帰国して。

 

桜はしっかりと咲き始めてきている、七分咲の一番いい感じなときに帰国出来たのは嬉しい

しかし…寒い。

 

向こうで二ヶ月半も近所では短パンとTシャツだけで過ごせてたもんだから、この差は尋常ではない

う〜寒い。この陽気に何を贅沢な事を言っておるのかと、呆れられていることだろう

 

体質が夏の状態のままなんだろうね、きっと

あんまり寒いから銭湯でも行って温まりましょう〜と行ってみても、まず銭湯の湯が熱い!w処置なしやねww;

ま。これからはテンションの上がる桜の季節、各地の桜と湯めぐりで自分の中の日本人を甦らせねば

 

滞在中、末期なんか顔も黒いしノリもタイ人化?してタイ語で普通に話しかけられてたもんなぁ

コレでペラペラと応対できればメデタイのではあるが、言葉の壁はまだまだ…大変に中途半端な状態なのです

 

ところで、インストユニットで遠征していましたが

ステージの構成上、ラストは歌で締めくくるなんてシチュエーションが多々

その歌唱の部分たるや、言葉の壁を乗り越えて!ウケルウケル♪大変な自信に繋がりましたね

やっぱ歌はいいね、今年もモチロン歌って行きますよ!

 

通算100ステージ;帰国。

 

1/8 Bangkok大学
/17 「ComicParty 2009」@CenterWorld
/18 「ComicParty 2009U」@CenterWorld
/23 SinghaBeer「WorldMusicFestival 2009」@CenterWorld野外フェス
/25 SinghaBeer「WorldMusicFestival 2009U」@CenterWorld野外フェス

2/22 日本料理「天翠」ひなまつりイベント
/28 CRYSTAL「KoiShow 2009」野外フェス
/28 Diplomatic Red Cross Bazzar 2009 @SiamParagonロイヤルパラゴンホール

3/1 Diplomatic Red Cross Bazzar 2009U@SiamParagonロイヤルパラゴンホール
/10 スミタカルチャースクール特別公演
/20 Japan Film Festival 2009 @CenterWorld
   *タイのゴールデンタイムのニュースで映っていたらしい

/23 Fun Fun in Bangkok 2009 @CenterWorld/ISETAN

ほぼノープランで突入した今回の旅

和装で洋楽器という構成の奇抜なスタイルも手伝ってか
死ぬほどタイ人及び中東、欧米観光客からシャッターを切られた旅

CDがかなりの枚数を売り上げ
自分達の音楽が外国人に必要とされ、CDが買われて行く不思議な感覚の旅

なりふり構わずプロモーションし、種を撒き続けた1月
仕事を選ばず体力勝負で請け続けた2月
音が人を呼び、たわわに実り成果を上げた3月

ビッグイベントにも関わらず日本人スタッフが皆無という状況や
言葉の壁からリハーサルもまま成らない現場も多々あり


良きも悪しも、郷に入りては郷に従うスタイルを痛感し続けた滞在だった

能書きを抜きにして、自分達の音楽を
不特定多数の人間に伝えることは容易い事ではない


野外フェスに急遽飛び入りというのもこちらならでわ

「やぁやぁ。我々の音楽がどれ程素晴らしいか、あなた達はまだ知らないだろう?
 このステージに出演させてくれればその真価が分かる…」

などと、このぐらい強気でいって
自分達の敷居をガツリと上げてからステージに上がるのは少々しんどかったが
これぐらいの押しがないと、アジアの他民族国家では入り込んで行けない

もちろん一度受け入れられれば想像以上の反響には驚かされるばかり

上記の大きな12ステージと様々な店舗のショウタイムを数えてみたら
二ヶ月半で100ステージを越えていた


あまりボヤキめいた苦労話は、ここでは書きませんでしたが
今となれば笑って流せる事ばかり

時代のせいにしない、周囲をとりまく環境のせいにしない
全ては己が撒いた種

だからこそ信じた己と向き合って音楽を発信し続けていく

こういう体験を通し
技術と経験とメンタルを昇華させ

これからも続いていくであろう、このライフワークの幹が
少し太くなった実感を胸に帰国


今年の桜はまた、少し違って見えるのだろうか…

 

 

フィナーレ!タイ大使館表敬訪問@BANGKOK

 

Japanese Film Festival(日本映画祭)
2009 in Thailand 『さくら、日本の春』

毎年恒例の日本映画祭

今回は、タイでも人気の高い「さくら」や「日本の春」の情景が印象的な6作品を無料上映

その初日のオープニングセレモニーで我ユニットが
日本の春を演奏します。

2009年3月20日(金)
Central World 7階 SFワールドシネマ19:15〜

主催: 国際交流基金

協力:日本政府観光局 (JNTO)

後援:在タイ日本国大使館


協賛(五十音順・敬称略)

三井住友海上火災保険株式会社
三菱重工業、読売ネーション・インフォメーション・サービス

 

「テレビで見たぞオマエ〜!」とか
「新聞に載ってたな君達はぁ〜?」

と、街で無防備に酒を飲んでいる席で
声を掛けられる様になってしまいましたw

今月末で一旦帰国ですが(一旦w)

2ヶ月半程で、我ながらよく頑張ったなと(後半、半ば体力勝負)


先日、タイ大使館訪問の際(某大使館とは待遇が大違い、何も告げぬまま、頷くだけで門が開きましたw)


ボディチェック無しで応接室に通され
青木参事官という御偉い方と面会、その席では

「あなた方のやっている事が羨ましいですよ
  音楽は時として簡単に国境を越えてしまいますからね」


こういう話をして頂いた時、大概の苦労は報われた気がしましたね

ワタクシ学歴やキャリアとは無関係な男ですが

自信を持ってやり続けてきた事には
一つだけ勲章をつけてあげても良いかなと、この時ばかりは思いました


いやいや、まだまだ
我音楽道〜始まったばかり、これからまた先が楽しみである


帰り際、門前で恐ろしい風貌のSPに呼び止められ
ビクッ!と立ち止まり恐る恐る何かと尋ねれば

照れくさそうに

「…写真撮ってイイカナ…。」って早言えやっ!ビビって損したわ!

