『懐かしき故郷の夜に思い馳せ酌み交わしつつ虫の音に酔う』

Ⓒ甲斐の虎・こたつ城主

  久しぶりにあいつと会った。あいつの家に飲みに行った。ともにあのひなびた田舎から飛び出した。尤も俺は東京、あいつは大阪。俺は就職、あいつは大学。7年ぶりに会ったあいつは何も変わっちゃいなかった。昔のまま。明るくも無く、暗くも無く。楽しそうでもなくかといって詰まらなそうじゃない。全く以って読めない。

「変わらないな、相変わらず。」

そんな俺の言葉の意味がわかってるのか、わかってないのか。ただ、フッとした時に見せる笑みはあの頃とは違い、大事なものを見るような微笑だった。

「変わってないかな?」

「あの頃のまんまだよ。」

あいつは俺を見てそして言った。

「なんかあっただろう。お前から苦しんでるオーラが出てる。」

こいつには何も隠せないな。そう思った。そりゃそうだ。小さい頃からいつも一緒。親よりも長い時間いたような気がする。俺は付き合ってる女に腹の仔を堕ろさせた。「産みたい」と言う女の涙にあえて唾するような台詞を吐いて。産んで欲しかった。自分の子どもだ。しかし、リストラにあい、いまだ再就職も見つからない。そんな自分に子どもを育てられる自信がなかった。

こいつには本当の事言おうか、とも思ったが見抜かれているのが癪に障って何もねぇよ、と答える。

「ならいいんだけどな。他人を傷つけたんじゃないかな、と思って。自分も望まずに。」

何でこいつにはこう何でもわかるんだろう。

「お前は変わったことないのかよ?」

俺は話を転じることにした、このままじゃこいつに泣きつきそうだ。

「俺か?そうだなぁ・・・、子どもがいるよ。3人。」

ちょっと待て。こいつ独身のはずじゃ。どういうことだ。そんな俺の疑問に答えるようにあいつは言った。

「一人者だよ。でも子どもは時がくればできるもんだ。」

「訳わからん。どういうこっちゃい?」

「昔付き合った女、一晩だけ寝た女、遊ばれた女。みんな『あんたの子よ』って子どもを連れてきた。確実に俺の子だっていう保証は無い。」

「じゃぁ、お前自分の子とわからずに認知してんのか!馬鹿じゃねえか?」

あいつは微笑むと

「だって俺だって本当の親父の子どもかどうかわかんないんだよ。お前だってそうだ。」

そうだ。こいつも俺も本当に親の子かどうかわからない。それぞれのお袋は夫と違う男と寝た、と言われていた。狭い田舎の事だ。あっても無くても噂即ち事実になるようなところだ。俺たち二人もよく苛められたもんだ。「お前の本当の親父はだれそれの家の兄ちゃんだ」とか言われた。

同じような境遇にあって俺は自分の子を闇に葬り、あいつは不確実な自分の子を育てている。

「お前田舎に帰ってるか?」

「いや。あんなところ行く気も起きない」

「俺とお前の違いはそこにある。」

こいつの言う事は相変わらず一度聞いただけではわからない。

「お前、大人になってから自分の親にあってないだろう?」

「それがどうしたよ?」

「あの頃見た親父お袋と、今見る親父お袋を一緒だと思ってないか。そう思ってるのは間違いだ。あの頃のままで親を見るな。そうすれば今にわかるよ。」

何をわかったような事を言ってるんだ。そう怒鳴りつけたくなった。そんな俺の心を見透かすようにあいつは言った。

「明日休みか?なら、一緒に帰ろう。」

「ハ?」

又唐突な・・・。いつのまにかさっきまで吹いていなかったそよ風が外から虫の声を運んでくる。聴いているうちに酒なんかどうでもよくなった。

「水割り行くか?」

「いや、もういい。」

虫の声に耳を傾ける俺とそれを肴に水割りを飲むあいつ。黙ったまま数分が過ぎた。「よし。かえろう」

何でそういう気になったのかわからない。でも、あいつのいうとおり帰って親を見る気になったのだ。

「そうか。」

あいつは微笑んだまま頷く。俺は今故郷を思い出している。嫌な思い出だけのはずだったのに、それなりにいい思い出が脳裏にこみ上げてきた。

悪いところじゃなかったな。そう思えるようになるかもしれない。