「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ。暑い暑い暑い暑い暑いっっっっっっっっっっ!!」

 それが、久々にシャバの空気を吸ったジルの第一声だった。

 横で帽子を被ったピエールが嘆息し、呟く。

「だから言ったじゃないですか。今年は毎年以上の猛暑だから、帽子は必須だって」

「言ったかぁ?」

「言いました。なのに貴方は『そんな物いるかっ!』って」

「知るかーっ。どっちにしろ、今は暑いんだってんだよっ!」

「―――はいはい。では、適当にどこか店に入って、食事にでもしましょうか」

「あ。あそこにマ●ド発見♪」

「あっ。ちょっと、待って下さいっ」

 餌を見つけたキリンは止まらない。勢いよく人の波を泳ぎ、自動ドアの奥に消える。

 久々に仕事場から出た二人は、予想以上の暑さに参っていた。確かにニュースや天気予報では三十七度という

体温並の温度を告げていたが、冷房の効き過ぎた部屋で生活していた二人の頭ではそれを予想する事はできな

かった。そして、今。初めて自分達でその温度を実感し、その暑さにどうしようもない怒りを覚えていた。特に短気

なジルはどうしようもなく暴走しだし、冷たい水の張った噴水に飛び込みそうになったぐらいだ。

 そして、今にいたる。

 いなくなった相方にもう一度嘆息し、少しふくれたポケットに手を当てる。

「財布を持っているのが私だって言う事を、彼は覚えているのでしょうか―――?」

 個人的にはファミリーレストラン辺りでまともな食事にありつきたかったなどとぼやきつつ、長い髪をなびかせて

後を追った。

 

「いらっしゃいませー」

 自動ドアを潜り抜けると、決まり決まった言葉を投げかけられる。

(ジルは何処にいるんでしょうか?)

 そう広くない店内を見回してみる。朝という事と、時計が指している時間が食事時間からかなり離れているせい

か、客の姿はそう無い。そこからジルを探す事は容易い事だった。

「あ。やっと来たか」

 こっちが声をかけるより早く向こうから気付いて近づいてくる。

「決まりましたか?」

「えーっとなぁ―――チキンサラダサンド♪」

「また新しいのですか?食べれなくても知りませんからね」

「大丈夫。腹が減ってる時は嫌いなもんでも喰えるっ!」

「―――別に自慢するような事ではないですよ、それ」

 視線をメニュー表へと向ける。ジルの言っていた商品は新商品の文字がでかでかと書かれていた。だからと言っ

て彼と同じものを食べられるほど大きな胃袋を持ってはいない。

「じゃあ注文しに行きますから、席取っておいてもらえますか?」

「分かった」

 返事は早い。そして行動に移るのも、だ。

「―――すみません」

 

 ジルが選んだのは見事に窓側だった。

「どうしてこんな所を選びますか?」

「いいじゃんかよ。どうせこの姿なら誰に見られても別にいいだろ?」

「まぁ、そうですけど」

 運んできた盆を机の上に置き、窓に背を向けるように座る。

「はぁ?何?フランクバーガーとか、めっさ量少ないじゃん」

「いいんです。私の胃袋を貴方のと一緒にしないで下さい」

「そっか?―――腹減ったって言っても、やらねぇからな」

「別にいりませんよ」

 会話はそこで途切れた。基本的に話し掛けてくるのがジルからだけあって、そのジルが食べる事に熱中すれば

自然と止まるのだ。その静かな時間が、ピエールは好きだ。出来るならば、ずっとジルの口を封じておきたいほど

にだ。

「―――ん〜っ、眠い」

「―――まだ寝起きだからね。だーけーどー、何か食べないと身体もたないよ?」

 店内に二人の青年の声が入り込んだ。その明るい声に、自然とピエールは顔を上げた。丁度目線の先にドア

があり、彼らを観察する事は容易かった。

(あれは―――)