さて

このイベントが終われば次でラストステージ

イセタン(在るんですタイに)のイベント
遂に日本大使の前で演奏です

出来すぎてますな...仏陀様に感謝です

 

マレーシア出張!@BANGKOK

 

東南アジア特有の日差しの下


黒塗りの公用車が眼前に滑り込み、辺りは緊張に包まれた

中から国賓級の人物が現れ、笑顔でこちらに手を振っている

それを合図に周囲は厳かに我々を迎え入れてくれた…


という、おとぎ話級の逸話とは正反対 んな訳ナイやん


現実は電波少年級のアポ無しによる

マレーシア大使館表敬訪問?アタックは計画どおり行われた

ま。我ながらよくやるな...と

この位やらねば芸で(芸?)飯は食えませんワナ

その壮絶な途中経過は省略し(イヤ;別にないけど)

これまで重ねて来たプロフィールと

持ち合わせたキャラクターを総動員し、迫りくる現状を打破


何重ものセキュリティをくぐりぬけ

(この時点でカメラは入り口で取りあげられています)

気がつけば、重厚な応接室で名刺交換を終え、談笑させて頂いておりました

最初は何が何やら訳が分からない感じの御偉い方でしたが

一度話が通った後は貴重なアドバイスも頂き、暖かく迎えてくれました


コンナ出国数日前〜


バンコクの下街にあるインド人経営の旅行代理店

何かにつけて、最後にサー(英語敬語のね)がつくのはいいのだが


いかんせん顔がインド人(当たり前)

怖い(偏見)、眼が笑ってナイ(だから偏見)

本当に予約出来てるのかと?(完全に偏見)


搭乗まで不安で仕方かった、その航空チケットはエア・アジア

予約時期次第ではトンデモナイ値段(格安)にもなる今話題の航空会社である

例えばキャンペーン期間みたいのにぶつかると

バンコク→マレーシア=片道2000円弱...恐るべしエアアジア

伴奏5秒安すぎて嫌われて〜飛行場も別扱いのエアアジア;

飛行機に歩いて乗り込むエアアジア;水一杯さえも有料のエアアジアw

されど高速バス並の料金、エアアジア〜♪ 

真っ赤なCA、愛層はナイけどセクシーよ〜

やっぱり乗るならエアアジア 一度は乗ろうよエアアジア〜

Ah〜エアアジア〜♪  

    
    「あぁ禁断のエアアジア」詩・曲/koban(ナイですこんなの)

さてw
ペラペラのスーパーのレシートの様なエアチケットを握り締め南へ千キロ程

行き先はマレーシア、首都クアラルンプール(略しKLという)

首都KLは、ハイテンションのバンコクとはうって変わり
人々のテンションがガラリと違っている

決して陰気な訳ではないが、何処か落ち着き払った様相

国民の大半は厳格なマレー教の信者(中華系やらインド系もいる)

宗教的な違いは国民性をもガラリと変える

お酒ダメとか、不浄の左手観とか
その左手で子供の頭を撫でようものなら親に殺されても文句言えないとか...。

マレー教の奥さんを貰うと、改宗を余儀なくされると憲法に記載

などと書くと何やら物々しいが

基本大変勤勉で優しい人々
日本人的気質もあるのか?日本人に対し好感度大、よく話かけられましたね


ゲリラライブで見せた我々の音楽や、いで立ちにも概ね感度良好で
今後の活動も期待出来そうな予感

ゲリラの合間を縫い、表敬訪問?はさらに続き、KL日本人会や
海外国際交流基金(いろいろあるんですね〜)等の政府機関にも挨拶周り

ドタバタ二泊三日のマレーシア出張?を終えた


陽気で激しいバンコクタクシーに揺られながら
下町風情ナ我前線基地へと戻る


音楽で人種を超えた人々の笑顔を繋いでいくのは大変意味がある事に思う

過酷でもあるが、楽しみながら出来ればそれでいい

*さてバンコクも今月一杯

来週はタイ大使館表敬訪問デス!

あ。御心配ナク。

さすがに先方からアポは頂いております

これだけ活動したので、良しも悪しも?
タイ大使館内ではちょっとしたブームらしいですからw

1日に怒涛の9テージ!@BANGKOK

 

1日に怒涛の9テージ、日本ではアリエマセン

今回の滞在の最大の山場を週末に乗り越えた

短い滞在で最大の効果を上げねば、と先月から過酷な営業を開始し
出演依頼されてはハイハイ♪と引き受けていたら

日程が重なり、気がつけば1日9ステージ

決して短くない芸歴の中、不遇な時代も多々経験しw

日本でもそこまで売れた事がないw?ので仕事は選びません
仕事、頂けるウチが華ですからw


早朝六時に起床〜
当日使う音源の仕込みを終え、郊外にある商業施設のイベント会場に向かう

大好きなタクシーでw←いえいえ大変善人な方でした 

9時にはステージがスタート

こちらのハイソな世界で日本の鯉が大ブーム、和を前面に押し出した会場は鯉だらけ

鯉のぼりの歌を弾きそうになる衝動を抑え、大使館の青木参事官の前で演奏披露終了〜

錦鯉並みの派手さと露出を兼ね備えた
鯉キャンペーンガールズ?達の熱い視線に後ろ髪を惹かれながら
次の現場へとまたタクシー


正午〜次のステージの音源準備のため一瞬帰宅
        
街のど真中にある、商業施設「SIAM PARAGON」へ向う、ココで2現場通算5ステージをこなす

一つは「レッドクロスチャリティーバザー」という催し
赤十字のバザーで、各国の大使館が出店し寄付を募るイベントだ

もう一つはレギュラーで週末やってる日本料理のお店での3ステージ

微妙に時間をずらしてあり

打ち合わせやって移動して、演奏して移動して
移動してまた演奏して...

バンコクのプライドを賭けて建設したと称す建物 
人も多いしデカ過ぎて移動するのもままナラナイ

「確か3回演ったよね?」そう確認しあいながら、次の現場に移動

時間は19:00を過ぎている少々遅刻

悪名高き渋滞地帯を移動すべく、ここは電車移動

キセル防止か?あまりにも早く閉まる自動改札に
背負ったギターはココ数日間噛みつかれっぱなしだ

各国の駐在者が多く住むこの場所
エンポリアムとういう高級商業施設の最上階

日本食レストラン、その名も「日本海」
名とは裏腹、オーナー含め日本人含有率ゼロ

不思議な空間のなか、ここでもいつもの3ステージ

この時点で重複するレパートリーには段々と尾びれや背びれが付いてくる

何がなにやら分からぬまま最後のステージを終え23時終了〜

長い一日でした


旅も3分の2が過ぎ、次回への手応えとノウハウも生まれ
次の展望がハッキリと見えてきたところでワタクシ

明日から、マレーシアへと飛びます

 

あ!ミポリン!@BANGKOK

 

ミポリンて…;

