今日も、朝から一人。

 

 今年から日本の学校は、土曜日を完全に休みにした。ごく一部の私立学校を除いてそれは実施され、ベルの

通う学校も時間割から土曜日が消えた。休みが増えたからといってやる事はそうなく、暇になった土曜日はまる

まるアルバイトに費やす事にした。

 人通りのある道沿いに建つ、人気(ヒトケ)のない店。名前はなく、取り扱っている本は洋書だけ。どこから仕入れ

ているかはアルバイトのベルは知らないが、気付けば店長が数を増やしていた。洋書でなおかつ古本。どれが

悪いのかは分からないが、人に酔うほど客は入らない。勿論給料は何処に比べても安いが、客のいないな間、

何をしていてもいいという事に惹かれて今もカウンター内にいる。

 天気のいい日は入口のドアを少しだけ開けておく。すると風がそこから入り、カウンターの傍を通り抜けてい

く。大抵はそこで勉強している事が多い。学校の教材を並べ、一教科ずつ自分が決めた範囲を解いていく。朝

はそうしている事がほとんどだ。そして、いつも同じ時間に来客者が来る。

「ベルちゃん?」

 ドアが動き、影が入り込む。

 来た。

 カウンターの上に広げたノートなどを片付ける。

「おはよう、ベルちゃん」

 ウェーブする細い茶髪をなびかせて微笑む。

「Sanaeちゃん。おはよう」

 決まりきった言葉を返してカウンターの奥から背もたれのないパイプ椅子を取り出す。それをサナエに差し出す

と、彼女はやはりありがとうと言って腰をおろした。

「この前に言ってたところだけど、あれから分かった?」

「ううん。まだ」

「ならよかった。あれから私も考えてみて、なんとか説明できるようになったわ」

「ほんと?」

「えぇ。ほら、ここは―――」

 会話しつつカウンターの上に広げたのは学校で使っている古典の教科書とノート。そして、サナエが肩から下げ

ていた鞄から取り出した物は、教科書のコピーと筆記用具。

「少し難しい難しい文法を使っているの」

 シャーペンをコピー紙に走らせ、分かりやすいように一つ一つ確認して話す。

 朝はいつもこうしてサナエが古典や国語を教えに来てくれる。分からない事があるなら友達や先生に聞けばい

いと思うかもしれないが、サナエなら現役大学生だし、ポップンパーティで会って以来の友達だけあって質問しや

すい。そして、時間を気にする事もない。

 手を止め、顔を上げる。

「これでいいかしら?」

「えぇ。ありがとう」

「ううん。私は教えてもらってる代わりに教えてるんだから、当たり前の事よ」

「じゃあ、次はSanaeちゃんの方をしよっか?」

「そうね」

 古典の教科書をしまい、今度はフランス語の教科書を取り出す。

「この前言ってたやつだけど―――」

「あ、あれね。ちょっと手間取ったけど何とか理解したわ」

「さすがSanaeちゃん」

「ううん。ベルちゃんの教え方が上手なのよ」

 彼女はいつもそう言って笑いながら謙遜する。

 ベルはサナエに日本語を教えてもらう代わりに、彼女に母国語であるフランス語を教えている。一種の小さな

勉強会。

「あ。でもこの前また分からないところがあったはずなんだけど―――」

「どこ?」

「えーっと……あ、ここなんだけど」

「―――あ、そこか。うん、わりとそこはみんな悩むところで」

 勉強会はいつまでも続く。客が来ないのはいつもの事で、どちらかの都合が悪くない限り昼を過ぎても終わる

事はない。

