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【平成23年秋神楽祭】 | |
期日 | 平成23年9月22日〜24日 午前11時と午後2時2回実施。 雨天の場合は、午前11時のみ行う。 |
場所 | 内宮神苑特設舞台。雨の場合は、内宮参集殿。 |
曲目 | 振鉾(えんぶ)・迦陵頻(かりょうびん)・狛鉾(こまぼこ)・長慶子(ちょうけいし) |
神宮神楽祭 | 神宮の神楽祭は天照大神の御神徳を宣揚し、併せて雅楽を一般に公開する目的をもって昭和20年代の初めより、年2回、 春と秋に行っています。 公開舞楽は内宮参集殿で奉告神楽を奉納した後、内宮神苑において奏されます |
神楽祭りに併せて、参集殿での奉納舞台では、各種伝統が天照大神に奉納されます。 | |
注目 | 今回の公開舞楽では、35年振りに 狛鉾(こまぼこ)が公開された。 |
【振鉾(えんぶ)】 | |
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舞楽に辺り初めに奏されます。 振鉾は古代中国の故事に由来し、左方と右方の舞人が鉾を振り払う天地を鎮め安じて、天下太平を言祝ぐめたい舞楽い゛す。 鉾を天地で払うことから「厭舞」と呼ばれたものが、鉾を振ることから「振鉾」の字を充てるようになったと思われます。転じて舞台を祓い清める舞楽とされています。 舞人は、襲装束という出立ちで、左方は赤の袍に金色の鉾、右方は緑の袍に銀色の鉾を執って舞います。(神宮の解説書) |
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【迦陵頻(かりょうびん)】 | |
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極楽に住んでいるという鳥、迦陵頻伽(かりょうびんか)の舞い遊ぶ 様を現わしたもので、インドに起源をもち、わが国へは奈良時代に伝えられといわれています。また子供の「童舞」とされ、神宮では舞女が舞います。 手に持った銅拍子を打ちながら舞台に上った舞人は、この曲が始まるとそれぞれの位置で緩やかに舞います。やがて曲の中盤からは銅拍子を打ち鳴らし、舞台を一周して鳥の飛翔を表したのち、舞いながら舞台を去ります。 舞人は、赤色の装束を箸け、鳥の羽を模した型を背負い、桜の花を挿した天冠を着けます。てに持つ銅拍子の音色は、迦陵頻伽の鳴き声を表現しているといわれてます。(神宮の解説書) |
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【狛鉾(こまぼこ)】 | |
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狛鉾(こまぼこ)とも書き、わが国で作られた舞楽です。上代に高麗(朝鮮半島)より来航した船が五色に彩った操りながら入港してくる様子を表しています。曲が奏されると四人の舞人が五色に彩った棹を左高に棒持し、太鼓の拍手に応じて正面向いになり舞います。舞の途中に棹を下に置いて「渡る手」を舞う ほか、海原を渡る大波・小波を表現して船を操る振舞りがあります。 最後は無事に帰港したことを現わすように舞人四人は舞台正面に一列に並び棹を肩にしてして舞終わります。舞人は、抹額を巻いた巻纓の冠に裲襠装束(りょうとうしようぞく)]著け、青地金襴の腰帯を締めます ![]() |
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【長慶子(ちょうけいし)】 | |
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平安時代中期の雅楽の名手、源博雅の作曲と伝えられています。 よく整った格式の高い曲とされ、舞を伴わないものの舞楽曲に分類される特殊曲です。 舞楽終了の際には、退出を催す退出音声として奏されており、拍子の早い舞楽吹きで奏すことになっています。 |
【平成6年春季神楽祭】 | |||||
期日 | 4月28日(木)・4月29日(金)・4月30日(土) | ||||
時間 | 午前11時 演奏時間約40分。 | ||||
場所 | 内宮神域、雨天時は参集殿能舞台 | ||||
曲目 | 振鉾(えんぶ)・桃季花(とうりか)・胡蝶(こちょう)長慶子(ちょうげいし)以上4曲 | ||||
秋の神楽祭は秋分の日を挟んで3日間です。 | |||||
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【見所】 | |||||
胡蝶(こちょう)の舞は、雅楽の音色に合わせて蝶のように舞う![]() CDがあれば買いたいです。 資料によると「右方 四人舞」延喜六年(906)宇多上皇が童相撲をご覧になる際、藤原忠房が曲を、敦実親王が舞を作られた。童舞として有名な曲です。 春の日に、あたかも蝶が花園で遊び戯れるといった風情の舞で、曲の中ほどからは、蝶が花から花へと飛び行くさまが表現されているとありました。 |
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【舞楽(ぶがく)】 | |||||
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【振鉾(えんぶ】左方一人舞・右方一人舞 | |||||
この曲は、舞台を祓い清める舞とされています。 紀元前1000年頃、周の武士が殷(いん)の紂王(ちゅうおう)を牧野(ぼくや)・現在の中国の河南省) に討った祭、勝利を天神・地祇に祈った様をかたどつた舞とされています。 |
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【桃李花(とうりか)】左方四人舞 | |||||
桜咲く頃の酒宴や曲水の宴の祭に舞人が桃の花を冠に舞ったと伝えられています。 | |||||
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【胡蝶(こちょう)】右方四人舞 | |||||
延喜六年(906)宇多上皇が童相撲をご覧になる際、藤原忠房が曲を、敦実親王が舞を作られた。童舞として有名な曲です。春の日に、あたかも蝶が花園で遊び戯れるといった風情の舞で、曲の中ほどからは、蝶が花から花へと飛び行くさまが表現されています。 装束は赤の単に袴をはき、萌葱の袍をつけ、背には極彩色の大きな蝶の羽を負い、額には山吹の花を挿した天冠(てんかん)をつけ、右手に山吹の小枝を持ち、足には絲鞋(しかい)を履きます。なお、衿と袍には美しいかの紋の刺繍が施されている。 |
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【長慶子(ちょうげいし)】 | |||||
舞楽の最後に演奏される曲です。退出を促す曲のため、舞は有りません。平安時代中期、雅楽の名手ひとして有名な源 博雅(みなもとのころまさ)の作曲と伝えられています。 |