「―――あれ?」

 温泉は男性軍の宿舎とは別の離れにあった。定番の青ののれんと赤ののれんがかけてあり、後ろ髪引かれなが

ら青ののれんをくぐる。

 脱衣所はほどよく広く、ロっカーには浴衣やタオルといった物が入った籠があった。その一番下のあまり人が使わ

なそうな籠に、見覚えのある物が入っていた。

「これってさ」

「確か」

「ピエールとジルのきぐるみだよねぇ」

 籠からキリンの頭が飛び出ている。パステルカラーの少し毒々しいゾウとキリンが黙り込んでいた。

「て事は?」

「今の二人は脱いでるんだよねぇ」

「つまり」

 あのきぐるみの下を拝む事ができる。

 三人の下らない興味心は頂点に達した。

 勢いよく服を脱ぎ捨て―――それでもちゃんと籠にしまったが―――、温泉へ続くドアを開け放った。

「うわっ!」

「なっ!」

「うわぁ!」

 視界を蒸気が遮る。が、次第にそれはひいていき、目の前に大きな温泉がぽっかりと顔を出した。そして、その中

に二つの影が、

「おい、お前らっ」

 影がピクリと動いた。ゆっくりと振り返ろうとする。

 三人は唾を飲んで、目を凝らした。

「あー。みんないるー」

「いるー」

 濡れた地面に足を取られて全員ずっこけた。

 温泉につかっていたのは、言わずとしれたゾウとキリンだった。

 いち早く立ち直ったKKがピエールの胸倉を掴み、持ち上げる。

「どーしてきぐるみ着て風呂入ってんだよっ。つか脱衣所にあったきぐるみは何だっ?脱皮でもしたのかお前らっ!」

「けーけー、いたいー」

「いたいー」

「まだお前には何もしてねぇだろっ」

「KKご立腹だねぇ」

「こうも期待裏切られたら怒りたくもなるさ」

「MZDも?」

 左目だけを包帯に巻いた全身青のスマイルが問い掛ける。

 トレードマークの帽子もサングラスがないMZDは普通の少年―――子ども扱いすると怒られるが―――に見えた

が、その目はKKに劣らないほど殺気を放っていた。

「あったり前だろっ。おいっ、KK。俺も混ぜやがれっ!」

「好きにしろっ。ぜってぇ今日こそこのきぐるみを剥いでやるっ」

「あー」

「それは俺も同じだなっ。こいつらずっとこれ着てんだぞっ。ずっとだ!」

「あー」

 二人の怒鳴り声に、二人のやる気のない声がかぶる。スマイルはただ、ぼけぇと座り込んでその光景を眺めていた。

「本当に飽きないねぇ、二人共。てゆーか四人共?―――あれ?」

 後から閉めてきたドアの向こうから話し声が聞こえてきた。

「―――あれ?一向に戻ってこないと思ったら、もう来てたんだ―――」

「―――なーんだ。それなら僕達も来るんだったね―――」

「―――ったく。どうして俺まで―――」

「―――まぁ、いいんじゃないですか?たまには―――」

「あー」

「―――ねぇスギ君。今へんな声が聞こえなかった?―――」

「くそっ。脱げねぇぞこれ!」

「―――んー。僕にはKKさんの罵声が聞こえたんだけど。レオ君―――」

「あー」

「―――この声。あの二人の声じゃ―――」

「だーっ。いらいらするっ!」

「―――MZDの声もするぞ―――」

 前置きなしにドアが開く。

「あー!ピエールとジルが!」

「KKさんとMZDが虐めてる!」

「あ。やっぱり君達だったか」

「スマイル。これは一体?」

「ん〜。僕もあまり知らないんだけどね。KKとMZDがピエールとジルのきぐるみを脱がそうとしてるんだよ。なんでも

 あの下が見たいとか?」

『何!?』

 スギレオの目が光った。

『見せろー!』

「なっ!」

「はぁっ!」

『あー』

 脱衣所から顔を出していた二人は助走もなく跳び、四人に飛び掛った。突拍子な出来事に、いくら神や『掃除屋』で

も前々に気付く事はできなかった。

「あ〜あ」

 飽きれたスマイルのため息に、六人が温泉に飛び込む音がかぶった。

「大丈夫か?こいつら?」

「浮かんでこないですね」

 心配しているかどうかは分からないが、プクプクと泡が吹き出ている水面を覗き込んだ。遅れてスマイルも彼らの

傍に移動する。

「頭でも打ったかなぁ?」

「その方がいいんじゃないか?こいつらの場合、少しはまともになるかもしれん」

「あー。それもそうですね」

