たまには、忙しい日もある。

 

「また明日来ますね」

 珍しく働いている店長に声をかけ、裏口から出る。

 外は久しぶりにバイト帰りに見る闇夜だった。

「早く帰らないと」

 今の世の中、物騒で女の一人歩きは危ない。

 人間のバイオリズムのように、客の来る来ないは波のようなものがある。丁度今日が一番波の高い日だった

のか、意外と客が入った。閉店時間はとっくに過ぎている。別に決まった時間があるわけではないが、いつもは

誰も居ないので六時七時には閉める。ならさっさと客を追い出せばいいと思うだろうが、滅多に来ない客をここ

で逃がすわけにはいかず、こっちが向こうに合わすしかないのだ。

「九時か―――」

 腕時計で時間を確認し、闇から逃げるように駆け出す。

(お風呂って洗ったっけ?確か朝のうちにしたと思ったんだけど。晩御飯はもう済んだし。あとはぁ)

 静かな街。

 華やかな繁華街からはある程度離れていて、向こうの活気は届かない。

 住んでいるアパートまでは店から走って十分ほど。そう遠くない距離だというのに、辺りが暗いだけで感覚が

狂う。

(あ。そういえば朝食用のパンがなかったような)

 無言で点燈し続ける信号機の足元を曲がる。

 左手に小さな公園が広がる。フェンスのような冷たい物の代わりに周囲を囲む木々。入口は一つだけで、自

転車侵入防止が街灯の明かりを反射している。

 丁度、その前を通り過ぎるところだった。

「―――ゃない♪ない♪―――」

 黒い画用紙に空色が零れ落ちる。

 自然と足が止まる。

「―――し〜ろ〜振り返〜―――」

 お調子じみた声。

 早く帰らないと、と言っていたはずなのに身体が勝手に寄り道をする。

 公園内にはある程度の用具が設置されていた。低い鉄棒、穴だらけの砂場、土まみれの滑り台。忘れ去ら

れたスコップが寂しそうにしている。

「正義のたま〜しい〜♪真っ赤にも〜えるぅ〜♪」

 ベンチは三つ四つ。そのうちの一つに、誰かが腰かけていた。

 街灯の下。白いベンチに海色の髪が目立つ。男は一人、こんな闇夜にギターを鳴らして弾き語りをしていた。

歌の方に熱中しているのか、それとも無視しているのか、どちらにしろベルには気付いていないように見える。

(あれ?この人)