ミポリン…あぁナント昭和ナ響きであろう


いやいや、あえて今回はミポリンと呼ぼう

そう、あのミポリンである


そのミポリンと、この国で二度目の再会を果たすとは

と言っても、もちろんこちらが一方的に目撃しているだけであるがw

一度目は高校の時、故郷の田舎町の文化会館に彼女はやってきた

友人がタダ券があるというので観にいったのだ

アイドル稼業を背中からがっつり背負いながら

場所が何処であろうとヒット曲を淡々と歌って帰っていった…ミポリン


そしてあれからウン十年、目の前で映画のロケが行われている

粋な御縁でプロデューサーに呼んで頂き

撮影現場にお邪魔させてもらっているのだ

只今時間は深夜、場所は込み入った地理のディープでローカルなエリア

場所に似合わぬ程洒落た酒場を貸しきり撮影は行われていた


撮影されている映画は作家である彼女の旦那さんの作品


「冷静と情熱のあいだに」の続編、第二弾「さよならいつか」


これまたダンナさんもロックバンド「エコーズ」時代

これまた母校の学祭で至近距離で目撃しているのだ


彼がミュージシャンから作家に転向以降の御活躍は周知の通り

さて自分は音楽畑の人間であるから、映画の世界は初覗き


映画は総合芸術


噂には聞いていたが見る限り

膨大な費用と人が折り重なって出来ている


アジア各国の映画の才能が眼の前に集結している

撮影現場とは独特の緊張感があって大変に心地よい


といっても、ここはバンコク

屋外に設置された眼の前のテーブルにはビールが山程

スポンサーのシンハビールから600本の差し入れだそうだ


プロデューサー含め、我々末端の見守る側は「待ち」と称し

イイものが出来るのをひたすら待つしかないのである

もちろん飲みながらだがw


そして最近は毎度の事であるが

酒の席に座ると何処からともなくナゼか?ギターを渡される

リクエストを歌ったり、皆の歌いたい歌に伴奏つけてあげてみたり

もうここまで来ると昭和酒場「流し」である

芸は身を助ける?

何処の国の人も、みんな歌が好きだ

歌とは不思議なもの、これで大抵の人たちと仲良くなれる


皆様には多数のビッグイベントの出演依頼を頂きました

まだユニットの音聴いてナイやんwいい国です〜感謝


何度目かの乾杯をしたあと、数十メートル先の撮影現場に目を向ける


二度目のミポリンにも小さく乾杯

目の前で展開されている今のあのシーン

作品の中でどんな風に映るのであろうか?今から楽しみである

激怒〜;@BANGKOK

 

いやいや;そんな事で激怒してはイケマセン

そんな事はここ、バンコクでは茶飯事です

これを読めば、些細な意見は数あれど

日本のタクシードライバーがいかに優秀かを知ることが出来ます

 

*ワタシよりバンコクに詳しい方もいますから

その方は思い出しながら暖かく失笑して読み続けて下さい…

 

さて、あなたはこの街でタクシーを拾おうとしています

いつバスが来るか分からない夕暮れ時

ラッシュ時だし少し費用が掛ってもいいから

少しでも早く目的地に着きたい…

そう思って、こちらに向かってくるタクシーを呼びとめようと試みます

タクシーを止める時

ここでは腕を上に挙げずに、腰の辺りでヒラヒラとさせます

最初の二、三台は猛烈なスペードで乗車拒否を続けます…;

…いやいや、日本でもあるじゃないですか;こういうの

気にしない、普通です、茶飯事です

やっとの思いで、止まったタクシー

爆音で聞いていたタイポップスのボリュームを落とし

運転席から煙たそうにコチラを睨んでいます(睨んでいる様にしか見えません)

ここで安心して、すぐに乗り込んではイケマセン

こちらのタクシーは行く先を告げて承諾を得てからでないと走りません

「○×▽まで〜カップ(丁寧語として最後に付けてみます)

このややこしいタイ語の地名が、日本人のニワカ発音と一発で合致する訳がありません

 

すかさず運転手の回答…

「あぁぁぁ?」

この部分の発音記号はアップルのa?イヤ、「は」と「あ」の間?

分かりやすく言えば、ヤンキーが商店街の真中で宿敵に出会った時の

相手をエナメル靴の先からリーゼントの頂点まで、なめ回す様に威嚇する時のアレです

 

あぁ?って;…いやいや、へこんでいても始まりません

こちらでは年頃の女子だって、「え?何?」と言うときには

ついその口元から漏れてしまいます

そして、やっとの思いで目的地が通じました

しかし、その運転手はすかさず首を横に振ります


そうです乗車拒否が始まりました!

「なんで?なんで行かねぇの?」こちらも少しキレて見せます

 

…だってソコ混んでるんだもん

 

はぁ〜?考えられません

悪びれた様子もなく運転手は眼も合わせません

この時点で、日本のタクシーには1000ポイント加算されました

こっちは急いでるんだ!と凄んでみても断固ひきません

挙句、○○○バーツなら行ってやってもイイぜ?OK?OK?

なぜか上目線、おまけに3倍の値段を吹っ掛けてきています

 

こんなやり取りをラッシュ時に数台とやり取りしてようやく一台拾いました

目的地を告げると運転手は眼も合わさず、無表情で小さく頷きます

いやいやこの際、愛想もへったくれもありゃしない

先を急ぐんです、時間どおりに目的に着けば御の字です


気にしない気にしない …;

さて乗り込んだタクシー、猛スピードで急発進!

カーアクション映画の見過ぎなのでしょう

ありえないドライビングであなたの寿命を縮め始めます

 

もう少し、ゆっくり走れませんか!

こんなタイ語は暗記して来ませんでした

 

運命のカウントダウンメーターもここから始まるのか…と言いかけ

さっきからタクシーメーターが入れていない事に気づきます

コノヤロー、降り際に言い値で請求しようとしてやがる

おい!メーター!強い口調で叫ぶと

待ってましたかの如く、あ・ゴメンごめんとトボケ調子でメーターON

気にする様子もなく

掛ってきた電話の相手と悪の相談(憶測)をしています

不必要ともいえる、すべての儀式を終えたアナタは

やがて目的地に到着しようとしています

ここでいいよ、そこから歩くから…ってオイ!止まれ!

徐行し、少しでも距離を稼ぎメーターを上げようと彼らも必死です

 

さて、もちろん明朗会計です

なんたってメーターには金額が表示されているんですから

釣銭が少し出る程度に支払います

…しばらくしてもレスポンスがありません

 

釣りは?

「ナイ!ないもん」

 

つまり

チップだ、よこせという事でしょう〜こういうところだけ、彼らは欧米思想です

あまりガメつく言って、直情的でプライドの高い彼らを傷つけると

本当に10でズドン!とやられたりするので程々にしておきます

こういう事は毎度の事なので気にせず、少し愛層のいいタクシーには少しチップを多めにあげてみます

 

するとどうでしょう!

