日平日だよな?」

「一応そうですけど」

「人、多くねぇ?」

「―――気のせいですよ」

「ほんとに?」

「本当ですよ」

「そう?ならいいけど」

 自動ドアを抜けると、そこは人の群れ。美容院と違って男が多いせいか、同じ群れでも嫌な気分になってくる。

 ポンと肩を叩かれてピエールは振り返った。

「何ですか?」

「それじゃ」

「はい?」

「ここから別行動って事で」

「え?ちょっ、ちょっと―――」

「じゃ、そのうち飽きたらな〜」

 止めるピエールの声も聞かず、短髪の男が人の群れに飲み込まれていく。

「ジッ……っもう」

 肩を竦め、仕方が無く彼とは別の方へと歩き出す。

 

「はぁ。ほんとに人ばっかだな―――それも野郎だらけ」

 外したか?と内心呟き、それでも遊ぶだけなら別にどうでもいい事だろうと言い聞かせる。

「さて。久々だけど何すっかな?」

「―――おいっ。見たかよ?」

「―――ん、何がだ?」

「……なんだ?」

 騒がしい人の話し声に自然と耳を傾ける。

「なんでも、今日入ったばっかのガンシューティングあっただろ?」

「ガンシューティング?あぁ、あの激ムズで有名のあれか」

「そう。あれなんだけどさ、もう一位でクリアしたヤツが居るんだってよ」

「なんだって?」

(はぁ。何処にも腕自慢でそんな事する奴いるんだよな)

 興味ない話の内容にその場を通り過ぎようとする。しかし、次の会話で考えは百八十度切り替えられた。

「そいつの名前、見たか?」

「見た見た」

「誰だった?」

「言わなくても予想がつくだろ?」

「予想って―――あぁ。またあいつか」

「そう。ありとあらゆるガンシューティングの一位に居座ってる」

『MrKK』

(何?)

 通り過ぎた足を連れ戻し、不自然じゃない程度に話に耳を傾ける。

「誰も勝った事ねぇんだろ?」

「そう。で、なおかつ誰も見た事がないってきたもんだ」

「どんな奴なんだろな」

「さぁ?だけど、あんな人間離れした得点を取れるんだ。只者じゃねぇんじゃねぇの」

「だろうな」

 馬鹿笑いと言えるような笑いでその話は終わった。同時にジルの足も金縛りをといて歩き出す。

(はぁ、KKさんが―――ねぇ)

 名前からして、多分同一人物だろうと勝手に決め付ける。彼とは一回だけポップンパーティで会ったっきりだが、ただ

の清掃員とぐらいにしか知らない。人間、意外な特技があるもんだなと内心頷く。

「あ」

 何の目的もなく適当に歩いていると、噂の新台を見つけた。誰もPlayしておらず、デモ画面が表示されている。ジルは

出来るだけ通行の邪魔にならないように台の向かいに立った。すぐにデモ画面は表示を切り替え、ランキングを映し出

す。

(はぁ)

 確かに、一位には『MrKK』の四文字があった。ついでに二位のランクも見てみると、一位との点数差は見事に天と地

の差。ここまで離されていると誰も上位を目指す気になれないのだろう。

(ところが、俺は違う)

 ポケットに手を突っ込むと、たった数枚の小銭が触れた。

「財布はピエールの奴が握ってるからなぁ……ふぅ」

 手のひらに収まるだけの小銭の中に、百円玉はたった一枚だけ。溜息もつきたくなる。

「バイバイ。俺の小銭」

 百円玉に最後の別れをし、挿入口に入れる。とたん、画面が切り替わった。ボタンを押して1Playで開始。台とコード

で繋がった赤色の銃を握り締め、画面と睨みあう。

「目指せ二位♪」

 エベレストほどの点数を越す気は、まったく無い。

 

 久々に歩くゲーセンというものは、実に体力を削り取る。

(私は家でクラシックでも聴きながら読書するのが好きですからね)

