第5回ポップンパーティは無事終わった。

 参加者達は、それがまるで一夜の夢のように感じながら、次の日からまたいつもの日常へと戻った。

 しかし、それから数日後。

 MZDから再び一通の手紙が、第五回ポップンパーティ参加者へ届いた。

 

 都内某所、バスターミナル。

 あまり人気のない朝早くに、総勢二十人の参加者が再び顔を合わした。

「遅刻するようなバカは―――よし、いねぇな」

 参加者名簿の名前と集まったメンバーの顔を照らし合わせ、ポップンパーティの主催者であり自称神のMZDは、

パタンと名簿を閉じた。

 目の前には見覚えのある顔から一回会ったっきりの者までいる。全員、彼が再び呼び集めたのだ。

「じゃてめぇら。そろそろ出発するぞ」

 シンとした朝焼けに活気溢れた声が響いた。直後に湧き上がる歓声。

「あれ……ねぇ、MZD?」

「んぁ?何だ、ミミ」

 周囲をぐるっと見回し、ミミは眉をひそめた。いつものみつあみをなびかせ、アイドルらしい流行に乗った服装に

ぴったりの少し大きめな旅行鞄を肩からさげている。

「集まったのって、こんだけ?」

「あぁ」

「うそ?パーティの時はこの二倍はいたじゃん」

「だよねだよね?ニャミちゃんもそう思うよね?」

 相方であるニャミの同意を受け、長い耳をピクピクさせる。

「キングは?」「用事だってよ」

「ホセさんは?」「仕事」

「マコちゃんは?」「キングが来ねぇなら行かねぇだとよ」

「ワッキーは?」「体調不良」

「リサちゃん!」「学校」

「もえちゃん!」「仕事」

「オリビアちゃん!」「親子で遊びに行くとか」

「赤城君!」「町内の平和を守り中」

「タマコちゃん!」「友達とつるんでる方がいいだとさ」

「ホタルちゃん!」「仕事」

「ケビン君!」「仕事」

「レイブガール!」「―――さぁな」

「ドナちゃん!」「帰国中」

「ポエットちゃん!」「成長痛で動けねぇってよ」

「アゲハちゃん!」「ケリーを探してる」

「クララちゃん!」「羊と一緒に帰国中」

「ファットボーイ!」「興味ねぇってよ」

「ハヤタ!」「仕事」

「スーツさん!」「とある事件を追っているらしい」

「ポールさん!」「ファンと一緒に旅行中」

「トビーズ!」「仕事」

「レイチェル!」「森から出れねぇって連絡」

「ななこちゃんとそらまめ君!」「公開録画だってさ」

「んーっ……じゃあ、ハマノフにグラッパ!!」「二人共仕事」

 三人の下らない会話は無駄に続いた。

 その光景を、彼は右目で見つめながらヒヒッと笑いを零した。

「楽しい事してるよねぇ、彼ら」

「でも、そろそろ止めないと時間的にヤバイっスよ?」

「え〜?もう少し見てようよ」

「―――帰るぞ」

「あーっ。駄目だよユーリぃ」

『そしてどうしてユーリ君とスマイル君が来てんのっ!!』

 二人の言葉は見事なほどに同時で、ユーリとスマイルを指差す動作も一寸の狂いもなかった。

「んな事、俺に聞くなよ」

「主催者の君に聞いて何処が悪いのよ!」

「俺は本当に知らねぇってんだよ」

「じゃあどうして?」

「スマイルが無理やりついてきて、あいつも連れてきたんじゃねぇか?」

「ピンポ〜ン♪」

 離れた位置でスマイルが人差し指と親指を立てた。

「だってアッシュが旅行に行ったら料理する人いなくなっちゃうでしょ?そしたら僕達飢え死にしちゃうよ」

「私は死なん」

「たとえってヤツだよ。た・と・え」

