『●月×日 地球:晴れ メルヘン王国:曇り ホワイトランド:晴天
今日は久々のオフっス。俺はたまりにたまった洗濯物をして、城中の掃除をして、枯れた花瓶の花を変えて、それかぁ
……何したっけ?なんか山のように仕事をし過ぎて、何をしたか忘れてしまったっス。別にこれはボケじゃないっスよ
ね?俺、まだユーリほど年喰っては無いっスから(笑)。
とりあえず、今日は折角の休みだというのに掃除などに明け暮れてしまったっス。他にもやりたい事はそれこそ山のよ
うにあるっていうのにっス。それもこれも、ユーリやスマが手伝いをしてくれないからっス。ユーリは自分の城だっていう
のにあれもこれも俺にまかせっきりで、本当に困ったものっス。この前だってフラフラ歩いてるなぁと思った矢先花瓶に
肩ぶつけて割ってしまった時だって、
「アッシュ。片付けておけ」
て言って一人何処か行っちゃうんスよーっ?酷いっス、酷いっス。俺はユーリの使用人じゃねぇんだっス。本当、冗談
じゃねぇってんだ!!っス。
あ、確かにユーリも酷いって言ったら酷いっスけど、それに負けず劣らずスマも酷いっス。食べ終わった食器の片付け
は未だにしないし。全く、うちの最年長がこんなんでいいんスか?あれでユーリより年上の●●●歳だって言われても
納得いかないっス。昨日もリビングで食べ散らかしてたゴミはそのまま床に捨ててたっス。そんな事したら蟻がよってく
るって何度言っても、
「アッシュ片付けておいてねぇ。ヒッヒッヒッ」
て、逃げるんだから卑怯っス!!第一、消えるとかずるいっス。ゴミ箱もスマ用にテーブルの真横に置いたっていうの
に、どーして捨てないんスかっ。目の前じゃないっスか。誰も城の突き当たりにあるゴミ捨て場まで捨てにいけって言っ
てるんじゃないんスよ?―――いや、捨てに行ってくれるなら嬉しいっスけど。週一で、たまったゴミの袋かついでゴミ
捨て場まで。これ、俺の仕事なんスよ?
全く、うちのメンバーはどうなってるっスか?今になって始まったわけじゃないっスけど、めちゃくちゃすぎるっス。こう考
えると、まとまってるのはライブとか収録の時だけっス。私生活はてんでバラバラで。そーっ、食事にまで文句を言われ
るのが辛いっス。ユーリはコテコテしたものは嫌いっていうし、スマは野菜は嫌いだなんて好き嫌い言うっス。そんなの
駄目っス。肉も適度に取らなきゃ駄目っスし、野菜はしっかり取らないと体調を崩すっス!!ったく、あの二人はそれが
分かってるんスか?いや、分かってないっス。分かってるはずがないっス。お陰で毎日食事の準備をする俺は大変っ
ス。もう、冗談じゃねえってんだっス』
手は忙しく、握り締めたペンで文字を書き走らせた。白かったノートは、あっという間に黒く染まっていく。B5ノートの1
ページと半分を埋めると、彼はペンを握り締めたまま大きく嘆息をついた。
指先でペンをもてあそんでみる。視線は自然とノートから何もない頭上を見上げた。ふと、視界にカーテンが開いたま
まの窓が見えて外を見る。時刻はもう夜。太陽は沈み、闇色のカーテンが揺らめいている。
耳を澄ましてみる。時たまに風が耳元を走り抜けていく音だけしか聞こえない。狼の耳で城中の音を探してみるが、物
音一つ耳に入らない。
(また出かけたんスか―――?)
同居人二人がいない事に、ほんの少しだけ疑問を持つ。
彼等が城で大人しくしている事はそうそうない。新曲の締め切りに追われて修羅場っている時を除き、彼等は自由気
ままに生きたいように生きている。気まぐれで気分屋の二人のせいか、三人が仕事で揃う事以外は顔を合わせる回数
が少ない。
「そのせいで、食事の準備をする俺としては迷惑なんスよ」
頬を膨らませ、休ませていた手をまた動かす。日記であるはずのノートは、気づけば二人に対する愚痴ばかりで一杯
になろうとしていた。それは今日だけではなく、限りなく毎日続いている。そんな生活は実に不満だ。だが、それはもう当
たり前となってしまった今、アッシュは何も気に留めず、ただ自分の気晴らしとして日記に文字を書き連ねている。
『そういえば。最近、二人の様子がなんか変なんス』
闇夜を見つめながら、ふと思い出した事を書く。
『何が変と言われるとはっきりと言えないんスけど……なんだろ。とりあえず、おかしい感じがするっス。そう、この前なん
か喧嘩直前までいって――― 一体何があったのか。俺には全然分からないっス』
ペン先をノートにつけたまま、過去を思い出してみる。あの時は現場を最初から見ていたわけではない。部屋の片付け
をしようとリビングに入ろうとしたら、先にいた二人が派手な討論を繰り広げていたのだ。
『ただぁ……ベル、だとか、鈴だとか。なんか言ってた気がするんスけど―――やっぱり分からないっス。とりあえず、そ
れ以来二人の行動パターンが少し変わったような気がするんス。スマはともかくとして、ユーリが頻繁に人間界に行くよ
うになったっス。それも昼間っス―――何か変っス。でも、何かはまでは分からないっス。何故なら、相手があのユーリ
だからっス』
書き終わって、ため息を一つき。ペンを完全に手から離してノートの隣に置く。固まった身体をほぐそうと少し伸びをし
てみる。首を回すと不気味なくらい骨が鳴った。
回る視界のすみに一冊の本が入った。つい最近買った、新しい本だ。書かれている文字は異国のもので、実のところ
アッシュにはそれは読めない。だというのに、同じ文字で書かれた本が最近一冊、また一冊と部屋に増えている。あま
り大きくない机の上には書きかけの楽譜と日記、そして異国の本が数冊放り出されている。
「―――また行ってみようかっスね」
開いた日記を片手で閉じて微笑む。読めない文字を指先で撫でると、同じように微笑む彼女の姿が脳裏にふわりと
過ぎった。
何気に放置していた小説を書き上げてみる。
ユーリとスマ、あれ以来仲たがいしている様子。
そして、その間で何も知らないアッシュはただ呆然と見ているだけ。
彼はまだ二人がベルと会っている事を知りません。
05.5.26