この上なく無愛想だった彼らが、まるで夕飯時に

大好物の唐揚げが食卓に並んだ時の7歳児の笑顔を見せるではありませんか

 

喜び勇んで爆走して行くタクシーを見送る時には、アナタはかなり消耗しています

いやいや激怒している暇などありません、先を急ぎます

 

彼らの名誉のために言いますが、根は気のイイ奴らです(と;思うw)

金だって要るでしょう、彼らも真剣です

ベテランのおっちゃんで優秀な人も居るんですが

あまりにも激しい奴らが多いのでこういう方々は霞みます

 


ところ変わってニッポン

「こんにちは!○日本タクシーの○○です!ご乗車ありがとうございます!」

さわやかです!さらに1000ポイントが追加です!御苦労さまです!

今度、帰国したら思わずアナタも自己紹介せずにはいられないかもしれません

 

 

ナント;6億円@BANGKOK

 

イベントのステージやライブが無い日は

この国の高級日本料亭の座敷でハイクラスの方々を相手に演奏を披露している

日本料理はとても人気があり、日本人がイタリアンだフレンチだと外食するように

彼らもまた、そのような感じで日本食を食べにやってくる…が;問題はその食事代金だ

例えば、このお店も半端ではない

 

自炊を敬遠する庶民の大半は屋台で食事を済ませる、選ぶのに苦労するほどの料理のバリエーション

こちらに来てワタクシも毎日のようにお世話になっているのだが、味も胃袋のツボを心得ており実にオイシイ

金額は場所にもよるが(本当に場所にもよるが)うちの近所で日本円にして80円前後で満腹になる

 

それが、このクラスのお店になると、その1000倍近くいく(築地から直送だし)

物価の安い、この国のレートから言って8万円以上のインパクトがある

それを毎日のように食べてる人も結構いるのだ

 

近年、日本の格差問題が…などと言っているが、もうそんな比ではない

その階級のピラミッドは痩せた三角形のような形をしており、大変細長いのだそうだ

底辺は限りなく広く、屋台の食事も満足に取れない人も星の数

上部は細く何処までも長い、日本では考えられない大金持ちも計り知れずいる

金持ち喧嘩せず?などとはよく言ったもの、育ちもいいのか演奏中も実に好意的に受け入れてくれる

 

「今、駐車場に滑り込んできた車、この国でいくらするかわかりますか?タカヒロさん」

番頭さんが、物憂げにこちらに話しかけてきた

着替えと準備を終えたところで、ふと表を覗くと

駐車場には見た事も無い鮮やかなメタリックグリーンのフェラーリが滑り込んできた

 

あ〜金持ちだもんねぇ、アレぐらいは買うのも訳ないか、特注で3000万くらいなんじゃないの?

「〜あれねぇ、こっちの乗り出し価格6億は下らないです」

え?なんでそんなにするの?そんなプレミアもの?

「いや、車体価格自体はそんなもの、あとは〜国に収める税金ですw」

はぁ。…税金ねぇ

 

日本で見かける様な高級車でも税金だけで3000万は掛かるのだとか

おまけに見栄っ張りなタイ人は、新車を買い換えるのではなく、買い足していくのだという;もう、笑うしかない

 

ある昼下がり、屋台のパイナップルを買う

半切り分のパインが上手に切り分けられ袋に入って売っている

笑顔で10バーツ(40円)を受け取りありがとう〜とオバちゃんはこちらに微笑んでいる

 

大半の庶民は、生まれた境遇などさほど気にもせず、ねたむ事もせず

自分の現状を精一杯たのしそう生きているように見える

「人は人、自分は自分」

こういうところ、これからの日本も学ぶところ多いとおもうな

 

 

中々更新出来なくて〜二本立て@BANGKOK

 

忙しいのは良い事ですが、なんせ身体は一つです

異国での刺激的な毎日をリアルタイムでお届けしたいですが

どうしても後追いになってしまう

週明け、手元に書き留めた日記のメモを頼りに徒然と…

仕事だけじゃなく夜遊びしたり、風邪なぞひいてみたりw

今週も何かとあることでしょう、何処に居たって日々徒然なるままに

二本立てでお送りします↓

 

夜遊びも仕事のうち?類は友を呼ぶ〜@BANGKOK

 

類は友を呼ぶ〜良き御縁で知り合ったジュエリーデザイナーのM君
バンコクで活躍する日本人である

こちらでやってる我ユニットの音楽性とコンセプトを
いたく気にいってくれたようで意気投合


知り合って本当に間も無いが、今では良き夜遊び相手でもある

「歴史は夜創られる」とは、よく言ったもの
この日もステージ終わりに、彼らとお疲れのビールを傾けていると


バンコク郊外で大きなレイブが開催されるという情報が


遠い過去
屈指のクラブ通いだった自分としては行かない訳には行きません

しかし何故バンコク郊外か?その規模が半端ではないのです
受け取ったチケットの入場者のカウントが既に8000を越えていた

その後、人がまだまだ入り続けるとして
要は一夜限りの1万人の野外ディスコってことです

中央に野外ステージがあり
それを囲む様に幕張メッセ級の仮設大箱クラブが4つ


ワールドクラスのレジデンツDJ(大御所ってことね)を呼びつけ
明け方まで粋な爆音で夜を染める

営業時間は15:00〜明け方まで

世界中の人種が入り混じり、もちろんこの街の著名人も入り混じり
混沌とした空気を醸し出していた

その空気、実に心地良い、世界に門を開いているコノ街の底力をかい間観た

ひとしきり騒いだ後、M君も含め彼の友人である
役者のT君他、良き夜遊び仲間達、そしてその彼女達と一緒に
野外に設置されているリラックスブースでテーブルを囲む

その一人、例えばT君

いかにもタイ人受けしそうな端正なマスクのT君
日本人だが、そのルックスが買われ
普通にタイの映画に出ていたりする

今度の映画も上映されれば女の子が放っておかないだろう
あ〜ウラヤマシw

そのまた彼女達がモデルやら芸能人やらと半端ナイ訳だ
抜群のスタイルとカワユイ顔をしてますが

彼ら曰く、こちらの女性はかなり気が強く、嫉妬心もバリバリ
付き合いも、それはそれは大変なんだとか?と

日本語の分からない彼女達をいいことに苦労話もボロボロと…
ま。そうは言いつつ彼らの何処か嬉しそうな顔が何とも印象的でありw

そんな鉄壁のオーラを持つ女の子達とも沢山記念撮影を致しましたが
大変、自分の鼻の下が伸びていたので写真の掲載を控えさせて頂きますw


この日も大いに笑い、多くを語ったところで、ふと悪だくみ

これだけ役者やらラッパーやらデザイナーやら
各メディアに強い奴らがいるのなら

一曲コラボしてビデオクリップ作ってヒットさせても面白いかもと提案
ワタシは割と本気でしたが、彼らも意外と本気モードだったな

案外この先、冗談で済まなかったりしてねぇ

若かりしアノ日もそうだった様に
やはり歴史は夜創られる…そんな良き夜でした


風邪をひきました@BANGKOK (1月26日)

 

はい風邪をひきました@バンコク

日本は寒いですから皆さんくれぐれも…と言っておったら
自分が風邪をひきましたw

季節は日本でいえば真夏直前夏風邪でしょうか

1日2ステージもざらなので、踏んだステージは10ステージを超えた

身体も大分無理をしていたのか
異国の緊張感も解け始めたのか、ガッツリと重い症状に

夜中に咳が止まらん奴は即病院に行けー!と誰かが日記に書いてたなぁ
今年の日本の風邪はそんなんか〜と言ってたら自分やん!

