その日は珍しく店が休みだった。

 

 太陽が顔を出し、人が活動開始し始めてからまだそう時間は経っていない。

 店長曰く、最近埃をかぶってきている本が増えているらしい。まぁ、客も来ず、誰も手に触れられないのだが

それは当たり前の事かもしれないが。だからといって、いくら小さい店といってもこの膨大な量の本を二人だけ

でどうにかする事はできない。と言う事で、今日は徹底的に掃除する為に業者の人を頼んだらしい。

 ベルは、その業者の人が来るまでいつも通りカウンターの中で本を読んでいる事にした。

 閉められたドア。内側から見ると『OPEN』になっている板は、客を今日は寄せ付けない。

 こう静かだと読書が進む。自分でも知らないうちに、ベルは本にのめりこんでいた。

 と、そんな時だ。

 鍵のしていないドアが音をたて、外の光を取り込んだ。

 その音に顔を上げる。

「―――すみませーん」

 低い、胸に響くベース声。

 その声が業者の人だと理解し、ベルは急いで本に栞を挟んだ。

「あ。いらっしゃいませ」

「どうも。今日仕事で来まし―――」

 そこまで声にし、最後の言葉は出なかった。

 どうしてかと思いベルも顔をやっと本から顔を上げる。すると、彼の心境が手にとるように分かった。

 目の前にいる男は、青のつなぎに青の帽子、ピンクのヘッドホンという変わった組み合わせの服装をしていた。

「けっ……KKさん」

「なんだ。ここ、お前の店か?」

「ちっ、違いますよ。あたしはここでアルバイトさせていただいてるんです」

「はぁ。ま、どうでもいいけどさ」

 持参してきた掃除道具を足元に置き、不精ヒゲのはえた顎を撫でる。

「で?店長は?」

「あ。店長は今日用事があるって言って、だからあたしが代わりに」

「そっか。了解。じゃあ何したらいい?」

「それじゃあ、一度ここにある本を全て裏へ出してもらえますか?」

 言付けられた事をそのまま頼む。

「全てって―――もしかして、この店ん中にある本、全てかっ!?」

「えぇ」

「えぇ、って。お前―――」

 ベルの言葉を反芻し、KKは一度店内を見直してみた。いくら小さい店とはいえ、その分隙間無く本棚が並ん

でいて、なおかつぎっしりと本が詰っている。シャレにならない量だ。

「これを俺とお前だけでするのか?」

「らしい、ですね」

(―――ったく。まぢかよ?)

 声には出さず、内心毒づく。どちらの掃除の仕事で上司であるMr.Gが珍しく簡単な仕事を回してくれたと思

えば、こんな裏があったとは。

「ま。仕方がねぇか―――でも、どうして裏へ出すんだ?」

 頭を抱えたまま問い掛ける。

「日干しするんですよ。でないと虫に食われたりして大変なんです」

「はぁ。そーゆーもんなのか?」

「そういうものなんです」

「じゃ。ぼちぼち取り掛かるか」

「はい」

 

 掃除屋だけあって、KKの動きには無駄が無い。崩れてしまいそうな本を丁重に扱いながらも、大量に積んで

は裏へと運んでいく。ベルが持ち運べる量はそれの半分以下だ。

 前もって裏にはベルがひいておいたブルーのシートが広がっていた。元は駐車場のようなものだったらしい

が、車を持たない店長がフェンスをつけて一種の庭にしたらしい。そこに一冊ずつできるだけかぶらないように

置いていく。それは単調な作業だったが、二人とも根を上げる事はなかった。ただ黙々と言葉も交わさずに仕

事をこなしていく。

 

 そんなこんなで、昼を少し過ぎる頃には全ての本が日光浴をしていた。

 

