その店には、色々な人が訪れる。

 

 ベルは、その日も店番をしていた。基本的に店長は外出ばかりしていて、全てをアルバイトのベルに任せてい

る。よく笑い混じりに自分が死んだらこの店を譲ってやるとか言っているが、それが本当が嘘か分らないところが

恐い。

「―――ふぅ」

 窓のない、閉めきった空間。読み続けていた本から顔をあげ、時計を見上げるともう昼を過ぎていた。

 さて、どうする。

 昼飯は好きなように取っていいと言われている。店の台所を使って自分で作ってもいいし、少しの間閉店させて

外食しに行くのもよい。

「今日はどうしようかな」

 読みかけの本に栞を挟み、考えながら立ち上がる。と、その時になってやっと店内に誰かがいる事に気がつい

た。ちょうど座っていた位置では死角になる本棚の陰。ベルが読んでいた本と同じ、フランス語で書かれた本を

読んでいた。

「――――――!」

 こっちの視線に気付いたのか、客が目線を動かした。紅色の、視線で串刺しにされてしまう眼。

 男に、見覚えがあった。

「あっ、もしかして―――」

 まだページの残っていた本をパタンと閉じ、元の棚へと戻す。男はそのままゆっくりとカウンターへ近づいた。

 綺麗な銀髪、血色の瞳、全身を覆う黒一色のコート。神秘的な雰囲気を漂わせているが、恐怖も同時に感じた。

「お前が」

 艶やかな唇が言葉を紡ぐ。

「お前が、ベル―――だったな」

「えっ、えぇ」

 男の名前は、ユーリ。知らない者はいないと言われるほどの人気バンド『Deuil』のヴォーカル。その彼が、今自

分の目の前にいる。

「どうして、私の名前を―――?」

「アッシュに聞いた」

「!?」

 アッシュ―――『Deuil』ドラム担当。最近はソロ活動もしだした凄腕の歌手。彼とは第五回ポップンミュージッ

クで会った。そして、つい最近彼と会った。『Deuil』の意味を教えた、あの日だ。

「―――そっ、そう」

 冷たいかと思ったが、そう答えるしかできなかった。

「今日は、どういうご用件でしょうか?何かお探しの本でも?」

「いや。特にない」

 最低限の事しか喋らない口。

「ただ―――」

「ただ?」

 鋭い眼が突き刺さる。

「あの言葉の意味を知る者を、一度は見てみたいと思っただけだ」

 彼の台詞に、声が出なくなった。

 ―――やっぱり、彼に聞いたんだ、Ash君。

「ごめんなさい」

「どうして謝る」

「Ash君が言ったんですよね?Ash君に聞いたんですよね?」

「あぁ」

「―――ごめんなさい」

「謝る理由が分からん」

 俯き、いつの間にか流れ出した涙が握り締めた手の上に落ちる。

 ユーリは何も言わなかった。が、ベルが泣き出した事に気付くと、少し顔をしかめた。

「女性に泣かれるのは、あまり好きではない」

「ごめっ―――」

「いい加減、謝るのは止めろ」

 言われるがままに黙り込む。

「私はお前を責める為に来たわけではない」

 ゆっくりと顔をあげる。見入ってしまう紅色の瞳と目があった。

「お前と話がしたい。いいか?」

「えっ、えぇ」

 慌てて涙を袖で拭う。

「ちょうど今からお昼にするつもりだったから、ユーリさんも食べますか?その方が、話やすいし」

「―――いいだろう」

 心なしか、ユーリが微笑んだように見えた。

 

