南伊勢町の別荘地住人スコールによる南伊勢町紹介。その2「好き嫌いあるけど河村瑞賢」

そもそも河村瑞賢って誰よ
「そもそも河村瑞賢って誰よ」というかたは、こちらの河村瑞賢Wikiをお読みください。
河村瑞賢Wiki
知らない人がいても不思議じゃないです。私も、この町に住むまでは知りませんでした。 国道260号線を旧南島町へドライブしたときに、東宮にきれいな公園があり、「河村瑞賢の像」が立っていて、 その時に初めて知りました。 しかし、よく調べてみると高校の日本史の教科書に載っていることから、高校生の時は習っているのかもしれません。
好きな人の理由
1:東北の物資(主に米)を江戸へ運ぶための航路開拓を幕府から依頼され、 東廻り航路と、西廻り航路の開発に尽力した。
2:治水工事(淀川や安治川など)
3:学者育成(新井白石など)

ネットに対談があがっていたので、参考になるのであげておきます。
今に生きる江戸のマーケティング(対談)
参照
「江戸を造った男」伊東潤 作
「わたしの瑞賢論」田岡正廣 作
「わたしの瑞賢論」は町内の超有名人の有限会社マサヤ社長、田岡正廣氏の本で、たいへん参考になります。 購入は南伊勢町宿浦の「マサヤ本店」にて。電話0599−69−3111
嫌いな人の理由
やっちゃった感のある行いの数々が有名です。
やっちゃった感その1:江戸の町であれこれ考えて財をなしていくわけですが、
江戸の人達がお盆の時期に精霊流しをしていて仏様の供養にナスやキュウリを川へ流していたのも利用したらしい。 それを見た河村瑞賢は、「これはもったいない」と、川下(一説には海?)で待ち受けていて、それらを集めて、 漬物にして売り出して利益を上げていたらしい。 ただ(無料)のものから商品を作り出す秘訣?として、これを絶賛する人もいるけど、「供養の品を集めてくるとは」と眉をひそめるひともいます。 第一、衛生面で大丈夫なのでしょうかね?昔はおおらかで、こんなことも許されていたのでしょうか?

やっちゃった感その2:明暦の大火での木材買い占め
このおかげで河村瑞賢は豪商になるわけですけど、「人の不幸で金儲けした」と眉をひそめるひともいます。
それと、木材買い占めに走った時に、自分が木材を買い占めるだけの大金持ちだと相手に信じ込ませるために、 小判に穴を開けて、その家の子供に「おもちゃあげる」と渡してあげて、「こんな小判をおもちゃにできるくらいのお金持ち」と ふるまって相手を信用させ、木材買い付けに成功したと、講談でききましたけど、これってなんだかね〜〜(苦笑)以後省略・・・


やっちゃった感その3:新井白石にすり寄る
あれこれ前述のような事やりまくって豪商にのしあがった河村瑞賢は、「いまひとつ足りないものがある。そうだ尊敬されないと。」と 思ったかどうか(これは私の妄想w)、学者と縁続きになりたいと思って、当時売れっ子の新井白石にすり寄っていきます。 「大金あげるから、家族にならない?」ってことですり寄り、新井白石に申し出て、断られています。(ヒィー><) 河村通顕(河村瑞賢の次男)と新井白石の娘の結婚の相談で、「結婚してくれれば3000両と宅地を提供する」という誘いだったのですが、 白石は 「幼蛇の時の傷はたとえ数寸であっても、大蛇になるとそれは何尺にもなる」という喩えを引いて断ったそうです。(白石さんさすがです。w)

やっちゃった感その4:南伊勢町(旧南島)のお墓の話
とあるお寺の関係者さんから聞いたお話を紹介させていただきます。河村瑞賢は両親のために立派なお墓の墓石を江戸から送らせたそうです。 いまでも、その立派なお墓はあるそうです。そのお寺の関係者さんが、「立派なお墓の横に、お寺のご住職様の小さいお墓があります。」とのことでした。 勝手に私が自動翻訳すると、「まず、お寺のご住職のお墓を立派にしなさい。そのあとで、自分たちのお墓を立派にしたらいい。」 (悪までも、私の勝手自動翻訳機ですからねww)

ネット上の河村瑞賢関係ブログ
好きになれない河村瑞賢


追記
このページは、一人でも多くの方に河村瑞賢について知っていただきたいと思って紹介させていただいてます。
これだけ江戸の町づくりに貢献されたかたなのに、同じような豪商の紀伊国屋文左衛門と比較して知名度が低すぎると思います。
「どうしてなのかな?」と素朴に思い、色々と調べて行くうちに、河村瑞賢を嫌いな人も多いことを知りました。
すべてを知ったうえで河村瑞賢のことを、「それでも郷土の英雄として尊敬します」となるべきと思います。

まだまだあるけど、いいかげんにしておかないと、町内のあちこちから石が飛んできそうw。このくらいで河村瑞賢については筆を置きます。ww




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更新日 2018年3月31日
創刊日 2018年3月31日