「御疲れ様」

「お。ありがとよ」

 差し出されたコップを受け取り、一気に飲み干す。

「―――ふぅ。疲れた」

「すみません、無茶に仕事量が多くて」

「いや。これも仕事だからさ」

「あ。これお昼です。簡単な物しか作れませんでしたけど」

 一仕事済ませ、場所を食堂へ移動した二人は疲れを癒した。

 帽子とヘッドホンを机の上に置き、目の前に置かれた皿へ手を伸ばす。

「これ、お前が作ったのか?」

「えぇ。時間と材料があればもう少しはまともな物が作れたんですけど」

「いや」

 サンドウィッチのようなものを口へ運び、一口で食い尽くす。

「美味けりゃいいって」

「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」

「お世辞じゃねぇって」

「そうですか?」

「てゆーかさ。お前も休めばどうなんだ?」

 KKが席に腰かけてからベルはまだ休憩もとっていない。忙しくあれやこれやと働いてばっかりだ。

「もう少しでやる事が済みますので。そうしたら休憩しますね」

「そんなの後でいぃじゃねぇか」

「ですけど―――」

「いいからっ。お前も座れって」

「―――はい」

 片付けていた食器を流しに置き、KKの向かいの席に座る。

「お前。いつもそうなのか?」

 話し掛けてきたのはKKからだった。あまりにも唐突な質問にベルがきょとんと目を丸くする。

「だから。いつもそんなせわしないのかって聞いてんだよ」

「あ。あぁ、そう言う意味ですか。いえっ、そうではありませんよ。ただ一つの事に熱中しだすとそれがちゃんと終

 了するまで止める気になれないんですよ」

「はぁ?いい性格というか、悪い性格というか」

「でも」

 意味深な言葉にKKが視線だけを動かす。

「でも、よくみんなには言われます。頑張りすぎだ、とか少しは休憩したらどうだって」

「そいつらの意見に俺も同意だな」

「そうですか?いまいち自分では分からないですけど」

「一体何を隠す為にそんなに頑張ってるんだ?」

「え?―――」

 KKの台詞に言葉を失う。それは手にしていたコップを取り落としそうになるほどの衝撃を与えた。

「お前を見てると……なんだ?何かを隠す為にそうやって無茶をしてるように見えるんだよ。ほら、自分の弱点

 を隠す為というか、なんというか―――だーっ。はっきりとは言えねぇけどよ、そんな気がすんだよっ」

 自分でも言っている意味が理解できず、誤魔化すように頭を掻き毟る。

 ベルは、ただ黙って彼の言葉を聞いていた。

(何かを、隠す―――?)

 言われてみればそんな気もするかもしれない。日本に来たばかりで、みんなに少しでも認められる為に無茶

をしていたのかもしれない、と。

「たまには羽を伸ばしたらどうなんだ?そのっ、隠す事を止めろって言ってるんじゃない。隠すのはいいけど、少

 しは自分に休息をやらねぇと―――見てるこっちも辛いんだよ」

「そう、ですか?」

「自分で分からないうちはまだまだ子どもだな」

 最後の一口を放り込み、ぽんっとベルの頭を叩く。

「なら休むと同時に分かってくれる人を捜せ。それが今のお前がやらねぇと駄目な仕事だ」

 置きっぱなしだった帽子とヘッドホンをかぶる。

「じゃ、俺は仕事の続きしてくっから」

「えっ?じゃあ、あたしも―――」

「俺の話を聞いていなかったのか?」

 悪寒を感じさせる冷たい声。

 ベルはその声に恐ろしさを感じた。

「今言っただろ?お前は色々と無茶しすぎなんだって。だから、たまには人に甘える事を覚えろ」

 帽子のつばで表情は読み取れにくくなったが、口元だけ笑みを浮かべる。

「午後の仕事は本棚を拭いてから干してある本を並べるんだろ?本棚拭くだけなら俺一人でも出来るからさ、

 お前はゆっくりしてろ」

 それは選択権のない言葉。

 ベルは一度戸惑ったが、苦笑を浮かべて頷いた。

「はい。では、お言葉に甘えてお願いします」

「了解」

 

 いつもモップを使っているだけあって、雑巾で拭くのは少し手間がかかった。

 それでもなんとか三時頃までには済む仕事は済んだ。

 

「おい……おいっ、聞こえてるのか?」

 長袖をめくった状態で台所を覗き込む。一人でやる事は済んだ。あとは二人で山のような本をまた元の本棚

に戻すだけだ。

「おいっ、ベ―――」

 言いかけて声を飲み込む。

 気配と足音を消すのは得意だ。いつもの要領で近づき、そっと顔をのぞきこんで見る。

(―――寝てるのか?)

 ゆっくりしていろと言われ、ベルが選んだ方法はどうやら昼寝だったようだ。規則正しく肩が上下し、気持ちよ

さそうな寝顔を浮かべている。

 はっきりいって起こしづらい。

(仕方がねぇ。残りも一人でやるか)

 甘すぎるか?と付け加え、元から居なかったようにそこから去る。

 

 爽やかな風が眠りから起こした。

「―――あ、あれ?あたし、いつの間に寝てたんだろ」

 まだ重い瞼を上げ、少しオレンジ色のかかった室内を見つめる。

「えぇぇぇぇぇぇぇっ!?もうこんな時間っ?大変、お手伝いしないとっ」

 椅子を押し倒し、裏へと走る。

 ドアを開けると、そこには青いシーツも本も無かった。

「あっ……あれ?」

 一瞬動きが止まった。

「じゃあ。もしかして」

 踵を返し、向かう先は店の方。

 