さて

ここからが、この国の凄いところ
タイの皆さん、あまり病院に行きません(行けません?)

処方箋なくても、薬がコンビニに売ってます(ちなみにセブンイレブンでも)

聞いて驚くなかれ、なんと薬の値段、日本円にして21円
それも4錠しか入ってません

何故に?4錠で良いのだそうです…何故に?

意味深なタイ語だらけのパッケージ、非常に重い気分で中を開けると
デカ…駄菓子屋のラムネか?これ?、○ッピーラムネだ

車の窓ガラスに跳ねてきそうな小石程もある大きさである

その日本人想定外の量と効力?(実際日本人は半分くらいからだとか)
眺めているだけで症状が軽くなりました

いやいや背に腹は代えられません、体長不良で落ちている暇など微塵もナイ

エイヤ!と飲み込むこと、しばし…うぁ
効いて来た、効いてきた〜怖これはヤバいな

日本なら1週間は引っ張りそうな風邪が、1日半でほぼ完治

何故に4錠?〜4錠も飲めば治るんですw納得

でも夜中の咳だけが残るんだなぁ〜と近所の薬屋のオヤジに尋ねると
「ほな、コレでも飲んどけ!」と出された咳止めシロップ

パッケージには、ラズベリー風味と記載w

昔、縁日の屋台でコレだけはたべるなと親にこっぴどく言われた
あの林檎飴の不可思議な深紅、そして喉に絡みついたら取れぬ程のその粘度!

こんなもんで、この辛い咳が治まるかっつーの…
…治まったw

ちなみにお値段、缶コーヒー以下
なんですかこの国は、日本の薬が優しいのか?高いのか?

おかげさまで、すっかり回復に向かっております


まだまだ、世界は広いです

そして、音楽股旅は続く


追伸〜

ミラクル続きで、大きな野外フェスやらサブカルチャーフェスのゲストやら
今度は大使館まで絡んで来て、事はとんでもない方向に♪

落ち着いたら追ってアップします

皆さんも風邪にはくれぐれも御注意を

 

取材とか@BANGKOK

 

地道なプロモーション活動が続いている

最初それほど多くのプランがあった訳ではなかったが、不思議なもので人が人を呼び

こなしきれない人との出会いが続いている

流石にこの国に強かに住みついている日本人の方々は珍経歴で相当な猛者、昔話が面白くて仕方がナイ

そんな方々の口込みで

日本から変わった奴ら(我々)がコッチに来てなんかやっているというのはボチボチ伝わってきているようだ

今週からフリーペパー数社とバンコク週報という新聞社からの取材のオファーを頂いている

ここから徐々にタイ人サイドにもプロモーション出来れば幸い

いろんな点が繋がって線に、線が繋がって中に様々な色が溢れていく

飛び込めば何とかなるもんだ、そういう後先考えない勇気と運だけは持ち合わせているつもりだ

デビューしたてのガムシャラな時代をちょっと思い出した

まだまだ熱いな;オレもw

 

-----------------------------------------------------------------------

 

と、ここまで先週書いてて、さぁアップ〜という所で手元の突然ネットが繋がらない;状況に

HP閲覧やメールチェックくらいはネットカフェでも出来るのだが、このサイトは持ってきたPCしかアップ出来ず…で

ようやくワイヤレス受信できるカフェを発見し、今に至るというところ…死んでませんよw

 

ネット配信の足止めを食らっている間に、事はミラクルを起こして結構大変な事に☆

すでにコチラで踏んだステージは10を越えただろうか

野外フェスやら、サブカルチャーイベントのゲストやら、大使館まで絡んで来たぞ

 

そのうち面白い報告が出来ると出来ると思いますよ

 

 

電波デビュー@BANGKOK

 

ラジオ番組に生出演した

ここは中東人街の一角のビルにある放送局「J−CHANNEL」
Jというだけに日本人経営の局なのである

風情は日本と変わりはないが
セキュリティーが硬いのが、いやがおうにも外国を感じさせる

出演するのは、イブニングキッスという一時間半の生放送

この国の日本人は約4万人といわれているが
タイ語と日本語と両方で放送をしていて

在タイの日本人と日本びいきのタイ人がリスナーなんだとか
放送局の人々も半々

日本人のDJ、須賀さんという方と
タイ人のベストちゃんという女子大生タレントが御相手

さっき観てたテレビに出ていた子だ

タレントさん相手も日本では仕事柄、気にならなくなったが
まだまだこの国では不思議な感覚である


さて本番

昔DJとして、自分のやってた番組に妙に似ていて
結局ハイテンションでしゃべりまくり一時間半全部出演しきっていたw

爆発的なテンションはさらにあがり、別番組の収録にも飛び入りが決定
向かいの中東街でトルコ料理を食し、ガソリン(ビール)を給油

再度スタジオ入り
一時間番組を3本収録した、我ながらタフである

日本人相手に日本語をしゃべりまくるとすっかり日本にいる気分になるのだが
一歩表に出ると、やっぱり外国…あたりまえではあるが
さらにほぼ90%中東の濃い顔ぶれが夜のネオンに照らされていると異様な光景


ここで上がり始めたテンションは留まる事を知らず
この未確認な街角で路上ライブを敢行した

ラジオ出演にもかかわらず、この日我々は着物である

よほど珍しいのか集まるわ集まるわ、濃い顔の人だかり
この国の人間は興味の対象となったモノにはガン見である

反応は上々
音楽の良き泣き所というものは、人種は違えど意外と近いものだと感じた

打ち上げと称し、アパートの前の屋台で祝杯
クセになりそうな、そんなワタクシ異邦人


演奏披露@バンコク大学

 

バンコク大学を訪れた

去年の訪タイで、お近づきになったY教授の大学だ
Y教授は在タイ17年、いわいるグリーンカードも取得してバンコクの街に根を下ろしている

バンコク大学という所
この国屈指の坊ちゃま、お嬢様大学で富裕層御子息の集まりなのである

キャンパス内を見渡せば〜まぁ、その
彼らの容姿端麗さといい、育ちの良さそうな事といい

モデル級の綺麗な子もチラホラと☆

それもそのはず、在学中に芸能界で活躍してる人気アイドルやら
卒業生はJALなんかのCAになるという

毎年、Y教授の誕生日には
このアイドルやらCAがこぞって祝いの席に集うらしいのだ;あ〜ウラヤマシw

 