「だけどやっぱり迷惑だったんじゃないっスか?」

「ん〜。だけどさぁ、別に本人だけ参加で同行者は駄目って書いてなかったからいいんじゃない?」

「―――あ」

 スマイルの声にかぶるように声を漏らす。

 その声をミミは聞き逃しはしなかった。

「ニャミぃ?今『それならダーリンを連れてくるんだった』とか思ったりしてないぃぃぃぃぃぃぃぃ?」

「ぎくっ!?いやっ、いやだなぁミミちゃん。そんな事ないってば!」

「じぃぃぃぃぃぃぃぃっ」

「あはははははは」

「じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ」

「あははははははははははははははは」

「じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ」

「あははははははは……ごめんなさい」

 しゅんと耳を伏せる。

「ったく。おい、お前ら。今度こそ出発していいか?」

 じれったくつま先を上下させながら怒鳴る。

「あ。う、うん。いいよ」

「ごめんね」

「ごめんの一言で済ますなってんだよ……さて、という―――」

「ということで♪」

 ミミが元気に声を張り上げる。

「第五回ポップンパーティ御疲れ様慰安旅行に♪」

 続いてニャミが鏡に映したように対称的な動きをとる。

 流れる動きで二人はびしっと人差し指を立てた。

『Let’s Go!!』

 自然と盛り上げ役に回った二人のおかげで、少しテンションが落ちかけていた参加者達に活気が戻る。

 太陽は知らない内にビルの山から頭を出していた。

「じゃてめぇら、さっさとバスに乗れよ」

「あ、MZD。もう一つしつもーん」

 バスに乗り込む寸前に呼び止められ、ぎゅっと拳を握り締めながら振り返る。

「だーっ。今度は何だ!」

「あ〜。そんなに怒らないでよ」

 とっさにニャミの背後に隠れ、顔だけ出す。

「運転手は?」

「ん?」

「バスの運転手だよ。見たところバスだけみたいだし。もしかして、この中の誰かが運転するの?」

 足であるバスは、一番のりだと思ったミミが来た時にはもうあった。その傍にはMZDもいた。だが借りたのはバス

だけらしく、運転手らしき人物は見えなかった。そう考えると参加者の中から誰かが運転すると思うのが妥当だ。そ

して、ミミの知る限り、この場にいるメンバーで免許を持っているのは三人。ショルキー、マコト、MrKKだ。

「そんな話、聞いてたか?」

「聞いてねぇな」

「というかさ、俺達の持ってる免許って普通だろ?」

「俺、大型持ってるぞ。一応」

「うそ?すげーじゃん、KKさん」

「ま。仕事上な」

「マコトは普通だけか?」

「あぁ。あとバイクも持ってるけど。ショルキーさんは?」

「あいにく、普通だけだ」

 たまたまつるむ相手もなく集まっていた三人は、そんな会話を繰り広げた。ミミが自分達の名前を思い浮かべてい

るだろうと思いながらだ。

「何言ってんだよ、お前らは」

 しかし、MZDの答えは彼らの考えを全て否定した。

「運転手は目の前にいるだろ?」

 沈黙が時間を埋めた。あのおしゃべりなスマイルやスギ、レオですら言葉を失い、そう離れていない大通りの騒音

が小さく聞こえた。鳥が頭上を飛び交い、何処か遠くへ消えてゆく。

『えーっ!MZDが運転するのーっ!!』

 息の揃った声に、沈黙が打ち破られた。

 

