D 二見浦駅

(平成五年建設の夫婦岩をデザインした新駅舎)
駅は明治44年開設され、夫婦岩で有名な輿玉神社への参拝客と、白浜青松の海岸での林間学校や海水浴等で賑わう用になり、町も海岸に沿って旅館、土産物店がならび繁盛した。
観光、行楽の玄関口としての黄金時代は、昭和10年代であつたが、その最盛期には、駅前に人力車や馬車が常駐し、修学旅行の団体列車の入り込みも多かった。
駅舎は昭和17年に建替えられたが、当時の多客に対応できるように、余裕ある駅前広場を持つ、規模の大きい(538u)平屋建のものであった。
・・・・・・(思い出に残ること)・・・・・・・・
・紀元2600年祭(S15)には連日団体列車が到着し、多客で賑わい、人力車2台、観光馬車5台が常駐
していた。
.乗降客は、年間48万人を数え、駅員は21人を配備されていたが、客扱や、駅舎、駅前(馬糞)、ホー
ム、線路等の清掃に大童で苦労した、しかし、張りがあって楽しかった。
.正月の多客時には、着札整理に追われた。
・姫路・湊町・名古屋の長距離列車が発着し、ホーム、待合室は連日満員の盛況であった。
.ホームには名物「赤福」の立売も出ていた。
.伊勢湾台風では、駅ホームの上屋が線路上に倒壊し、不通となり、復旧に苦労した。
.六軒駅事故のとき、その列車に乗っていた学生団体が、二見の旅館に宿泊する予定であったので、
団体が到着するとすぐ、学生全員の健康診断を受け、その結果を待って旅館に送り届ける等、接待に
大混雑を極めた。
.SL廃止の直前の頃は、SLの臨時列車団体が多く、1日5本の入り込みがあった。東・西両方面からの
列車を亀山で併結してくるため、二見浦到着後、分割作業が多かった。この入込作業は、鳥羽方が、
すぐトンネルのため見通しが悪く、困難・要注の作業であった。
平成13年10月10日(非売品) サンクスより
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