「じゃあ留めうっちゃおか?」

『待てやボケーっ!』

 温泉に水柱がたった。

「あ。生きてた」

 つまらなそうに舌打ちする。

「あ゛。あいつらがいねぇっ」

「何処行きやがった!」

 しっかりと掴んでいたはずの手の内にピエールとジルの姿はなく、水だけが虚しく零れ落ちる。

「逃げたかっ」

「あ。いやさー」

「何だ!」

「あいつらならお前達の後ろだが―――」

 水面に巨大な波が起こる。

 踵を返すと、曇った視界内で動く四つの影があった。

「うわぁ。これが前に言ってた入浴用のヤツ?」

「すごーい。さすがだよね」

「そうでもないよー」

「そうでもないよー」

「防水加工は?」

「もちろんしてあるよー」

「あるよー」

「へー。今度新作作ったらまた見せてくれる?」

「うん。いいよー」

「いいよー」

『やった♪』

 防水加工済みの入浴用のきぐるみを着たピエールとジルをスギレオが囲んでぱちんと手を合わせる。

「―――大人しく風呂入るか」

「―――そうだな」

 今考え直すと本当に下らない事で騒いでいたと実感する。その場に腰を下ろし、重いため息をつく。

「俺達も入りませんか?」

「そうだな」

「入ろ♪」

「――――――うわぁ。すっごく大きい!」

 一枚の柵を挟んだ向こう側から女の声が聞こえてきた。全員の視線がそっちへと集中する。

「―――おい。もしかして」

「そーいや隣りって女風呂だったな」

「この柵の向こう―――?」

「へぇ。それを知ったらやる事は一つだな」

「え?KKさん?」

 腰のタオルを締め直して立ち上がる。

「もしかしてお前―――」

「なんならお前らもやるか?」

「死にたくねぇよ、俺は」

「止めておけ」

「知らないですよ」

「がんばってねぇ」

「ったく。男らしくねぇ奴らだな」

 未成年組+αは無視し、彼らに背を向ける。

 柵の高さは二m強。近くの竹を切って作った手作りらしく、そこらへんの市販の物よりしっかりした作りをしている。

勿論覗けるような隙間はない。舐めるように側面を見て上へ目線をずらす。『掃除屋』のKKなら軽く覗きこむ事が

できる。それに大に大人が乗っても崩れる気配はない。

「じゃ、行きますか」

 よっと掛け声をかけて手足をひっかける。曲げた膝を伸ばせば簡単に向こうを拝む事ができる。

「もう少し―――」

 手が上の縁に届いた。

 次の瞬間。

「待つウパー!」

 何処からともなく妖しいう宇宙人が飛び出した。

「なぁっ!?」

「いいひと光線ー!」

 そしてもう一人。綺麗な空色の髪の少年が宇宙人に続いて飛び出した。手にはこれ以上となく妖しい光線銃。躊

躇い無く引き金をひき、見た目からして危ない光線をKKに向ける。

「っ!」

 小さく舌打ちし、紙一重で避ける。

「サイバー。逃げたウパ」

「分かってるって、ウパ。よし、ならもう一度―――」

「サイバー!」

 KKに向け直した銃口が名前を呼んだ男へとずれる。少し曇ったサングラス越しに相手を確認すると、サイバー

は冷や汗が流れ出したのを実感した。

「あ゛」

「サイバーっ。あれほどついて来るなって言っただろっ」

「いっ、いっ、一体誰の事かなぁ?わっ、私の名前はー、だたの通りすがりの正義の味方さー」

「何言ってるウパ?サイバーは―――」

「黙れボケっ!」

「う゛あ゛ウパっ」

 光線銃で殴られ、ウパが黙り込む。

「ウパまで―――学校はどうした、学校はっ!」

「ねぇねぇレオ君?あの子、何処かで見た事あるよね?」

「うん。確か、第三回ポっプンパーティでりえちゃん達についていった時に」

「サイバーだろ?」

「そうそう。よく覚えていますね、ショルキーさん」

「あと宇宙人の方にも見覚えがぁ……あ」

「第四回の時に見たウパとか言ったよーな」

 ちょっとした騒ぎにまぎれて温泉内に逃げ込む。

「おい。おい。MZD」

「あ?」

「誰なんだよ、おいつら」

「ん?―――あ、そか。お前は初参加組だったもんな。あの宇宙人が第四回参加者のウパ。そして、あのガキが第

 三回参加者のサイバー。ちなみにサイバーはマコトの弟で、ウパはあいつらの家に居候してるらしい」

「はぁ。それであいつがこんなに五月蝿いのか」

