豊受大神宮(外宮) 御祭神 豊受大御神 御鎮座 雄略天皇二十二年 |
豊受大御神 | |
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概念図 |
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外宮前(玄関) |
![]() 外宮の玄関口には、大きな灯篭が2つあり厳かな神宮域の雰囲気を漂わせている。 ![]() |
第一鳥居 |
![]() 正面参道入口。 第一鳥居の前に橋を渡ります。橋の名は、火除橋(ひよけばし)という。この下を流れろる堀川は防火のためにつくられた小川です。 |
外宮斎館 |
![]() 第一鳥居を過ぎると右側。 神官が神に奉仕するとき、心を静めるために入る館です。 こうした木造建築は、夏は湿気が多く、冬は寒くて風の強い日本の風土にとても適している。 |
手水舎 |
![]() 火除橋を渡ると左手にあります。 ここで手と口を清めます。 清め方の作法。 ●左手でしゃくを持ち右手を洗う。 ●しゃくを持ち替えて、左手を洗う。 ●左手に水を注いで口をすぐ。 ●残りの水でしゃくの手元を洗う。 ●手水舎に伏せておく。 |
![]() 楠 清盛 御手洗場の前にある。 平清盛が勅使として参向したとき、冠にさわった西側の木を切らせたと言う伝説があり、清盛楠と呼ばれています。(清盛の 子重盛との説もあり) |
第二鳥居 |
第二鳥居付近からは、神域の荘厳な![]() |
神楽殿 |
![]() 檜の木の香りと平安時代を彷彿させられる建物は、新鮮だ。 |
四至神(みやのめぐりのかみ) |
![]() 神楽殿を過ぎると、右手に広場(大庭)がある。九丈殿(手前)と五条殿(奥)があるが、九丈殿の南に石囲いの中に木が一本立っている。これが、四至神だ。 |
![]() 四至神 中央に一本の榊が植えられ、その前に三つの石が並んでいる。外宮の四囲をお守りになる神さまの祭場である。 |
正宮とその近辺 |
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皇大神宮(内宮)のご鎮座より、481年遅れてご鎮座する。 雄略天皇の御代、天照坐皇大御神のお告げによって、丹波の国(今の 京都府天の橋立付近)から、この伊勢の国度会の山田の原(伊勢市) にお迎えした。豊受大御神をお祭りしています。 ご正殿は、ほぼ内宮と変わりませんが、鰹木が9本と内宮より1本少ない。 千木(ちき)が外削(先端が垂直に切られている)になっています。 |
![]() 正宮の前にある神。 この囲んである場所は意味がありそう。 下は、瑞垣門 |
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別宮 |
正宮を参拝した後、別宮に向かう。正宮前に御池があり池の端から参道が続いている。100mほどで、左手に風宮、右手に土宮、その奥に下御井神社、左手の階段上に多賀宮神社がある。 |
風宮’かぜのみや) | 土宮 |
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風の神、級長津彦命、級長戸辺命をお祭りする 農作物に関する風と雨の順調をお祈りする。 |
外宮宮域の地主の神である大土御祖神をお祭りしている。 |
下御井神社 | 多賀宮 |
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土宮の奥(南方)下部坂の谷間にあり、下御井神社に事故のあったときは、本社の水を汲んでお供えする。 | 九十八段の階段を上ると檜尾山の南面にご鎮座している。外宮四社のうち第一の別宮で、豊受大御神の荒御魂をお祭りしている。正宮に続いて勅使が参向せられ、奉幣の御儀が行われている。 |
度会国御神社 | 大津神社 |
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神宮典略」には「国見御神とは称へ申す御名に て、度会の大国魂神を云なり」とある。 |
もとは五十鈴川河口の守護神と伝えられる、明治 6年この地に再興された。 |
上御井神社 | 御酒殿 |
御井の神をお祭りする。お正月のお祭りにお供え する若水もこの御井から汲む。 |
忘火屋殿の西にある。昔は神酒を造っていたとこ ろ。 |
北御門口 |
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外宮の北にあるもうひとつの参道入口で北御門(きたみかど)という。この橋の名も北御門火除橋(ひよけばし)という。 |
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北御門口の手水舎 |
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北御門口前 ご遷宮の行事神宮のご用材を運ぶ御木曳車は、NTT伊勢の角から約50mを「えんや曳き」といって一気にこの門の中に曳き込む。これは圧巻だ。 |
神馬 | |
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勾玉池 | |
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