 バスは無事に走り出した。MZDが運転すると誰もがあの言葉から思ったが、実際にハンドルを握ったのは彼の

影だった。

「さーって、これからどうしよっか?」

「どうしよっか?」

 走り出して数分。その間、二人はずっと頭をかかえて、どう場を盛り上げるか考え込んでいた。

 そう大きくない小型バスは飛び交う会話によって、BGMもないのにかかっているように感じさせた。

「ねぇねぇ。僕達、何処に行くんだっけ?」

 窓に張りつけていた手を外し、振り返り様に問い掛ける。

「えーっ!?今になって何言ってるんっスか!」

 それは座席の上のスペースに乗せようとしていた荷物を落とす勢いで驚いた。

「だって、僕何も知らないし〜」

「招待状に書いてあったじゃないっスか。第五回ポップンパーティ参加者に感謝の気持ちを込めて慰安温泉旅行

 だって」

「読んでな〜い」

「―――なら、どうして読んでいないというのに、私まで連れてくるんだ」

「旅行って文字は読んだよ?なんだか面白そうだなぁって思って」

 一人後ろの座席に座ったユーリの顔を見る為に椅子に膝をついて立つ。

「一人でも多い方がもっと楽しいじゃん♪」

 片目を細めるスマイルを見つめ、ユーリは仕方がなさそうに嘆息した。

「温泉なんて初めて行くから楽しみだわ」

「Karenも?あたしもそうよ」

 綺麗な金髪をなびかせ、同士を見つけて自然と笑みを零す。

「日本に来たのはいいけれど、あまり出かける機会がないからね」

「えぇ。それに日本の作法は難しいから下手に一人では行けないわ」

「ふふっ。それもそうね」

 温泉パンフを手にしながら、カレンとベルは楽しそうに言葉を交わした。

「けーけー」

「けーけー」

「あ?どうしたお前ら」

 深々とかぶっていた帽子のつばをあげ、前の座席に抱きついている二匹―――もとい、二人に目を向ける。

「おんせんってなにー?」

「なにー?」

「何だ?お前ら行った事ねぇのか?」

「いったことないー」

「ないー」

「そっか。温泉ってのはな……早い話がでかい風呂だな」

「おっきーの?」

「のー?」

「そーだ」

「ちょっとKKさん。いくらなんでもそれは簡単に言いすぎじゃないですか?」

 ひょっこりとマコトが後ろの座席から顔を出す。

「そっか?俺にとっちゃそんなもんだけどな」

「ピエールとジル?そのまま信じちゃ駄目だぞ」

「まことー。じゃあおんせんってなにー?」

「なにー?」

「そうだなぁ……」

 と、いざ考えてみるといまいち言葉が浮かんでこない。もっともらしく片手で顎を押えながら、自然と三つ席をはさん

だ向こう側へと上半身が動いていた。

「どう思います?ショルキーさん?」

「―――どうして俺に振る」

 一応彼らの会話を小耳にはさんでいたので質問を問い掛け直すような事はしなかった。いつものサングラス越しに

流れていく都内の光景を見つめる。

「そうだな。温泉というのはその地方の年平均気温より高い温度のわき水の事を言う。日本では湯温が摂氏二五度

 以上か、または規定された物質を溶存するものと定められている。地下水が火山起源の熱で熱せられたものが

 多い。含有成分によって、単純泉・炭酸泉・硫黄泉など―――」

「わからないー」

「いー」

「ははは。お前らには少し難しすぎたようだな」

 前の座席に足をかけ、楽しそうに笑う。

「それにしてもみんなで旅行するのって、やっぱりいいよね」

「ほんとほんと。今まで二人旅ばっかりだったからね」

「―――二人はいいよね。あたし達なんか何処にも行ってないのに」

「二人が帰ってくるまで暇だったわ」

 前から投げられた言葉に二人はきょとんとし、しゅんと縮こまった。

「う〜。二人の言葉が痛いよレオ君」

「ほんとだよスギ君」

 後ろから聞こえてきた声に、前の二人は顔を見合わせてくすりと笑った。

「本気にしなくてもいいわよ、二人共」

「冗談に決まっているじゃない。冗談だよ、冗談」

「なら良かった!」

「でも少しは怒ってるんだからね」

「かはっ!」

 レオがその場に沈む。

 頭上に縦線や火の玉を浮かばせ出した相方とりえを交互に見ながら、ひょんと顔を出す。

「―――さなえちゃんも、同じ?」

「どちらかというと、同じかな?」

「がーん!」

「だけどっ」

 上半身を捻り、目線を合わせる。

「今度は私達も連れて行ってね。じゃないと本当に嫌いになっちゃうから」

「う、うん!」

「レオ君も同じだよ」

「り、りえちゃん」

 泣き出しそうなレオの声がそんなに面白かったのか、りえは一瞬目を丸くしたが、すぐに肩を震わせて笑い出した。

「仕事疲れにはやっぱ温泉だよ♪」

「最近撮影多かったからね」

「これが終わったらまたwork work work〜」

「ジュディ。せっかくのオフなんだから、仕事の話なんてぱーっと忘れるが一番!」

「そうそう」