さて、音楽好きのY教授とは去年、とある御縁で
熱い音楽談義を交わしたから再会があるのだが

「演奏家の人が羨ましいですよ、ぜひこの国でもアナタ方の音楽を轟かせてくださいね」

音楽こそ最高の国際交流アイテム、そう
断言するY教授には
今回もいろいろと仕事の面でもお世話になる

是非とも期待に応えたいと心に刻んだ

 

待ち合わせ場所である、学食内で彼の教え子たちも交え、昼食
つかのまのキャンパスライフといったところか

その後、校内を案内していただく…すると教授
せっかくだから学生が研修するカフェで演奏して欲しいという

到着当日(深夜空港着だった)そうそう演奏披露とは嬉しいやらなんとやら;
まあ武者修行の身、躊躇している暇など皆無だ

いつものように演るだけ、久しぶりに触る楽器の感覚

演奏は二曲目に突入した

異国という気負いか?はたまた、この気候のせいか?空中に放たれた、その我音魂〜極彩色♪

 

 

音魂〜バンコク降臨!

 

日本は寒波が来ているそうですね

ありがたい事に、すれ違いでバンコクに滑り込み
宿も定着、やっとネットも開通で今に至ります

こちらの気候は日本の秋口位、タオルケット一枚で寝ると少し肌寒い程度と言ったら
皆に怒られるでしょうか

バンコクというとアイツはアジアのどんな田舎に行ったんじゃ?
と思われてる方もいるようですが、タイはバンコクに限って言えば、日本の地方都市顔負けです

現在の住まいは写真の風景の裏路地の安アパート
お湯を捻ると、たまに水しか出ないのは御愛嬌w

人種の坩堝というのが適当な表現でしょうか

音楽も欧米の最新のものから、中東民謡?まで音楽ジャンルも、これまた坩堝

こういう環境での創作活動がこれから楽しみです

そしてそして♪
バンコク入国当日、はやくも演奏披露してしまいました

その話はまた後日…

 

お年賀

 

あけましておめでとうございます

今年もお互い、良い年にしたいですね

 

さて!

年明け一発目から、御報告を〜

一月初頭からワタクシ、海外進出を果たします

歌はもちろんの事、以前から活動を続けていたインストゥルメンタルユニットがアジアで高い評価を受けました

渡泰直後には、すでにラジオ番組出演が決まっています

何度も通い詰めたバンコクを拠点に、数ヶ月間アジア滞在です

音楽を志したあの日から、日本以外でも活動するのが夢でしたから

また一つ自分の夢が叶った訳です

 

場所が変われど、音楽制作する環境は持って行くつもりなので

滞在先で、どんな楽曲が生まれるか?今から楽しみです

このサイトでも、出来次第アップしてみようかと思っています


画家が筆さえあれば仕事が出来るように

音楽家もまた、何処にいても作品が仕上げられる時代になりました

いい時代。これも一つの夢でした

夢はいくつ見たっていい、何度だって叶えてもイイ

もちろん、この徒然だって今までと変わらずアップして行きますよ

面白い話が出来るとイイね

今年もタカヒロ、飽きさせません!w

今年もよろしくお願いしますね!

謹賀新年☆

 

今年もいろいろあったでしょう?お互いにね

 

人生を語らう時、よく『 成功 』という言葉が使われる

音楽的成功〜この道を志してからかなりの歳月が過ぎるが、絶えずついて回る言葉だ

歌を唄っていれば、周りは分かりやすい成功をイメージする

流行の芸人を看板にした歌番組に出演してイジラれる…とか

こういう風なものがないと納得してもらえないシチュエーションにも多々出くわした

こういう方々、正直少々、対応に困る

誰が言ったか、流行歌手という言葉がある

とてもセンシティブで危険な言葉だ、あまり羨ましく思わない

歌の持つ、底知れぬ得体の知れないパワーに魅せられし人々は

その大きな渦に飲み込まれて行く、大きな犠牲を払い、そして何かと引き換えに…

もちろん歌は唄い続ける、これからもだ、いい歌だって書きたい

しかしそれだけには留まりたくない自分も存在する

自分の中に育った、音楽の根は想像以上に深く張っているのだ

こういう部分は理解をされ辛いかもしれない

自分は音楽で成功しているか?という問いに、どう答えよう

もちろん、成功していると胸を張って答えたい

今年は、特に自分の持っている音楽的ボキャブラリーが最大限に問われた

音楽の持つ、あらゆる力に癒され、素晴しさを再確認出来た年でもあった

『 成功 』

成りたい自分になる、成りたい自分に成る権利が誰にだってあるのだ

成功の種は心の中に絶えず蒔かれている

大事に育て上げ実らせては、また新たな創造の地平にその種を蒔く

思い返せば、いつだって光の差す方へちゃんと向いているではないか

今の自分、成れているとおもう、あの日に想い描いた自分以上にだ

自分を取り巻く全てに感謝

全ては心のままに

大晦日に一筆

 

 

STREGA(ストレガ)マンスリーライブファイナル

 

同じ店で毎月、足掛け五年

単純に計算しても60本近くライブを演ってた事になる

実験室?(マスター公認)と称し、さまざまな試みをさせてもらった

たった一回で撃沈した楽曲もあれば、好評を博し定番化していったものもある

演者にとって、慣れとはやっかいなものでもある

慣れは、時に絶対的な安定感を生むが、同時に本人のモチベーションが揺らぐ瞬間でもある

その微妙な狭間で5年間続けてこれたと思う

全ライブが楽勝だったわけではない、試行錯誤の末、生まれたテクニックだってあるだろう

10の苦渋の中に1の快心が生まれるとチャラになり、また前に進むことが出来る

そういう経験を通し、自分の音楽的血や肉になっていることは眼前の観客の拍手で分かる

また観たいな…

この日足を運んでくれた満員のお客に、そう思ってくれていると信じて幕を下ろした

もちろん新しい展開は考えている

さらに音楽的起爆を求めて、しばしの場面転換中…今の気分は、そういったところか

 

ピアノ@ギター

 