 などと内心呟きながら店内を歩き回る。

 気付けばUFOキャッチャーの集落に着いていた。

「人形ですか。懐かしいですね―――って」

 ふと視線がある人形にひきつけられ、動きが止まる。

 そこにあったのは可愛くデフォルメされた、見覚えのある顔だった。目を背けてしまうような蛍光のピンク色のゾウに、

同じく蛍光の黄緑色のキリン。他にもよく知っている芸能人達の人形が複雑な形でケースの中に放り込まれていた。

「そう言えば、前にUFOキャッチャーの人形に採用された事、ありましたっけ?」

 別に人形にされる事は嫌いではない。人気がある事は良い事だと思っているからだ。

 ポケットから財布を取り出し、小銭入れを開けてみる。数枚だが百円玉の存在を確認する。

「たまには、息抜きも必要かもしれませんね」

 

 激しく鳴り響いていたノイズが混じる銃声と、金属音が黙り込む。

「っしゃー。次でラス面♪」

 一位にはまだ程遠い点数だが、確実に点を稼いで面をクリアしていく。その腕前はほどほどで、いつの間にか数人

の壁が台を囲むように出来上がっていた。

 格好いい音楽がスピーカーから流れ、画面に「Final Stage」の文字が表示されている。

「なんでもかかってこいってんだ!」

 銃弾を放つ事のない銃が激しい音を発する。引き金がカチカチと鳴り、止まる事を知らない。

「―――ん?」

 完全に壁と化した人の群れに、ある男が気付いた。手にもったバケツとモップを近くの壁にもたれさせ、野次馬に混

ざってみる。その中心で若い男が朝自分が新記録を出したゲームをPlayしていた。

(あぁ、あれか―――お?)

 ゲームセンターにあるのだから誰ががPlayするのは当然の事だ。そのまま去ろうとしたが、男はふと画面の隅に映

しだされた点数を見、分かりづらく表情を変えた。

「つぎラスボスじゃねぇの?」

「嘘?マジかよ?」

「なぁ、本当にコンテニューしてねぇのか?」

「あぁ。誰も最初から見たわけじゃないど、ノーコンだってよ」

 野次馬があれやこれやと騒いでいる。

(ノーコンで……ねぇ)

 深くかぶった帽子のつばを押し上げ、ラスボスとご対面した男を見つめる。このゲームは最新の物だけあって難しい

のは当たり前だ。それをコンテニューなしにPlayするという事は、相当の腕の持ち主だと思っていい。

「くそっ……っ。あ゛ーっ。こんちくしょーっ!」

 ラスボスだけあって苦戦しているようだ。一瞬の隙をついて銃を轟かせるが、今一つ敵のスピードに追いついていな

い。

「あと、少し―――っ」

 敵の動きが読めてきた。あとはポカミスを犯さないでただ撃つだけ。

 しかし―――

「あっ」

 真っ赤になった視界に声を漏らす。リアルなヒビの入った画面に浮かび上がる「Game Over」の文字。その下には

コンティニューはまだかと数字がカウントされている。

 拍子抜けだったのか野次馬が消えていく。

(あれ?)

 ただ一人野次馬の中で残った清掃員の男は、台の前から動かない男を眺めていた。

(コンティニューしねぇのか?)

 数字が十を切った。しかし、男は追加コインを入れるどころか銃を指定のポケットにしまった。

「金があったらやるんだけどな」

 重い嘆息をつき、肩を竦める。

 と、丁度そんな時だった。

 コンティニューの音がして、ジルは顔を上げた。そして、そこで見た者はもう一度同じ画面を映し出している台と、見覚

えのある青いつなぎだった。

「えーっと」

(KKさんっ?)

「いいものを見せてもらった」

「え?」

「それは俺のおごりだ。頑張って最後クリアしろよ」

 踵を返して去っていく。

「ちょっ、あのっ!」

 呼び止めてみたがKKが人ごみに消えていく方が早かった。そして、意識を引き寄せるかのように台がPlay開始の音

楽を鳴らしだした。

「あっ。ヤバイヤバイ」

 KKの存在には気になりながらも、ジルはもう一度銃を握り締めた。

「ありがと、KKさんっ♪」

 

 

戻る/次を読む