「サイバー!!」

「だっ、だから私は―――」

「いつまで白を切る気だ!」

「う゛っ……さ、さて悪は滅びたようだ」

 ワザと声のトーンを下げてウパを脇に抱える。

「私は次の悪を倒しに行く事にしよう。HAHAHAHAHAHAHAHAHA―――」

「あ!こら、待てっ!サイバー!」

 マコトの叫び声も虚しくサイバー―――もとい、自称通りすがりの正義の味方は、また何処かへ消えていった。

「ねぇ。なんだか隣り五月蝿くないー?」

「え?気付かなかったけど」

「ん〜……ならいっか♪」

「おっきー」

「あったし一番〜」

「じゃあ二番〜」

 次々と水柱がたち、水しぶきがまだ入っていないな子達に飛ぶ。

「―――ぷはぁ」

「もう少しゆっくり入ったら?」

「うにゅ〜」

「部屋からの景色もいいけれど」

「ここも綺麗ね」

 九人が浴槽の縁にずらりと並び、ゆったりと首まで湯の中につかっている。

「気持ちい〜」

「心が洗われる〜」

 二人の耳がピクピクと動く。

「それにしても―――」

 自然とみんなの視線は相手の肌を観察していた。

「ベルちゃんって肌、白いよね」

『うんうん』

「そっ。そんな事ないよっ」

『なくなーい』

「うっ……ほらっ。Sanaeちゃんなんか、胸大きくない?」

『うんうん』

「えっ!」

 言われて身体のラインを隠していたタオルを鎖骨あたりまで引き上げる。

「で、でもジュディちゃんも大きいわよ」

「No.私なんてアメリカじゃ―――」

「日本じゃ十分大きいよ」

「いいよなぁ。外国人は」

「ほんと。肌白いし胸大きいし」

 日本人の視線が外国人に注がれる。

「でもアヤの腕や足。無駄な脂肪がなくて羨ましいわ」

「どっこがぁ?逆に筋肉がついちゃって。カレンさんの細い腕に憧れちゃうよ」

 力コブを作るポーズをして肩を竦める。

「そんな。私だって日本に来てからこうなったのよ。つまり、これも筋肉。巫女さんって意外と体力がいる仕事なのよ。

 それに引き換え―――」

 少し小さな胸を気にしながらマリィに目を向ける。

「え?私?」

「胸は大きいし、肌は綺麗だし、足や腕は引き締まってるし、健康的な小麦色だし」

「だ、だけど最近は仕事ばっかりで足がパンパン。太ももが少し気になるのよねぇ」

「みんな謙遜しすぎぃ」

「そういうミミちゃんもいいせんいってるんじゃない?―――えい!」

 隙を見計らない、ほどよく大きな胸を突っつく。

「きゃっ!ニャミちゃん、それセクハラー」

「いいじゃん女の子同士なんだからさぁ♪」

「だけどぉ―――なら、仕返ししてやる。つん!」

「きゃん!」

「ミミちゃんも意外と大きいわよね」

「うんうん」

「服着てるとあんまり分かんないよ」

「あ。ねぇねぇ知ってる?」

 会話が一時中断する。

「どうしたの?りえちゃん」

「ちょっと前に聞いた話なんだけど」

 みんなが耳を傾けている事を確認してからそっと呟く。

「胸を……揉むと、大きくなるとか―――」

 長い沈黙。話した本人も固まったまま、水面の揺れが収まっていく。

「―――つまり」

 ニャミが重い口を開いた。

「セクハラしてもいいんだ♪」

「あー。ニャミちゃん、その答えは少し間違ってるよ」

「いーの、いーの」

 ぶくぶくと泡を吹きながら浅い浴槽内を犬かきで泳ぎだす。

「ベールーちゃーん!」

「キャー」

「ちょっ、ニャミちゃん」

「それはセクハラじゃなくて」

「変態だよ!」

「にゃ〜ん♪」

 ベルの胸を求めてニャミが走り回る。行動だけでも十分セクハラだというのに、それ以上にセクハラといえる会

話は、全て隣の男風呂にいる健全な男達の耳に嫌でも入った。

「―――あいつら。隣りが男風呂って分かって言ってんのか?―――」

「―――多分、欠片として知らねぇだろうな―――」

「―――どっきどき〜―――」

「―――うわぁ―――」

「―――あはは―――」

「――――――」

「―――最近の子達は凄いよな……色々と―――」

「わかんないー」

「いー」

『お前らは分からんでいい!』

 セクハラ会話は激しい水しぶきの音にまぎれてまた聞こえる。

「――――――出るか」

 