 気付けば時計の針は十二時を過ぎていた。

「あ。Sanaeちゃん、お昼どうする?」

「え?もうそんな時間?」

「えぇ。どうしよう……何か作ろうか?」

「ううん。それなら大丈夫よ」

「え?」

 言葉の意味が分からず聞き返す。

「そっか。もう十二時過ぎたのね。なら、そろそろ彼女達も来るわよ」

「彼女、達って―――」

「そう」

 ひとまず休憩という事で荷物を片付け出す。

「リエちゃん達よ」

「みんな来るのっ!」

「えぇ」

 嬉しくて表情が緩むのが自分でも分かった。

 サナエが手で口を抑えて笑みを堪えている。

「ふふっ。ベルちゃん、彼女達の事好きね」

「えぇ……みんな好きですよ」

 嘘でない笑みを浮かべる。

 日本へ留学するさいに、友達とは別れてしまった。知っている人が一人としていない。それが一番辛かった。

甘える事もできず、ただ一人で生きていく。両親達が留学を許してくれたのは、そういう経験を積む意味もあっ

たのかもしれないと、今では思う。

 留学先の学校ですぐに友達はすぐにできた。けど、それはあくまでも校内での友達であって、それ以上でも

以下でもなかった。

 だからいつも、校外へ出ると一人ぼっち。

 そんなベルに届いたに届いたのが一通の手紙。差出人はMZD。第五回ポップンパーティの招待状だった。

わけがわからなかったが、好奇心で出てみる事にした。

 会場にはあらゆる国や世界の人々が集まっていた。そして、すぐに友達ができた。一定の場所だけでない、

いつでも一緒にいられる友達が。

「お昼はリエちゃんが作ってくるって言ってたから、みんなで食べに行かない?今日は天気もいいし、川辺と

 か公園がいいと思うの」

「それはいい考え。あたしもご一緒していいかな?」

「勿論。ていうか、リエちゃんはその気で作ってるわよ。絶対にね」

 人差し指を立て、片目を閉じる。

 彼女の声にかぶるように、騒音が店内に響いた。

 そろそろ蝋燭でも塗った方がいいかもしれないと思っていた引き戸が悲鳴をあげる。

「ふぅ〜……つ、疲れた」

 長くウェーブのかかった茶色の髪が軽くなびく。

「ベッ、ベルちゃんにサナエちゃん。いる?」

「おはよう、リエちゃん」

「Rieちゃん。おはよう。あたし達なら奥にいるよ」

「おはよ〜。二人共」

「―――ーい」

「―――えちゃん」

 後ろ手にドアを閉めようとする。

 刹那。

 閉じようとしていた隙間に四つの手が勢い良くしがみ付く。

『!?』

 奥から見ていた二人にとっては、どう見ても怪奇現象か何かに見えた。しかし、リエは冷たい視線で振り返る

と、ぺぺぺっと引っかかった手を外してドアを閉めようとした。

「うわーっ。リエちゃん、止めてって」

「僕達が悪かったよ」

「達?達って何?僕は何もしてないじゃん?」

「何言ってるんだよ。同罪だよ、同罪。だから―――」

「二人共同罪で頭でも冷しててっ!!」

 投げかけられた訴えを見事に流し、ぴしゃりとドアを閉める。

 沈黙が訪れる。

「―――ふぅ」

「りっ、リエ、ちゃん?」

「どうかしたの?」

「えっ?う、うん。ちょっとね」

 苦笑を浮かべながら二人の元へと向かう。

「うん。本当にちょーっとした事なんだ。もうどれくらいちょーっとした事かって言えば、え?今地震あったっけ?な

 ぐらいにちょーっとした事。あ、分かりにくかった?じゃあ、小石なんていつでも踏むじゃない?それで、あれ?