 彼らには見覚えがあった。

「缶詰続きだからねぇ」

「せめてサナエちゃんが差し入れに来てくれれば」

「せめてリエちゃんが差し入れに来てくれれば」

『――――――』

「二人共忙しいから仕方が無いよね」

「そして僕達が忙しいのも仕方が無いよね」

 サングラスをかけなおし、顔をメニュー表へと向ける。

「何食べる?」

「何でもいぃ。てゆーか、お腹ふくれてまた仕事が戻れればいいや」

「それ、僕も同じ意見」

 どうやら新しいCDの録音中なのか、二人の顔には少し疲労が見えた。

「―――っと。ごちそう様でした!」

 ぱちんと両手を合わせる。

「あれ?ピエール、まだ残ってんじゃん」

「えっ?あぁ、すみません」

「お前食べるの遅すぎ」

「仕方が無いですよ」

「そっかぁ?……と、どうかしたか?なんかさっきから俺の後ろばっか気にしてるけどさ―――」

「振り向かないで下さいっ」

 小さいがはっきりと耳に入る声。鋭い言葉にジルの身体が強張った。

「――― 一体、何なんだ?」

「―――彼らが居るんですよ」

 あまり減っていないピエールのジュースを奪い取り、問い掛ける。

「―――彼らって?」

「―――スギさんと、レオさんですよ」

「あ〜。数日ぶりにまともな食事にありついた〜♪」

 情けない言葉を漏らして席に腰を下ろす。丁度ピエール達の後ろに、だ。

「僕達だけじゃ何も出来ないからね」

「というか、下手に台所に立ったら食べれるはずの物が食べられなくなっちゃうし」

 金もないのか、一番安いハッピーセットを美味しそうに口へ運ぶ。

「美味しい〜」

「ファーストフードがこんなに美味しいなんて思わなかったよ」

「本当、本当」

 そんな会話を一部始終聞き、やっとピエールは視線を手元に戻した。口をつけた記憶がないジュースが半分

以上減っているが、あえて怒りはしない。

「偶然ってあるもんですね」

「というか、有名人が普通にあぁやって居ていいのか?」

「いいんじゃありませんか?私達も実際こうして居るんですし」

「いや。どうみても俺達は俺達って分かんねぇっしょ?」

「ま。それもそうですけど」

 時間をかけてやっと食べ尽くす。

「さて。僕達はこれからどうしますか?」

「ここから出たくねぇ〜」

「何言ってるんですか。せっかく外に出たんですから、少しは街の様子を見に行きましょうよ」

「えーっ」

「別にいやならいいですよ。私だけ行きますから」

 盆の上にゴミを乗せ―――二人分―――すくっと立ち上がる。

「あっ、待てって。俺も行くっ」

「―――暑いのは嫌じゃなかったんですか?」

「ったく。お前、すっげぇ性格悪ぃよな」

「さて?一体何の事でしょうか」

 スギレオが入って以来動いていなかった自動ドアをくぐる。

 背後から「ありがとうございました」というやる気の無い店員の声が聞こえた。

 

「なぁなぁ、これからどうする?」

 自販機で購入した炭酸飲料で喉を潤しながら問い掛ける。

「さぁ。あまり目的はありませんからね」

「意味ねぇ」

「いいじゃないですか。少しは歩かないと足腰が弱くなりますよ?若いのに」

「若いって―――まぁ、若いけどさぁ」

 信号に捕まり、停止する。

 目の前を無数の車が行き交い、酷い排気ガスと熱に悩まされる。

「それにしても、スギレオ見るのって久しぶりだよな?」

「会ったのは第五回のパーティですからね。それ以来、私達にはお誘いありませんし」

「つまんねぇ。MZDに告訴しに行こうぜ?」

「ジル。それ、意味が違いますよ」

 赤から青へと信号が顔色を変えた。同時に聞きなれた音楽が流れてくる。

 一斉に人が狭い歩道を渡ろうとする。肩が隣りの人とぶつかり、前の人の足を踏みそうになる。

「人、多いですね」

「ま、都心の夏だしな」

「―――見に行きませんか?」

「は?」

 わけが分からず聞き返す。その視界に一瞬、綺麗になびく金髪と黒い猫が入ったが、深く考えずに流す。

「だから、皆さんを見に行きませんかって言っているんです。どうせこの姿なら誰と会っても分からないんですし」

「それってつまり、パーティのみんなを探して楽しもう♪―――てのか?」

「それも相当意味が違いますか……ま、そんな感じです」

 苦笑しながら、ふと視線を自分の髪に移す。

「暇つぶしには丁度いいでしょ?」

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