 カツーンカツーンと気持ちいい音がロビーに響く。

 セクハラ騒動を起こし、その後セクハラ大会となった風呂から出ると、気付けば一時間経っていた事を時計に

知らされた。

「あ゛ー。多分のぼせた」

「そう?一時間なら短いくらいだって!」

「えー?一体いつも何時間入ってるの?」

「ん〜。二時間ぐらい?」

Really?」

「お風呂でよく寝ちゃうんだよね」

「あ。それ分かる」

「気持ちいいもんねぇ」

「だけど―――」

「あ。危ねぇ!」

「え?」

 危機感を帯びた声に前を向き直る。目の前に猛スピードで近づきつつある球体の姿があった。

「きゃーっ!」

「ちっ」

 悲鳴に舌打ちが混ざる。それが合図かのように影が動いた。球体の前に回りこみ、軽くキャっチする。

 安堵の息を漏らしたのはMZDだった。

「ふぅ……おいっ、KK。てめぇは少しは手加減しろよっ」

 びしっと手にしたラケっトを台を挟んで反対側のKKに突き出す。ちなみに彼らの格好は旅館の浴衣である。

「はんっ?神に手加減したら悪ぃかと思ってな」

「この野郎!」

「悔しかったら一点でも入れてみろってんだよ」

「あー入れてやるさ。神を侮辱した罪を軽く見るんじゃねーぞっ!」

「おー。やってみろっ」

 影からピンポンを受け取り、ゲーム再開。

「―――何、やってんの?」

 今さっきまで危険と隣り合わせだったアヤは、事態がいまいち飲み込めずにいた。

「あー。さなえちゃん」

「りえちゃん」

 傍の椅子に腰掛けていたスギレオが駆けてくる。

「スギ君」

「ちょうどよかった。レオ君、一体何の騒ぎ?これ」

「ん?あぁ、あれの事ね。温泉も入った事だし部屋に戻ろうかなぁって思ったら、いいところに卓球台があったんだ」

「そしたらKKさんとMZDさんが―――」

 レオの耳元を高速ピンポンが掠ってゆく。一拍遅れて影が拾って戻り、激しいピンポンの音が響いた。

「ま、まぁそういう事なんだ」

「へぇ」

「ねえねえ。僕達も別の台でダブルスしようよ」

「え?」

「うんうん。そうしよう。ね?いいでしょ?」

「ん〜……しよっか?」

「そうね」

 テケテケと四人が離れていく。

 耳に残るカツーンという音。

「いいよなぁ、相手のいる子達は」

「あれで何の進展もなしっていうから」

「苛立たしいと言うか、なんと言うか」

「―――あ、そだ」

「What?どうかした?」

「あたし達もやろうよ、卓球」

「え?でも誰と」

「誰でもいいじゃん♪そうだなぁ―――あそこで暇してるショルキーさんとマコトさんでいいんじゃないの?」

 二人も手を叩く。

「いいんじゃない、それ」

「よーし。なら早く声かけにいこーよ」

「いこいこ」

 笑い声を残して彼らのところへ駆けていく。

 罵声とピンポンの音。

「残されいくわね」

「本当」

「あれ?二人は卓球しないの?」

「キャ!」

「あっ―――あぁ。Smileさん」

 いつの間に移動していたのか、スマイルが二人の間に顔を出す。いつも着ていた服のように肩を出し、包帯が巻

かれている。

