『味識(し)らず黙ってすする夜泣き蕎麦思いと涙共にのみこみ』

Ⓒ畝源三郎・甲斐の虎

  何も言えずに終る恋というのは確かにある。雅仁はそんな事をいまさらながら考えている。それに比べれば友章は大した奴だ。あいつは何も言わない、言ってくれないという理由で何年も前に別れたはずの女の結婚式に乗り込んだ。バカか、といったのは俺だ。辞めとけ、とも言った。それなのにあいつは乗り込んだ。果たして告白してぶち壊してきたのか、それとも結局何も言えずにすごすご帰ってきたのか。あいつは黙して語らない。大体連絡なんかしてこない。上手くいったとしても、からかわれるのがイヤで、上手くいかなかったらあわせる顔がないから。おそらく後者だろう、と思う。大体あいつは考え無しに行動する悪い癖がある。日頃はおとなしい思慮深そうな顔をしてやる事はいつも突拍子ない。

  それに比べて俺はどうだろう?結局好きな女に何も言わなかった、それこそ好きだという気持ちさえも。あの娘は今どうしているんだろう。あの娘が街で自分なんかとてもかなわない男と楽しそうに歩いているのを見た。いざ告白しようとした矢先に。なんだかなぁ?俺は何やってんだ?生まれてこの方女に好きなんていったこと一度もないぞ。どういうことだ!俺は何やってるんだ、こんな26歳他にないぞ!と自分に怒ってみてもむなしいだけ。

  もう12時、よい子達はとっくに眠り、悪い大人達はこれからが本番、そして幽霊は本番前のリハーサルに入った頃だろう。雅仁は悪い大人達に倣い街に出た。

  とはいっても、こんな田舎町では何もない。歓楽街に行くにも30分はかかるのだ。一時の快楽のために何が悲しゅうて30分もかけなきゃいかんのか。かといって飲むには一人じゃつまらない、しかも下戸だ。などと考えうろちょろしていると、昔懐かしい提灯が。

「ラーメン屋か。」

思わず立ち寄った。

「塩ラーメン1つ。」

「ない」

「無いって、じゃ味噌ラーメン」

「それもない」

「じゃ、小父さん何あんの?」

いたって無愛想なマスターは

「しょうゆオンリー」

とこともなげにいって見せる。

「・・・・・じゃ、しょうゆ1つ。」

何でこんなおっさんにコケにされなきゃならんのだ。目の前に味噌も塩も置いてあるのに。

「兄ちゃん、女にふられたやろ。」

「な、何いってんの?」

「顔にそう書いてある。」

「フラレたんちゃう、その前で玉砕。」

会話はとまりそのまま沈黙が流れる。やがて目の前に出されたラーメンはそれなりにひどい事言ったお詫びというものは微塵も考えられない通常どおりのラーメンであった。そのまま黙って啜る。味はマァマァだ。食べているうちになぜか涙が出てきた。なぜだろうと思いながら、何も言わずにラーメンは啜りこむ。悲しいわけでも悔しいわけでもない。ただ、なぜか涙が出てきた。ラーメンに何か触発されたかな、と思い、そのまま食べ続ける。

その様子をラーメン屋の親父は黙ってみていた。

「兄ちゃん、女なんてもんはなぁ黙ってたって寄ってくるもんちゃうで。」

「わかってるよ。」

「ホンならええけどな。」

タダ流れる時間。無愛想で口の悪い男とラーメンを啜って泣く男。二人の間を風が吹き抜ける。もうすぐ深夜。辛い時間だ。仕事をするにも恋に破れた男が全てを忘れるのにも。