ピアノって習ってたんですか?〜こういう質問をよく受ける

いいえ習った事はありません、厳密にいえば音楽学校での鍵盤を使った和音構成の学習はした事はあるけどね

本来ピアノという楽器が持つ、いわゆる敷居の高い感?は今でも自分の中にある

特にアコースティックピアノは楽器の王様なんていわれる位、表現の幅も広い万能選手である

弾き始めたのは高校生の時

ピアノなんて恐れ多くて3歳からお尻を叩かれながらでないと上達しないもんだ〜なんてイメージがあって尻込みしてた

ギターは既に弾き始めていたのだが、どうしてもピアノが弾けるようになりたくて一念発起

駄目もとで突然、親に頼み込んだ

大抵のものは、学業の邪魔?とか言われて買ってもらえないんだが、アッサリOK;今でも七不思議のひとつだ

もちろん電子ピアノだけれど、それは嬉しかったね

でもここからが大変、弾けなきゃ意味がない

なんたって周りが大変、おかしなピアノを毎日聴く羽目になるのだからw

実家は大工の棟梁である、職人さん達は口を揃えて

親方の息子が突然、風変わりな事をはじめたwなどと、トンカチの音で対抗してくる

あれから30年(きみまろ風に)…経ってないな、でも20年はゆうに経過しているのだ

下手のよこ好き?とはよく言ったもんだ、弾けてるもんね普通に…買ってくれた親には感謝だ

ギターの響きも大好きだが、ピアノで和音を積んでいくような独特の響きは他では変えられない

またそのピアノの和音構築感がギタープレイにも添加されるのだ

だから純粋なギター弾きの方には、「俺の知らないコード弾きやがって〜」と言われるのだが

自分でもそのコードネームがなんなのか知らないのだw

今週のファイナルライブに向け、ピアノの前でアレンジを構築中

骨の折れる作業だが、脳は喜んでいる

音楽家にとっては至福の時でもある

 

 

 

Good Evening Guys!

 

レディースアンドジェントルメン〜!

ディスイズ、ジャパニーズシンガー!タカ〜!

野太い強靭な声帯から出た声に呼び出され、ステージに上がった


ステージの上にはスポットライトが強くこちらに当たっていて

眼の前の客席の顔も見えない

タバコと埃が強いスポットライトの光量にさらされ、霧のように霞んでいた

自分の立ち位置から真後ろ

ドラマーのスティックからバラード曲特有のカウントが出される

生バンド特有の原曲より少しユックリとしたテンポでイントロが流れた

 

忠実なアレンジ、さすがである、バンドマン達の腕は悪くない

ふと横を見るとコーラスを担当する女の子が小さく微笑んだ

好奇心を含んだアイラインの濃い眼でこちらを見つめている

どうやら試されているんであろう


唄う曲は、あらゆる場所で何度も唄い慣れた洋楽のスタンダードナンバー

大きく息を吸い込み溜め気味に唄いだした

 

その時だ、沈黙を守っていた霞の向こう側から

感嘆の入り混じったドヨメキが押し寄せた

あの日本人、中々…そんな気配が客席を覆い込んだようだ、出だしは悪くナイ

 

スポットライトに包まれる瞬間、場所はどうあれ

全知全能を与えられたように喉に力がみなぎる

一曲を唄い終え、歓声を浴び自席に戻った…

ジャケットの胸ポケットには札がねじ込んであるではナイか

 

「タカヒロはいいよなぁ〜こういうのがあってなぁ。」

この日、御馳走になった諸先輩方々の言葉

面白がって、こういう場をセッティングした張本人達である

 

いえいえ(汗かくわ〜)

一応プロの端のほうですからこのぐらいは演らないと

そういえば、数少ない日本人客にチップもらいましたよ〜☆

「ちがうぞ?あれは中国人だよ。」

え;?(あの、金持ちそうな、のび太君?変わったなぁ日本も…)

「後ろの席のナントか人の奴らも感心してたわ、お前の歌に」

ほぉ〜それは、それは…♪と後ろにも愛想を振りまいておく

(ナニジンデスカ?アナタタチ?)

 
久しぶりに訪れた、外人街の生バンドディスコでの一面

外国人経営で200人近いキャパでほぼ満席、日本人率は5パーセント程だろう
 
そんな中、筋金入りの外人バンドの面々に紛れ

少し酔っているとはいえ、突然マイクを向けられて唄いだすのは

中々のアウェー感、肝試しにも近い


 
その後、ダンスタイムにフロアで踊っていると

アジア圏の女の子達が熱い視線と共に腰をくねらせて近寄ってくるw

わっ!こういうの、分かりやす!外国やんw

…ま。悪くないね、こういうのもw歌、唄ってて良かった〜なんて☆

何故か日本人以外(日本人以外;)のアジア人に大層受けるのだ

この受け方が半端ナイ、今後の活動によっては楽しみな展開にもなりそうだ

何が起こるか分からないから人生は楽しいですな

 

「あのぉ〜もしかして…」


「音楽製作のソフトウェアをお探しですか!初心者の方にはコレがオススメですよぉ」

 

はぁ;なるほど…

たまぁに楽器屋に立ち寄った際、あまりにも物欲無さげに店内を冷やかしていると店員サンの有難いアドバイスを頂くw

安いね〜こんなに色んな機能がついて1万ウン千で買えるんだ…

 

もちろんテクノロジーの進化で当然といえば当然の時代の流れではあるが

15年前、このソフトと同じ機能を持つ音楽制作ソフトを16万円出して買った事のある人間は感慨にふけっていた

その一万円のソフトを持って、感慨にふけっていた瞬間をロックオンされたのだ

 

普段は何をお使いですか?わたしも使っていますが、いいですよぉ〜

…はい;あまりねぇ、こういう時、自分のキャリアを喋るのは気がひけるもんです

 

コチトラ今まで短くない音楽制作人生でトータルすれば高級外車1台くらいは買えてたであろう位の機材オタク歴

少しでも楽曲のクオリティーを上げようと、宣伝文句と共に物欲三昧

しかしその類は、テクノロジーの進化と共に投資したモノは二束三文

 

今では、一つ上がって高級機には少食気味、各社がしのぎを削る宣伝文句にも大してなびきもせず

しかし機材談義が白熱するにつれ、向こうも気付き始めるわけです

 

「あのぉ〜もしかして…けっこう演られてたりします?」

はい;程ほどに;とまぁココまで来たら正直にキャリアの現状を包み隠さず話す

「!スイマセン〜なんか;そのぉ」

いいんです!いいんです、大して売れてませんからw和気アイアイな空気で落ち着くことに

 

「ココは場所柄、コンサートで訪れた外タレさんなんかも来るんですが

気付かずに接客している事もあるんです」

 

細分化されすぎた現在のミュージックシーンは世界的に有名な人でも、ジャンルが違えばただの人らしい

先日も世界的に有名な某ギタリストがリハーサルの合間に暇つぶしに来てたのだが知らずに接客

周囲の客の大騒ぎによって事の重大さに気付いたのだとか

 

そんな話しを事務所の仲間に話してたら

「あぁ、そう言えば大昔、私がバイトで楽器弾いていたお店にある人が来たのよ

僕が誰だか知ってる?としつこく聞いて回ってたの

店の皆はあまりそのジャンルに興味が無いから、知りません!と答えると

エラクふてくされてたミュージシャンがいたわ…」

 

その後、その人は90年代の時代の寵児

今は詐欺罪で騒がれてますね、そんな時代もあったんです

 

 

大樹の森


今週末、土曜はステージのダブルブッキング

別に悪い意味ではなく、昼間に岐阜のホテルでステージ

夜は名古屋池下でのマンスリーライブ

12月にはメーテレ主催のクリスマスコンサートが大きなホールで控えている

 

今年は大きな舞台を踏む機会が多かった

数年前に蒔いた芸事の樹がしっかり育ち、幹が太くなって行く様が手に取るように分かる

少々の風雨にも動じず、去年より一昨年より沢山の実をつけ始めている

これから周りがどんなに大きく変化しようと、本来の自分は何も変わらない

必ず自分の描いた未来に近づけるという自信がついてきた

自分を信じてあげられれば大抵の夢は叶うもんだ

昔から、こんなに強かったっけ自分?意外と頑固なのは認めますが…


憂井涙?雨伊琉?



