『暗闇に舟漕ぎ出してあてもなく先に見ゆるは未来の扉』
Ⓒこたつ城主・刀用軒秋嶽
まだ夜は明けない。いかに夏とはいえ午前3時では日は昇らない。なんでこんな時間に俺は走っているんだろう。そう思いながら和繁はバイクを走らせる。バイクに乗るということはTシャツ短パンにサンダル、なんていうラフなそれこそ休日スタイルではいられないわけでこの熱帯夜でも暑苦しい格好でいなきゃいけないのである。それでも走らなきゃいけないのである。
やがて一軒の家の前にたどり着く。おおきく深呼吸して大声を出す。
「千春、起きろ〜!!」
夏ゆえに窓は開けっ放し、否が応でもその声は家の中に届く。
「なんなんだ、君は!こんな時間に!」
屋敷の主人らしき男が血相を変えて飛び出てきた。その後ろには妻らしき中年女性と千春と呼ばれた女がいる。
「千春、でかけっぞ。」
どこに行くかなんていわない。和繁は何もいわずに千春の手を引っ張りバイクの後ろに乗せる、パジャマのままで。千春は何の事かわからずただ引かれるままにバイクに乗る。
「お嬢さんお借りします。今日中にはお返しします。」
そのままバイクは来た道を去っていく。後には呆然とする中年二人。
「どういうつもり?バカ繁」
「いいから黙って乗ってろ、くそ千春」
冷たい風に吹かれてようやく目が覚めたのか、千春は詰問口調で問い掛けたが、和繁は意に介する風もなくバイクを走らせる。
やがてバイクはごみだらけの閑散とした浜辺にたどり着いた。人っ子一人いない。当たり前である、こんな時間に浜にいるなんて奴はきっとナンパに失敗してふてくされた若い男と相場は決まっている。太陽は登ってきているのだろうがあいにくの曇り空で見えやしない。
「この間約束したろ?最高の日の出見せてやるって。」
「・・・曇ってるじゃない。」
「見せてやる、必ず晴れるから。」
そして見えたら言うんだ、結婚しようって。OKじゃなかったらどうするつもりだ?なんてことはこの際考えない。深夜に娘をかっさらう男なんて親がどうせ反対するんだ。タダでさえ、風体の悪さに文句を言っているらしいからな。
晴れるの?それとも晴れないの?どうせこのバカは見えたら結婚しようくらいのことは言うつもりなんでしょ?神様は私の望んだ言葉を彼の口から聞かせてくれるの?もし見えなくたって私から結婚しようって言ってやるんだから。
両者両様の思いのまま、二人は分厚い雲を睨み続ける。そして雲は・・・・・・・・・・・・・・・、晴れた。
「結婚しよう、千春」
「OKよ。」
二人は同時に声を出しそして笑った。
「でもどうすんのよ。お父さんも母さんもカンカンよ?」
「頭坊主にでもすっかな?」
長髪に手をやり、和繁は笑った。そんなことで許してもらえるとは思わない。それでも二人も前には確かに未来への扉は開いた。