『天運に己を賭ける武者の道  みち切り開け涙して聞け』

Ⓒ味舌政宗・咲庵じろう

  天正10年6月2日、織田信長は京本能寺において明智光秀に襲われ紅蓮の炎の中に消えた。

「宮内少輔様、伊勢回復の好機にございます。ぜひとも出陣を!」

「よかろう、旧臣どもに使者を出せ。国司家の再興じゃ。三介と逆臣に天罰を加えてくれようぞ」

  今を去る事6年前、天正4年11月25日、隠居所の三瀬谷館において前権中納言北畠具教は婿養子北畠具豊(信雄)の手により暗殺。旧臣達により擁立された具教弟、東門院主は還俗して宮内少輔具親と名乗り挙兵。一敗地にまみれて再挙の機をうかがっているところだった。

具親はあわただしく動き回る家臣たちを眺めながら一人考えにふけっていた。

(長兄は、果たして何を考えておったのか?)

具教は撃退できたであろう織田軍と和睦し、敵の子を婿に迎えた。裏切った弟、具親には兄に当たるのだが木造具政をも許した。三瀬から逃れてきた小者の話では兄は最後に剣を捨てわざと討たれたと言う。

(木造の兄者に会わねばならんな。)

具親は家臣に準備を任せて自らは残った兄のところに向かう。

 

「大事無いか?」

「一度敗れて国を追われた者が息災であるわけないであろうが、兄者よ。」

伊勢国引接寺。木造家菩提寺である。具親と具政はここで会見した。すでに隠居し嫡男に家督を譲った具政はこの頃「戸木御所」と呼ばれていた。具政の髪は半分白くなっており、具親の顔は6年の辛酸にすっかりやつれ果てている。

「何故裏切ったのじゃ、兄者。まさか言われておるように馬揃えが原因ではあるまいな?」

「何を言うか。そのような事で宗家を、ましてや実の兄に背けるか」

具政と具親の対面は最初から険悪なものであった。具親は具教ともさほど仲がよかったわけではない。しかし、それはそれ、これはこれ。実兄を裏切り敵を引き込んだ次兄を許せるわけがなかった。

「では、なぜじゃ!!二人が手を取り合えば織田など追い出せたではないか!私とて興福寺に掛け合い僧兵を揃えて救援できたものを。」

「三郎、そなたは甘い。」

「・・・・幼名で呼ぶのはおやめいただけぬか、次郎兄者。」

「国司家の力は確かに一度は織田を撃退できるものはあった。事実しかけた。しかしその後はどうなる?織田と違い伊勢一国すら掌握しておらぬ国司家が消耗戦に引きずり込まれれば勝ち目は万に一つもなかった。」

この後具政は織田と北畠の差を延々と説いた。一国平和主義では覇権主義には勝てない。ゆえに自らは織田に誼を通じることで国司家を救おうとしたのだと。

「ならば、何故長兄がむざむざ殺されるのを見ておったのだ。国司家滅亡を迎合するのだ」

いきり立つ具親に具政は苦笑いするとこういった。

「そなたは兄者がむざむざ討たれると思っておったのか?」

「何が言いたいのだ、兄者。」

「兄者はの・・・・」

そこまで言いかけると、ふすまが開き一人の僧侶が入ってきた。

「具政、余からも話そう。」

「ち、長兄」

死んだはずの具教だった。東門院に入室して以来、あったことはなかったが、確かに具教であった。既に頭を丸め法体と化していたが体つきは塚原ト伝に剣を学んでいたときのままである。

「三郎、そなたには苦労をかけた。余が死んでおらぬと分っておれば敗残の憂き目を見ることはなかったものを。」

柘植により討手の襲撃を知らされた具教はそのまま三瀬より脱出。紀州に落ち延び再挙を図ろうとしていたのだ。

「しかしの、三郎よ。もうよいと思うておるのだ。国司家などこのまま歴史に埋もれてしもうても。思えば吉野の帝に仕えた家祖・親房公は御家などにこだわっておらなんだような気がする。もう、無駄な戦などやめるがよい。」

「仰せではございますが、長兄。敗残のまま終る、しかも謀略で当主が討たれるなど、某は見過ごすわけにはいきませぬ。」

「二人に見せたいものがある。」

具教はそういうと二人の前に包みを出した。

「首桶?」

いぶかしむ二人に具教は告げた。

「具政、開けてみよ。」

中の首を見て具政は愕然となった。

「織田殿の首・・・・」

「なんと!!!」

「本能寺で腹を切ろうとしたところに乗り込んだ。一騎打ちを挑んでみたのだよ。」

「長兄は明智につかれたのか?

具親は期待に身を震わせて尋ねる。宿敵信長を討ち果たし3兄弟揃って国司家再興に進めると思ったのだ。天下人となった明智に与し東海近畿に覇を唱えるのも夢ではない。

「いや、この事は日向殿も知らぬ。三郎、わしの仇はわし自身が討った。そなたも今までどおりどこかの寺に入り学問三昧に暮らすがよい。」

具政も不思議そうな顔をする。今度こそは兄とともに進めると思っていたのに、兄はもはや世に出る気はないという。

「兄者、納得しかねるぞ、もう一度国司家の栄誉復活させる時ではないか?

「次兄の申すとおりじゃ。家名も名誉も血統も全て往年のものになるではないか!

「次郎、三郎、よう聞け。これから言う事は天佑入道様のお言葉じゃ。」

「父上の?」

「父は死ぬ前にこういった。国司家は本所一身に譲るにあらず、木造・東門院も家督のうちじゃとな。」

「なんと!!!」

「この世に3人揃うたのはちょうどよい。大御所として2名に家督を配分する。兄弟で3等分じゃ。余は国司家の再興など考えず、好きな剣とともに生き紀州にて北畠の血統を残す。そなたらの分はそなた達の考えで動かすがよい。」

「ならばわしは家名を残す。木造も北畠である。わしは一身をかけて武家としての家名を保つ。今日より心は北畠具政として生きる。」

「・・・・・ならば、私は北畠再興を果たしましょう。私は国司家の名誉を重んじる。」

「長男は血を、次男は家を、三男は名誉を受け継ぐか・・・。父上はやはりひとかどの武人であったな。武断派の余に全て委ねるより3人に国司家を継がせた方が賢明ではある。」

「それぞれ天に身を任すしかないのでありましょうな。」

「国司家の道はもはや天運にしか開けぬかもしれませぬな。」

三人はそれぞれ自らの選んだ道を天に身を任せて歩き出す。この世で会うのはおそらく最後になる。積もる話もあったであろうが互いに寺を出た。

 

具教の血はひそかに紀州に伝わったという。木造の家名は旗本として江戸時代も保たれる。具親の名誉は2度の戦に敗れたものの、蒲生氏郷や豊臣秀吉により最大限の敬意を持って迎えられた。

・・・天運によって開かれた三人の道はそれぞれの結末を迎えた。