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切原のサイン

【 郵便番号 516−0102 】
【 市外局番 0599(66) 】


【歴史】
旧石器時代の終わりから縄文時代にかけての遺跡【ナゴサ遺跡】、弥生時代のヤジロ遺跡など、切原の歴史は古い。 また鎌倉時代には、神宮の荘園があり、室町時代まで小麦や米を納めていたという記録がある。 当時ここには、飯盛寺、大日寺、大聖寺などの寺が建ち、伊勢への交通の要所として栄えていた。
【産業】
農業と林業の地区。明治時代に奨励された茶園跡が相当残る。茶業が衰退すると養蚕業が起こり、明治中期から大正時代にかけて桑園を拡張、主に伊勢方面が市場だった。 その後明治の中頃から自家用であった柑橘栽培が盛んになり、現在地区の主要産物となっている。 また、薪炭・割木の生産は江戸時代から始まり、明治時代は五ヶ所浦の荷揚げ場から船便で名古屋、四日市などへ積み出していた。現在も植林を行うなど、林業は大切な副業となっている。


【歴史を辿る峠道と優美な女滝・切原白滝】

水量の多いことで有名な切原白滝。
剣峠を下って来た麓にあります。
周辺はヤマビワ、樫などの大木が亭々と聳え、
滝を囲んでいます。


切原のみかん山から五ヶ所湾を望む



南勢町へは峠を越えて…眼前の景観に息を飲む


南勢町の観光は剣峠から始まるといってもよいほどこの峠道は古い歴史の数々を刻み込んだ風格を持っています。熊野灘を漕ぎ渡ってきた船人達が伊勢神宮に参る信仰の道でもあり、この土地の人々が海山の幸を伊勢山田に運ぶ生活の道でもありました。古くは峠には茶店もあり賑ったと伝えられていますが、今は舗装された道が、千年斧を知らぬ神宮林の深々とした森へと続いています。峠からの展望は、緑深い山道に続いていて、太平洋の海原まで見渡されるスケールの大きさで、伊勢志摩国立公園内でも最大級のものです。

工芸の里

昭和61年から「彫刻の町」づくりを進めている南勢町は切原の神社横にその拠点となる『工芸の里』を設置した。工芸の里内にはその制作場所として『アトリエホープ』を設け、東京芸大生の作品を南勢町内に設置するための陶芸作品制作や一般の利用者の作品制作に利用させています。里入口には地元の小学生が制作した500個のレリーフが埋め込まれた陶塀が続き、管理は切原区に任せられております。