「しないの〜?」

「んー。したいのは山々なんだけど―――ね」

「相手がいないし」

「相手?相手なら僕がしてあげるよ」

 ニっと右目を細める。

「え?いいんですか?」

「いーの、いーの。てゆうか、僕も相手がいなくてちょうど暇だったところだからさ」

 何処からともなくラケっトとピンポン玉を取り出す。

「さ、いこ」

 スマイルに背中を押されるがままに歩き出す。

 スマっシュの激しい音が続く。まぎれてカツーンカツーンと緩やかな音。あまり続かないラリー。

 寂しく残されたミミとニャミは二人、楽しそうに卓球をするみんなをただ見つめた。

「いいよね、みんな」

「スギレオりえさなは元から仲いいし?」

「ジュディちゃんアヤちゃんマリィちゃんは逆ナン」

「カレンさんとベルちゃんはナンパされてったよ―――スマイル君に」

 暴走したピンポンが天井に当る。

「―――寂しいね―――」

「―――ニャミちゃんは、今いないけどタイマー君がいるからいいじゃない。あたしなんか今もこの先も寂しいよ―――」

「――――――」

「みみー」

「にゃみー」

 と、きぐるみの上に浴衣を着た、少しおかしな格好の二人が近づいてきた。

「あ。ピエールとジル」

「どうかした?」

 二人は短い腕をぴんと伸ばした。その手はしっかりとラケっトを握っている。

「やろー」

「やろー」

 卓球のお誘いだった。ちょうど男性軍の残り者が彼らで、同じように暇していたミミとニャミに目をつけたのだろう。

別にスマイルとは違い、ナンパなどではない。

 ニャミが目で訴えかける。すると、ウサギ耳が仕方がないという風に垂れた。その返答に素直に頷く。

「やろっか」

「ダブルスでいいでしょ?」

「やったー」

「やったー」

 続かないラリーが、また始まった。

 

 卓球はどんちゃん騒ぎを繰り返した結果、時間が終止符を打った。各自部屋に戻り、照明を消す。

 若い体力の有り余ったスギレオは定番のように枕投げを提案したが、勿論誰も同意する事もなく、機嫌の悪いM

ZDの命令で影が二人を布団に沈めた。結局の所、MZDvsKKの試合はKKの圧勝勝ちに終わり、その後口喧嘩

に進展した事は言うまでもない。疲れたのかピエールとジルは部屋に戻るなり、さっさと布団に入ってしまった。そ

の横では明日筋肉痛に悩まされるかもしれないと眉をひそめるショルキーとマコトの姿があった。ユーリは酒で倒

れたままぐっすりと寝入り、面倒を見ていたアッシュもみんなが戻ってきた時には覆い被さるように寝ていた。残さ

れたスマイルはつまらなそうな、そして寂しそうな表情を浮かべたが、二人の布団に潜り込むとすっと瞳を閉じた。

 静かな、夜。

 それに対して女性部屋は静まる事を知らなかった。気分はすっかり修学旅行で、布団から頭だけを出してキリ

のない恋愛話を繰り広げる。相手のいるニャミ、りえ、さなえはいいとして、独り組メンバーは寂しそうに彼氏が欲

しいと内心呟くのであった。そんな会話は深夜まで続き、やっと寝ようと言った頃には、もう日付は変わっていた。

 