 今踏んだっけ?な感じぐらいに、本当にちょーっとした事なのっ」

 リエ曰く『ちょーっとした事』について語る。しかし、二人にはそれが何かの誤魔化しと最初から分かっていた。

「リエちゃん。今日は一体何があったの?」

「なっ、何って。何もないよっ。ただ何かあったかなぁって思えば、ちょーっとした事が―――」

「私はその『ちょーっとした事』について聞いてるの」

「う゛っ。そっ、それは―――」

「―――それはね」

 隙間無く閉じられたドアから青と紫のベレー帽が覗き込む。

「―――多分、僕達が原因だと思うんだ」

「―――おいっ。多分じゃないよ。絶対だよ」

「あ」

「スギ君、レオ君」

「おはよう。サナエちゃん、ベルちゃん」

「おはよう」

「―――頭は冷した?」

 刺刺した絶対零度の言葉がスギレオに突き刺さる。

「痛い。痛いよ、リエちゃん」

「今日は一段とね」

「Ri、Rieちゃん―――?」

「何?」

 女の表情はころりと変わるものだ。踵を返すと同時に笑顔になり、ご丁寧にバックに花まで咲かせる。

 その変わりようにサナエもベルも何も言わない。

「本当に何があったの?」

「――――――」

「話だけなら聞いてあげれるんだから。話してみたら?」

「―――あ。あのね」

 サナエとベルが耳を傾ける。内心、また下らない事だろうと思いながら、だ。

「スギ君とレオ君が、せっかく作ったサンドイッチをつまみ食いしたのっ!!」

「だからあれは―――」

「どうして僕までーっ」

「レオ君はスギ君を止めなかったから同罪っ」

「ぐはっ」

「―――話がやっと読めたわね」

「えぇ」

 いつの間にか店内に入ってきた二人が言葉のストレートパンチを喰らって倒れるのを見ながら、勝手に納得す

る。それが本当にいつもの事だからだ。

「リエちゃん?」

「ん?」

「つまみ食いされたって言っても、ちゃんと残ってるんでしょ?」

「え?まぁ、食べられたのは少しだけだし」

「少しって!?たった一つしか―――」

「スギ君は黙っててっ!!」

「―――だって」

「う゛う゛っ」

「っと、スギ君は少し横に置いておいて―――なら量が極端に足りないわけじゃないんでしょ?」

「うん」

「ならいいじゃない。二人も反省してるみたいだし」

「―――本当に?」

 ぎろりと背後の二人を睨みつける。その威圧感に意味もなく「手を上げろ」状態になる。

「本当」

「僕はあまり関係ないと思うんだけど―――本当だよ」

「ん〜」

「それに。いつまでも怒ってたら、せっかくのピクニックが楽しくないわよ?」

「―――それもそっか」

 両拳を腰にあて、しかめっ面をスギレオに近づける。

「もうあんな事、しない?」

「しないしないっ!」

「ちゃんと次からは止めるよっ!」

「―――なら、今回は許してあげる」

 いつものリエの表情に戻る。

 二人も安堵の息を漏らし、顔を見合わせて首をすくめた。

「じゃあ。メンバーも揃った事だし、そろそろ行こうか?」

「そうだね」

「何処に行く?」

「多摩川辺りは?」

「こんないい日だと、誰かいるかもしれないね」

「例えば?」

「ヒグラシさんとか?」

「いつもいるって言ってたっけ」

「それじゃあ、ちょっと店の準備をするから―――」

「分かったわ。外で待ってるから」

 ごめんなさい、と答えて四人が外に出てから引き戸を閉める。内側にかけてあるOpenの看板を裏返し、薄緑の

カーテンをひく。

「―――ピクニック、か―――」

 誰に言うわけでもなく一人呟く。

 笑みが自然と漏れる。

 あぁ、友達って本当にいいなと再度実感し直す。

「ベルちゃーん?」

「はーい。すぐに行くわ!」

 軽い足取りで店の奥へと駆け出す。

 

 天気のいい、ある日の出来事。

 

 


さて。

一体何が書きたかったんだ自分?(汗)

いや、出だしを書き出したんとしめを書いた日の間が空きすぎて、さっぱ話が自分の中でも繋がっとらんさ。

―――って、あかんやん自分。

ま、どっちにしろ、ただベルちゃんを書きたかったわけさ。

あぁ、ベルちゃん最高。

君がいればそれで俺は十分です(爆)。

 

02.7.21

 

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