 冷蔵庫の中には、ベルが少し前に買いだめしておいた材料がまだ残っていた。減っている分は店長が食べた

のだろう。

「何か希望はありますか?」

「いや、何でもいい」

「そう?―――じゃあ軽い食べ物でいいかな?」

「あぁ」

 独り言だったつもりの言葉に、椅子に腰掛けたユーリは出されたジュースを一口飲み、短く答えた。

 フランスパンを薄く切り、スライスした野菜やチーズなどを重ねていく。こうしていると、今さっきまで泣いていたな

んて、自分ですら信じられない。

「―――ベル」

「あっ、はい」

 作業を続けながら答える。

「どうしてあの言葉の意味を知った」

 一瞬、手の動きが止まる。

「調べたのか?」

「―――いいえ」

 一呼吸し、パンを皿に盛る。

「フランス語は、私の母国語なんです」

「そうか」

「Ash君は、言わなかったんですか?」

「そこまでは聞いていない。あいつはお前に教えてもらったとしか言わなかった」

「そうですか」

 使った道具を流しに置き、手を拭いてから皿をユーリの前に出す。

「どうぞ。口に合えばいいけれど」

 差し出された食事に目線を移動させ、無言のまま一切れつかみ、口へと運ぶ。

「―――美味い」

「それはよかった」

 一仕事済まし、向かいの席に座る。

「生まれは?」

「パリです」

「あそこか」

「ユーリさんは?」

 彼ら『Deuil』メンバーは生まれ、年、家族構成―――普通の歌手なら明かしている事を一切秘密にしている。

そして、それを知る者は誰一人としていない。

「―――誰も知らない場所だ」

「はぁ」

「意味を知って、どう思った」

「えっ?」

 口に運びかけていたパンが目の前でお預けになる。

「『Deuil』の意味を知って、私達の事をどう思った?」

「―――そうですね」

 パンを皿の上に戻す。

「不気味とでも思ったか?」

「いいえ」

 はっきりとした言葉で言い返す。

 脳裏を横切ったのは、テレビで見た彼らの歌う姿。演奏中の彼らはとても充実した顔をしている。だが、ふとし

た瞬間、悲しげな表情を浮かべていたのを覚えている。

「それより、寂しいなって思いました」

「寂しい?」

「―――悲嘆。愁傷。死別の悲しみ」

 ユーリの整った眉毛がつりあがる。

「死去。葬儀。そして、喪服」

 アッシュに教えた意味を呟き、言葉を続ける。

「Yuliさん、Smile君、Ash君って、とても寂しい眼をしてる」

「全員か?」

「えぇ」

「そうか」

「皆さんって年も不明でしょ?だから私のぱっと見なんだけど、まだ二十前半でしょ?年。なのに、何百年も生き

 ていたような顔を時々見せてる」

「!?」

 ユーリの表情の変化は、視界の隅に入っていただけでもはっきりと分かった。

「ごっ、ごめんなさい」

「いや。そういうわけではない。気にするな」

「――――――」

「お前は見る目がある」

 えっ、という表情で顔をあげる。

「もし私が吸血鬼だと言ったら―――どうする?」

 吸血鬼―――それは、人の生き血を吸い、夜活動するという化物の類い。

 ほんの一瞬だが、彼の言葉を信じてしまった。人間では考えられない銀髪、紅色の瞳、血を塗ったような唇。ずっ

と着続けていてるコートの下には羽が隠れているかもしれない。

「それって、本当に……」

「――――――冗談に決まっているだろ」

「えっ?」

 聞き間違えかと思った。彼の口から冗談という言葉が出てくるとは思っていなかったからだ。

 最後の一口を頬張り、ジュースを飲み干す。

「そろそろ失礼する。長居してすまなかった」

 立ち上がり、踵を返す。

「―――冗談なら、いいのにな」

「?」

「失礼する」

 黒衣をなびかせ、店へと繋がるドアの向こうへと姿を消す。ベルが動けるようになったのは、彼を見送った数秒

後の事だった。

『―――冗談なら、いいのにな』

 背中を向けていて表情は勿論分からなかったが、とても寂しい声だった。まるで、自分が吸血鬼だと肯定してい

るような台詞。

「あっ!Yu、Yuliさんっ」

 やっと身体が動き出した。まだ話したい事があって彼を追いかけた。

 彼が出て行ってから数秒後。走れば確実に追いつけると思っていた。だというのに、

「―――え?」

 店の外に、彼の姿はなかった。

 途中で入り込む裏路地もなく、道は離れた交差点まで一本道。だというのに、人の姿は珍しく誰一人としてなかっ

た。

「いない―――?」

 わけが分からなくなる。

 ふと、消えかけていた答えがもう一度浮かんできた。

「吸血鬼」

 ゆっくりと空を見上げる。

 彼がこの大空を飛んでいるような気がした。

 


はい、どないでしたらっしゃろか?

もう書いた本人何がなんだか分かりやせん。

つか、ベルちゃんおればそれでOK?

気付けば意味の続編です、はい。

ユーリ、あんた喋らせにくいさ(汗)。

おまけに話の内容がさっぱらぱぁ。

薄いし短い。

―――テスト中に書くなや自分。

 

02.7.2

 

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