 朝がやってくる。

 

 透き通った鳥のさえずりで夢から目覚めた。重い瞼を擦り、周囲を見回すと誰も起きていない。珍しく自分が一

番な事に驚きながら静かに布団から抜け出す。

 カーテンの隙間から射し込む光。

 女性軍の部屋だけあって寝相の悪い者やいびきをかく者は見当たらず、ぐっすりと深い眠りにおちているみんな

の間を通ってふすままで移動。開ける瞬間少し音がしたが、誰も目覚めはしなかった。

 浴衣のまま旅館のスリっパをはいて照明がついたままの廊下を歩く。

 昨日の晩はあれほど騒がしかったというのに、朝のロビーはしんとしていた。片付けられた卓球台。箱の中には

ラケっトとピンポン玉が入っている。胸の中に宿る寂しさ。

 玄関にはみんなの靴が綺麗に揃えられていた。その中から自分の靴を見つけ、スリっパと履きかえる。

 手動の引き戸は旅館の誰かが開けたのか、鍵はかかってなかった。隙間を開けると流れ込んでくる冷たい空気。

少し身体を震わせて飛び出した。

 かすかに霧のかかった朝焼け。身体を小さくして目的もなく歩き出す。

 霧はすぐ傍にいるのに近づくと見えなくなる。掴む事すらできない。それが、これからの自分達に似ているような

気がして、少し切なくなった。

「―――また、別れ離れになるんだよね―――」

 カラカラな喉から搾り出した声。

 せっかくまた会えたのにと思うと、気持ちが抑えきれなくなってきた。

「―――あれ?ニャミじゃねぇか」

 名前を呼ばれて耳がつりあがった。

「えっ、MZD」

「よ。どうした、こんな朝っぱらから」

 ニャミとは違い、いつもの帽子にサングラス、エアージャケっトにハーフパンツという普段着を着込んだ彼は、影を

従えて霧の中から現れた。

「あ。えっとー、あたしは―――MZDこそ、どうしたの?」

「俺か?俺はバスの点検をしに行くところさ。朝飯食ったらすぐに出発だからよ」

「あ。そっか―――」

 別れの時間は刻々と近づいてきている。

「あっ、あたしはダーリンにもこの綺麗な景色を見せてあげたいなぁって思ってたんだ、ちょうど」

「ふーん」

 彼女の作り笑いに気付き、どうとでも返事を返す。

「話したい事があるなら聞いてやるぞ」

 すれ違い様にそう呟く。

 ニャミは目を見開いたが、すぐに彼の後を追った。

 

「はぁ。別れ、な」

「―――うん」

 点検の済んだバスにもたれながら、まだ残っている霧を見つめる。

「せっかくまたこうして会えたのにさ。もう、お別れだなんて―――」

「自分から会いに行けばいいだろ?」

「行きたいよっ!……行きたいけど。お仕事あるし」

 俯く彼女を見つめながら、ユーリがこの話を聞いたら下らないと言うだろうとMZDは思った。

「ならオフの日に行けば?」

「あたしがオフでも向こうは用があるって場合もあるし」

「なら、一生会えねぇな」

 きつい一言だった。ニャミにとっては真剣な話だけあってショっクを隠しきれない。

「そんな事言ってたら一生会えねぇな、お前は」

「――――――」

「お前の会いたいって気持ちはそれっぽっちのもんなのか?」

「――――――」

 涙が出てきそうになった。胸が苦しくて、鼓動が乱れて、目が熱い。

 影に言われて初めてニャミが泣きそうになっている事に気付いた。いくらなんでも言い過ぎたと頬を掻きながら一

度深い息を吐く。

「お前さ。タイマーと会えねぇ時はどうなんだ?」

「―――え?」

「だから、タイマーの野郎との場合を聞いてんだよ」

「―――ダーリン」

 タイマーとはポっプンパーティで知り合い、気付けば恋人同士になっていた。が、二人共仕事が忙しくて会える機

会はそうない。だからテレビ局内でただすれ違うだけでも嬉しかった。けど、それでも気がすまない時は仕事中で

も隙を見つけて会いに行ったりもした。自分が忙しくても、相手が忙しくても。

「―――そ、か」

「どうだ?答えは見つかったか?」

「―――うん」

「ならよかったな」

「うん」

「じゃあそろそろ戻るか。みんなも起きただろうし。朝飯の準備もできただろうな」

 