「―――やっぱり」

 店に戻ると、本棚は綺麗に拭かれ、全ての本が元通りに並べてあった。それをKKが一人でしたのだ。

「悪い事しちゃった……どうしよう」

 小さく呟き、店内を見て回る。最近掃除をサボっていたせいだろうか。朝見た時とは印象がはっきりと変わって

いる。

 と、視界に何か見覚えがあるが見慣れない物がある事にベルは気付いた。

「あれは」

 髑髏の絵の描かれたバケツ。それの持ち主は、勿論彼だ。

「KKさっ―――」 

 本棚の影から顔を出していたバケツに近づくと、同じく影で見えなかったKKが顔を出した。ただし、本人は疲れ

たのか帽子を深くかぶって眠っていた。

「寝て、る?」

「―――んっ」

「あっ」

 ピクリと帽子が動いた。それに続いて身体が眠りから目覚めるように起き上がる。

 寝起き一番の視界に入ったのは細い足。そのまま舐めるように視線を上げていくと、目を丸くしているベルと視

線が合った。

「よっ」

 それが寝起きの第一声。

「あっ、あのっ。これ全部KKさんがっ……」

「あぁ。なんかお前が気持ちよさそうに寝てたからさ。一人で済ましておいた」

「そんなっ。本を戻すのはあたしもするって言ったんですから、問答無用で起こしてくれれば」

「ま、いいって」

 本棚に預けっぱなしだった身体に力をいれ、よいしょっと立ち上がる。

「今日は休憩大サービス」

「キャッ!」

 額を指で押され、小さく声を上げる。

「ま。仕事も済んだ事だし、俺は帰させてもらうわ」

「あっ、ありがとうございました」

「それと」

 バケツを持ち上げ、肩越しに声をかける。

「絶対に無茶すんじゃねぇぞ。何かあったら誰かに言え。誰もお前の事は迷惑だなんて思っていないんだからな。

 逆に言ってもらえねぇ方が苛立ってるかもしれねぇし」

「―――はい」

「ん。じゃあな」

 細く、角張った手がドアに伸びる。

 ベルは喉の奥に声が引っかかっている事に気付いていた。しかし、それを言っていいものだか悪いものだか、

それを考えていると言葉を声にするのが怖くなった。

(どうしよう。言わないと。今、言わないと―――でもっ!)

『絶対に無茶すんじゃねぇぞ。何かあったら誰かに言え。誰もお前の事は迷惑だなんて思っていないんだからな。

 逆に言ってもらえねぇ方が苛立ってるかもしれねぇし』

 つい今さっきKKが言った言葉が脳裏を横切る。それが喉のつっかえを外してくれた。

「あのっ、KKさんっ」

「―――んぁ?」

「そのっ……」

「どうしたんだ?」

 KKが顔を覗き込んでくる。

 ―――言わないと。

 ぎゅっと拳を握り締める。

「あのっ。もし何かあったらっ、KKさんに言いに行っていいですかっ?」

 ―――言った。

 たったそれだけの言葉なのに、何を言うより緊張した。俯いたまま上を向く事ができない。KKの表情を見るの

が恐いのだ。

「お前……」

(呆れられたかもっ)

「あっ、あのっ、そのっ。きっ、気にしないで下さいっ。今日はありがとうございましたっ。じゃあっ」

 逃げるように言い捨て踵を返す。

 それをKKは逃しはしなかった。

「待てって!」

 逃げ遅れた腕が捕まる。

「どうしてそこで逃げるんだっ?」

「そっ、それは―――」

「飽きられるとでも思ったのか?」

 抵抗が、弱まった。

 これ以上となく、図星だ。

「ったく。どうしてそう考えるんだ?さっき言っただろ?逆に言ってもらえねぇ方が苛立つって」

 腕を引っ張られ、そのまま自然とKKの腕の中に入り込む。

「!?」

「俺はいつでも暇だからさ。言いたくなったらいつでも言いにこい―――と言っても、住所も何も教えてねぇから

 それは難しい事か」

 頭元で親父臭い笑い声が聞こえる。

「あ、そだ。ちょっと待てよ」

 手を離し、両手を押し付けるようにポケットを叩く。するといつも持ち歩いているのか、小さなメモ用紙とボール

ペンを取り出した。

「―――っと。ほら」

 一番上の紙を破り、ベルの白い手に握らせる。

「これ、は?」

「俺の携帯番号」

「え?」

 見直すと、確かにそれは090から始まる携帯番号が書かれていた。用紙とKKの顔を交差に見つめる。

「これならいつでも言えるだろ?俺は基本的にいつでも暇だからよ。お前がかけたいと思った時にかけてくれれ

 ばいい。もしこれがお節介だっていうならこのまま捨ててくれればいい」

「そっ、そんなっ、捨てるだなんてっ」

「ま。どっちでもいいけどよ」

 ドアを開ける。すると、茜色の光が容赦なく入り込んだ。

 気持ちいい風が通り抜けていく。

「んじゃ、帰るわ」

「あっ、ありがとうございましたっ」

「こちらこそ。ま、また何かあったらうちの会社をよろしくな」

 別れはいとも簡単なものだった。

 静かにドアが閉められる。

 ベルは、手に握ったままの用紙を見つめ、間を置いてから微笑んだ。軽い足取りで奥の部屋へと進む。

 頭の中で考えているのは、この用紙を何処に保管しておこうという、そんなどうとでもない事だった。

 


もうお好きにして下さい(汗)。

とゆーか、もうギブ?

誰やねん、Kベルなんぞ書けゆーたのは(自分+●)。

―――自分も悪いのか(涙)。

さてはて、書いてみましたしたKベル。

俺の場合、ベルちゃんが出てりゃもう相手は誰でも良いんやけどな。

それにしても意味なし小説。

つか、KK―――ベルちゃんに手ぇ出したら犯罪チック?(笑)

あぁ、犯罪ノリならKマコでも書いてみっか?

ほら、スペース・マコってどう考えても中学か小学生っしょ?

―――犯罪の域、越えてっや(汗)。

02.8.15

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