小林組というユニットを始めて5年が経った


ソロでは経験しないようなステージを踏んできた

このユニットでの活動は、いい形でフィードバックしていると何度か綴った

記念すべき5周年記念ライブを、このユニットで最初に立ったステージで演った


近所にある37年続く老舗の店『カントリージョー』

ココのステージに和装で経つ演者は、後にも先にも我々しかいないであろうw

しかし妙に受けるんです、ワタクシの着流し姿w

友人知人に惚れ直される事、過去数十回wモテるんです!w



顔が昔っぽいんかねぇ…;

和装で唄うかオリジナルも?烈食歪囲亜〜もしくは、愛四照留〜♪←ヤンキーかと思われ…却下;

 

 花の名古屋の碁盤割 

 

名古屋市の中区は名古屋城をてっぺんに街が碁盤の目のように出来ており

縦と横の通りすべてに通りの名が付いている


その通りを順番に歌っていく、わらべ歌がある

それが 『 花の名古屋の碁盤割 』という歌

 

花の名古屋の街割りは 四面四角に碁盤割 お城下は三の丸 本町御門出てくれば

片端通りとはこれなるか …桧さわらや杉之町 春三月の頃なれば ちらりちらりと桜町♪…以下略


ふるくから伝わるらしく、歌詞はあるのだがメロディは不明

そして今回、名古屋市に、メロディをつけて歌ってほしいと依頼を受けた

区政100周年にあたる今年、記念式典が行われ、そこでこの歌を披露した


そう、小林組は歌もうたうのであるw

文化の日、区役所前に設置された式典会場

江戸の頃からのお金持ちであろう旦那衆やら、政治家の方々の前で披露

普段とは違った観衆、羽織袴で歌うステージ


歌は歌えど自分自身が何やら違ったキャラクターに変わった様だった

例えば〜お辞儀の仕方とかね、イチイチかしこまってるんです


式典終了後、引き続き地下のコンサートホールで演奏があるので楽屋へと移動

その際、多くのお年寄りに声を掛けられる


ある老人は、この歌が復活して今日披露されると新聞で知り、勇んで駆けつけたという

少なからず思い出でもあるのだろう、少し涙をうかべながら歌をありがとうと褒めてくれた


今後、区の予算が許せばCD化も検討しているのだと

後日、担当者が熱っぽく伝えてくれた

 

歌の持つ力は計りしれない、歌の存在しない国はない

人が言葉を声にしてコミニケーションする以上、歌というものはこの世から不滅であろう

今回のこの式典を通して、違う角度から歌の本質を見つけられた気がする

 

「究極のラーメン;」

 

こういうタイトルを並べると、さぞかし美味いラーメンを食べた自慢でも書くのだろうと思うだろう

今回はその逆だ、ありえないラーメン;その全貌を…;

 

外食を重ねていれば、うまかった店での舌の記憶は脳への伝わり、次第に学習する

だいたい店構えで誰だってそれなりにどの様な料理が出てくるか想像はつくであろう

だからして、近所にあるあの中華屋の敷居だけは決して跨ぐまいと決めていたのに…跨いだ

 

いやいや

灯台もと暗し?、もしくは外食的勘のレーダーに間違いがあるのでは?と

時間制限と様々な思惑が重なり、店に飛び込んだが案の定

この選択は大きな後悔へと繋がっていく…

 

店内、雑然としている覇気もナイ

まずカウンターに「のり」…海苔?NO!「糊」!

他にもゴチャゴチャと店内にあってはイケナイものが転がっている

得も言われぬ異常なまでの生活感、これでは店ではなく、家だ

こういう店特有の商売っ気の無さ

豪華さをいっているのではなく、客を迎える気があるのかどうかって事で

 

!いやいや、外観既成概念に捕らわれてはダメだ、ビックリするラーメンが出ることだってあるかもしれない

そうだ入り口の縦看板には自家製麺、『味自慢!味噌ラーメン』と書いてあったではないか

 

味噌ラーメン、下さい!

「…えっ;?ミ、味噌ラーメン?みそらーめん…」

なんですかその動揺は?頼んではイケナイものを頼んでいるのかオレは?

同行した事務所の人間は、そんな不穏な空気を察知してか普通のラーメンを注文

すでに餃子は断わられた〜なんだ、この胸騒ぎは

 

そこから待つこと…かなり;

ラーメンがカウンターに置かれた

のり、糊のチューブを端っこにどけて箸先をどんぶりに浸す…「!」

太い髪の毛を発見、麺にこれでもかと絡みついている、まずは戦意喪失

 

すぐさま声を荒げても大人気ない、たかが髪の毛一本で神経質になってもと

慎重に髪の毛と半径数センチを撤去

いかなる理由であろうと食べ残すのは礼儀に反する

 

気を取り直して半透明のスープに口をつける…

はて半透明?

そういえばコレは味噌ラーメン

…うすい!というか味がない、まったくもって塩気ゼロ、どういう事だ?

意味がわからず、割り箸で麺を持ち上げた…その後、どんぶりから出てきた髪の毛4本

無言で店を出たあと、同伴の事務所の人間に、この店のありえなさを語り同情しあう

そして、いかに薄味というか無味だったかを告げた

「え?濃かったよ、というか濃過ぎるアレは」

?…脱力〜

 

勘の良い方は、もうお分かりであろう

つまりは、一方のドンブリに二杯分の味付けがされていたという事だw

ココまで天晴れだと笑うしかない

 

金返せとも言えぬくらいの、これぞ究極のラーメン。そうそう経験できるもんじゃない

髪の毛といい〜どういうボケかたしとんねん!っと結局は怒鳴り込むような事はしなかった

というより、出来なかった

客足の途絶えた狭い店内には不必要な程の人数の老人が働いていたからだ

 

「ある意味、老人福祉には貢献したかも」

そんな同伴者の言葉でオチがついた、ある昼下がりのラーメン紀行

二度と行きませんけど;