「じゃあ手を合わせてー!」

『いただきまーす』

 騒がしい食事が始まる。

「ご飯欲しい人お茶碗ちょうだい!」

「お茶何処にある?」

「あ。醤油とってもらえますか?」

「てんぷらないー」

「ないー」

「―――水」

「あはは。僕が入れてあげようか?」

「朝っぱらから酒は―――やっぱねぇか」

 話しながらでも料理は確実に減っていった。一品一品と皿を空にし、手と口がよく動く。

「あ〜あ。これで料理も終わりかぁ」

 何気ないミミの言葉がニャミを震わせる。

「そうだよね。なんだか早かったな」

「もっとみんなと居たいのに」

「寂しいわね」

「そうね。だけど―――」

 食べ終わり、ベルが箸を置く。

「またみんなで旅行したらいいんじゃないかな?今度は……そうね。二泊三日ぐらい」

「それはいい考えね」

「Nice」

「そーしよ!うん。ね、ニャミちゃん?」

「え?」

「もうっ。ちゃんと話聞いてた?今度またみんなで旅行しようねって」

「―――うん」

 誰が見てもニャミに力がないのには気付いた。

「元気ないなぁ。ほらっ、もっとしゃきっとして。ニャミちゃんらしく♪」

 この言葉もミミにとってはどうとでもない言葉だった。それでもニャミの背中を押すには十分力があった。

「そだね―――よーしっ。旅行の計画もうたてちゃおっか?」

「いーねいーね!」

「場所は何処がいい〜?」

「夏の沖縄で海水浴〜」

「夏は避暑で涼しむのもいいわよね」

「いっその事外国は?」

「お金ない〜」

 笑い声が飛び交う。

 彼女達の出会いは、まだ始まったばかり。

 

『ごちそう様でした!』

 

 帰りのバスも影の運転で走り出した。カラオケ曲も底がつき、ミミニャミが運転席周辺をあさるとカラオケセっトが

簡単に見つかり、普通な曲も流れ出した。一番人気があったのは、やはりミミニャミの『ぱひいメドレー』だろうか。

バスは快調な走りで山を抜け、田舎を通り、あっという間に都内へ入った。

「この二日間、みんな御疲れ様でしたー」

「いい思い出はできたかな?」

「あたしは友情が深まったと思うな」

「ほお」

「ですが、今回はこれでもうお別れ!」

「だけどこれは別れじゃない」

「どうせ何処かでまた会えるもんねー」

「もしかしたら第六回―――かも?」

「もしかしたら街中かも?」

「どっちにしても出会いはいつでもある」

「だからその日を信じて〜」

 

『まったねぇ〜♪』

 

 


 

はい、珍しく長編書いてみやした。

題名も実は長かったりする『第五回ポっプンパーティ参加者に感謝を込めて温泉慰安旅行』(笑)。

つかこれを最初書く気やったんは卓球シーンだけ。

ちょうどこの頃選択体育で卓球選んどったもんで

卓球→温泉→慰安旅行

な頭で完成しました。

…のはずが何故こんなに卓球シーン短い?

どちらかとゆーと風呂シーンに力を入れたような(爆)。

これでも省いたシーンがいくつかあるもんさ。

1 ピエールとジルがKKの酒飲んで暴走。

2 スマイルが身体を洗ってお湯をかぶるとあら不思議、姿が消えた。

3 女性軍の入浴シ―――(死)

な感じで御座います。

いや、気付けば却下になっとった作品さ。

あ、ちなみにサイバーとウパは友情出演ゆー事で(笑)。

はい、どうでしたでしょうか?

 

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