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縁 起 (えんぎ)

 西光寺(さいこうじ)は、 慶長(けいちょう)十三年(西暦(せいれき)1608年)、当時(とうじ) 岩出城主(いわでじょうしゅ)(玉城町地内(たまきちょうちない))であられた 稲葉 蔵人 公(いなば くらんど こう)が、田丸城(たまるじょう)に移城(いじょう)されたのを機会(きかい)に、 稲葉公(いなばこう)がたいへん帰依(きえ)されていた、 岩出領内(いわでりょうない)にあった「正覚寺(しょうがくじ)」の住職(じゅしょく) 第九世行蓮社心譽上人(だいきゅうせ ぎょうれんじゃ しんよ しょうにん)を田丸領内(たまるりょうない)に迎(むか)え、領地(りょうち)の安泰(あんたい)を祈願(きがん)するため、田丸城(たまるじょう)の鬼門(きもん)の方角(ほうがく)へ 寺(てら)を建立(こんりゅう)し、 寺号(じごう)を「西光寺(さいこうじ)」 と改(あらた)めたのが現在(げんざい)の寺(てら)の始(はじ)まりです。
 以来(いらい)、念仏道場(ねんぶつどうじょう)として、また檀信徒(だんしんと)のみなさんの信仰(しんこう)の中心道場(ちゅうしんどうじょう)として、念仏信者(ねんぶつしんじゃ)のみなさんの、
心(こころ)のよりどころ(・・・・・)となって今日(こんにち)に至(いた)っています。・・・現在(げんざい)の住職(じゅうしょく)は三十二代目(だいめ)でございます。
※なお稲葉公(いなばこう)の子「三郎(さぶろう)」のお墓はございますが、稲葉家の菩提寺(ぼだいじ)ではございません。

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寺 沿 (じえん)

◎寺(てら) の正式(せいしき)な名称(なまえ) は
 寺院には三つの名前(三号(さんごう))が付いています。
 山号(さんごう)は「蓮池山(れんちざん)」 ・ 院号(いんごう)は「華台院(けだいいん)」 ・ 寺号(じごう)は「西光寺(さいこうじ)」 と言い、
 一般的には「西光寺(さいこうじ)さん」と、親しく呼ばれています。

◎宗派(しゅうは) は
 「浄土宗(じょうどしゅう)」です。
 開祖(かいそ)は、「円光大師 法然房 源空 上人(えんこうだいし ほうねんぼう げんくう しょうにん)」  (一般的なお名前の呼び方は“法然上人(ほうねんしょうにん)”)
 今から840年ほど前(西暦1175年→平安時代末期(へいあんじだいまっき))に開宗(かいしゅう)されました。
 
◎ご本尊(ほんぞん) さま
 阿弥陀如来(あみだにょらい){西方浄土(さいほうじょうど)(極楽(ごくらく))の主(あるじ)}
 すべての人々が平等に救われる様にと、南無阿弥陀佛(なむあみだぶつ)と、真心から私の名を唱えれば
 必ず救い摂(と)ってみせると誓(ちか)いを立てられた“み仏”さまです。

◎教え
 阿弥陀仏(あみだぶつ)の平等(びょうどう)のお慈悲(じひ)を願(ねが)って、真実心(まごころ)から「なむあみだぶつ」と、 ほとけさまのみ名(な)を唱(とな)えれば、だれでもこの世(よ)を心安(こころやす)らかに・心豊(こころゆた)かに暮(くら)し、先(さき)の世(よ)は、かならずお浄土(じょうど)に生(う)まれる(往生(おうじょう))ことが出来(でき)ると信(しん)じて、お念仏(ねんぶつ)に励(はげ)む信仰(しんこう)です。

◎本山(ほんざん) は
 浄土宗(じょうどしゅう)の総本山(そうほんざん)は京都・知恩院(ちおんいん)ですが、当山(とうざん)の直轄(ちょっかつ)本山(ほんざん)は、京都(きょうと)・黒谷本山(くろたにほんざん)「金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)」です。

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当山の様子が、NHKテレビ「ほっとイブニング」で放送されました! (2001/8/29)

”お念佛と大賀蓮と天体観測の寺”
浄土宗 蓮池山 西光寺 住職 西 正則
〒519-0415 三重県度会郡玉城町田丸59番地

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