 見覚えがあった。曲の方は聞いた事ないが、その姿に。海色の髪に空色の肌。左眼を包帯で隠し、残った顔

以外の皮膚は全て包帯が巻かれている。紅色の瞳。いつもははめている茶色の手袋は横に重ねてあり、細い

包帯で巻かれた指がジャンジャンとギターを鳴らす。茶色のスーツは着崩れて肩が丸見え。それが本人なりの

センスらしい。

 彼の姿は、ブラウン管越しでしか見た事がなかった。

「ギャンブラ〜Z♪」

 ジャジャンとギターが余韻を残して消えた。

 静かな闇夜に戻る。

「―――あれ?」

 男はギターから顔を上げると、やっと目の前にベルがいる事に気付いた。片眼を閉じ、爽やかからは程遠い

子供のような笑みを浮かべる。

「ベルちゃん、だっけ?」

「えっ?」

 名前を呼ばれて驚かずにはいられない。彼―――スマイルとは面識がないからだ。

「あ。ゴメン、ゴメン。僕達初対面だったよね。僕はスマイル」

 適当なコードを鳴らす。

「確か第五回のポップンパーティにいたよね?」

「えっ?えぇ」

「その時、丁度うちのアッシュが呼ばれててさ。そう、アッシュだけなんだよ?まぁ、僕は第四回に呼ばれたけど

 さ。暇だからついてったワケ。だから君の事を知ってるんだ」

「はぁ」

「それに―――」

 ベルの知らない曲を奏でだす。

「何故か知らないけど、アッシュもユーリも君の名前をよく口にしてたし」

「!?」

「といっても本当に最近の事だけどね」

 余韻が残るギターの弦を手のひらで押さえる。

「な〜んか知らないけど?アッシュが君の名前ばっかり連呼してるからさぁ、ユーリの機嫌がすっっごく悪いん

 だ。だからこうしていちいち街に出てきてギター弾いてるんだ。下手に城の敷地内で弾いてたら殺されかね

 ないからね」

 ヒッヒッヒッと冗談に聞こえない笑みを加える。

 ベルは無言のまま彼を見つめた。

「それにしても。アッシュがあんなに騒がしく言ってるからどんな人かな〜って思ってたんだけど、こう見てみる

 と普通だよね?」

「え?」

「あ。ゴメン、ゴメン。別に悪気があって言ったわけじゃないよ」

 逆に悪気があったのなら悪口にしか聞こえない。

「―――だけど、下らないよね―――」

 独り言に近い呟きをベルは聞き逃さなかった。

「意味とかさ。そんなの、ど〜でもいい事なのにさ。アッシュ、ずっとそれにこだわっちゃって。それで周囲が迷

 惑してるんだから少しは自覚してほしいよ」

 頬を膨らませ、大きく息を吐く。

 彼の言っている意味が分からなかった。一体、何の意味の事なのか、さっぱり分からない。

「ねぇ。ベルちゃん?」

「はっ、はい?」

「あぁ。そんなにかしこまらなくてもいいよ。あ?横座る?」

 放り出されていた手袋をはめて、人一人座れるスペースを作る。

 ベルは言葉に甘えるようにそこに腰かけた。

 近くなる、海と空の青。こんな傍にいるというのに、とても遠くにいるように感じる。

「さてっと。聞きなおすけど、ベルちゃん?」

「はい」

「『Smile』って言葉の意味、知ってる?」

「え?」

「『Smile』―――僕の名前の意味は、何か知ってる?」

「えぇっと、それは……」

 突然聞かれ、散らかった頭の中を整頓しながら探していく。スマイルという単語は、彼の名前として知る前

からよく知っていた気がする。では何処で知った?母国のフランス語ではない。だからと言って日本語でもな

い。もっと有名な国の言葉。

「―――あ」

 金髪が綺麗なジュディの姿を思い出し、言葉も自然と浮かび上がる。

「微笑?」

 あまり自信がなく、口の中でもみ消すように答える。

 何処と無い虚空を見つめていたスマイルは、そのまま視線も首も動かさずに口を開いた。

「まぁ、そんな感じかな?笑いとか、そういう意味だったと思うし」

 名前に相応しくまた笑う。

「じゃあ『Ash』はどう?」

 二つ目の質問にもう一度頭を悩ませる。しかし、今度ばかりは答えが見つからない。

「ごめんなさい。分からない」

「やっぱり、ね。これも英語だからね〜」

 やっと首を動かす。全てを知り尽くしているような眼がベルを締め付ける。

「『Ash』はね、灰って意味なんだって。燃え尽きた、どうしようもないカスのような灰だって」

 刹那。

 殺意のこもった視線が心臓までも一瞬停止させた。

「ま。覚えて無くてもいい事だけどね」

 にぱっと笑い、また視線をずらす。

(気の、せい―――?)

 本当に一瞬だっただけあって、突き刺さった視線が現実だったのかどうかすら分からない。

「だけど聞いてよ〜。ユーリだけ、根っからと名前だからさ。意味っていう意味がないんだよ?つまんないと思

 わない?」

「えっ、ぇぇ―――」

「ベルちゃんの名前にも意味があるのにね」

「え?あたしに?」

「あれ?知らないの?」

 手が暇だったのか、無意味にギターを弾きだす。

「ベルってのも英語で、鈴っ意味なんだよ?」

 公園の遠くを見つめ、小さく呟く。

「―――綺麗な名前だよね―――」

「あっ、ありがとうございます」

「本当。僕達とは違って」

 表情が一転する。褒められて緩んだ笑顔は、刃物でも突きつけられたかのように引きつった。

 紅色の眼。それはしっかりと輝き続けている月を見つめている。その姿は人間には見えなかった。本人に

は失礼かもしれないと思ったが、心の底からそう思った。

 また動けなくなる。これは、恐怖。悲しげなスマイルの眼が、視線が重なっているわけでもないのにはっき

りと見える。悲しい、眼。

(この人も、やっぱり)

 他の二人と同じ、悲しい眼をしている。

「っと。ゴメン。」

「え?」

 いつものお調子者が話しを切り出した。

「こんな時間なのに引き止めちゃってさ。帰る途中だったんじゃないの?」

「えっ?あ―――そうだった!」

「早く帰った方がいいよ。最近は変なのが多いっていうし」

「えぇ。あたしこそごめんなさい。せっかくギター弾いてたのを邪魔しちゃって」

「ううん。いーの、いーの。じゃあね〜」

「それでは。さようなら」

 街灯の照らす範囲から遠退き、足音だけを残して公園を去っていく。

 闇。

 沈黙。

 静かになった公園で、スマイルは一人、何もしようとしなかった。

「あれが、ベルちゃん―――ねぇ」

 自分に言い聞かせるように言う。

「アッシュもユーリも大騒ぎしてるからどんなのかな〜って思ったのに、すっっっっっごく普通の子じゃん―――

 つまんないの」

 ベンチに『の』の字を書いて嘆息する。

「あれが、『Deuil』の意味を知ってた子―――ん〜」

 考えがまとまらずに頭を抱える。

「ま。潰しがいはありそうだし、当分の間は様子を見よっかな♪」

 すっと足が消える。それは順々に腰、腕、頭を消えていった。唯一、口だけが残る。

「僕だけの新しい玩具―――ヒッヒッヒッ。壊れるまで遊んであげるよ」

 黙れば口も消える。

 街灯は、虚しく無人になったベンチだけを照らし続けた。

 

 


だーかーらーっ。

一体何が書きたい?

もうお手上げ?(ほーるどあっぷってヤツ)

せっかくシリーズ化してたったのに、どうしてスマイルだけ話がこうなるっ?

ちなみに今までの作品。

身内では―――

意味→アシュユリ Kベル

答え→ユリベル

といつの間にかCP化されています(汗)。

ちなみに本人、そんなもの狙っておりません。

特にいっちゃん頭のもの。

野郎がんなもの書いても全然嬉しくありません(笑)。

で、今回。

―――スマイル、鬼畜やね(笑)。

ま、気が向けば続く……のか?

 

02.7.22

 

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