「ん〜。I see.それもそうね」

「そーいえば」

 アヤが前に身を乗り出す。

「ジュディは温泉行った事あるの?」

「No.ないわよ」

「へぇ」

「アヤとマリィは?」

「数回なら。ほら、家族旅行とかで行ったぐらいだよ」

「私も同じ。それも相当小さな頃の話だから全然覚えてないのよねぇ」

「それでもいいじゃない」

 ぷうっとジュディが頬を膨らませる。

「私まだいぃぃぃぃぃぃっ回も行った事ないのにぃ」

「いっその事、温泉ツアーの仕事でもあればねぇ」

「あ、それいいじゃん♪」

Producerに話もちかけよっか?」

「え?あ?ちょっと、私はただ言って言ってみただけだよ?ね?ちょっと聞いてるー?」

 ふと漏らしたマリィの言葉は、二人の中に大きな夢を作り出した。

 そして、彼女達の前の席では、

「んー」

「ん〜」

 ミミとニャミがまだ悩みこんでいた。

「んー」

「おい」

「ん〜」

「おい、お前ら」

「んんー」

「聞いてんのか?おいっ」

「んん〜」

「いつまで無視ってんだよっ!」

 荒い口調にやっと頭を上げる。

「あ、MZD」

「どうかした?」

「どうかした?じゃなくてよ。一体何をさっきからうんうん悩んでだよっ」

 バスガイドが座る簡単に椅子に腰かけ、背もたれに全体重をかける。

「いや。テンション高めるのに何すればいいかなぁって思って」

「別にいいんじゃねぇか?みんな勝手にしてるしよ」

「だけどぉ」

「あ、そだ」

 垂れていたウサギ耳がピンとなる。

「ねぇねぇMZD。このバス、カラオケある?」

「ない」

「うそー?」

「だけど」

 あまり荷物が入っていない小さな鞄をあさり、数枚のCDを取り出す。

ポップンパーティのCDは持ってきたぞ。カラオケ付きでな」

「それでいいじゃない♪」

 がばっと立ち上がり、最初に位置を覚えておいたマイクを握り締める。その勢いでスイッチオン。

『あーあーあー。えー、マイクテスト中、マイクテスト中。一番後ろの……ショルキーさんとマコトさん、聞こえてます

 かぁ?』

 ミミの声に答え、二人が手を上げる。

『えーっと、それじゃあ突然だけど』

『カラオケ大会始めちゃうよー♪』

『といってもポップンパーティのCDしかないんだけどね』

『つまり!!』

『みんなの持ち歌をもう一度披露してもらいましょー♪』

 ぱらぱらと拍手と歓声が返ってくる。

『じゃあ誰からいこっか?』

「お前からでいいじゃん」

『え?』

 マイクの線を身体に巻きながら振り返る。

「言い出したのはお前だろ?」

『あ?あたしじゃなくてミミちゃんだよっ』

「問答無用」

 ケースからCDを取り出し、デッキの中に入れる。ぽちっと再生ボタンを押すと、間も置かずに前奏が流れ出した。

『んーっ。もうっ、仕方がないなぁ。『昇りつめるの』いっくよーっ♪』

 

 そんなこんなでカラオケ大会は始まった。ミミの『昇りつめるの』を筆頭に、次は席順にマイクは回されていった。

持ち歌のある人は断る事もできずに半強制的に歌わされたが、歌付きでない曲が持ち曲のKKとショルキーは他

の誰かの歌を歌わされそうになったが、適当に言い訳をつけて逃げた。そしてもう一人、ユーリは狸寝入りかどう

かは知らないがピクリとも動かず、今回曲のなかったニャミ、マリィ、アヤの三人はランダムで出た曲を照れなが

らも熱唱した。

 気付けばバスは都内を抜け、山の中を走っていた。細い一本の道をみんなを乗せたバスだけが通り、都内で

は聞く事のできない自然のオーケストラに耳を傾ける事が出来た。緑一色に染まっているはずの森は、茜色の

太陽の光によって綺麗なオレンジ色に変わっていた。

 一通りマイクが回り終わってからは、それこそランダムとなった。友達の歌をガンガンに歌いながら、バスは快

調に目的地を目指した。

 

「さ、着いたぜ」

 バスは少し離れた専用の駐車場に置き、各自大小色々な鞄を手にして歩き出した。石畳の綺麗に舗装された

道、左右に咲き乱れる花達。誰もがそちらの美しさに簡単を漏らしながらMZDの後についていく。

 そして、彼が示す旅館を目の前にして本当に言葉を失った。

「何これ」

「旅館―――?」

「おいおい」

「これは―――」

「すげぇ」

「ここっスか」

「うわぁ」

「――――――」

「カメラ、カメラ」

「シャッターチャーンス!」

「へー」

「ここ、なの?」

「これが旅館?」

「らしいわね」

「う、そ」

「Oh」

「はは、ははは」

 思った事をそれぞれ呟く。それらをひっくるめるようにして、ピエールとジルは声を合わせた。

「ぼろいー」

「いー」

『―――はぁ』

 ため息はほぼ一斉だった。駐車場からここまでの道は、はっきりいって高級ホテル並の造りだった。それだけ

あって全員の旅館に対する期待は膨れ上がっていた。しかし、いざ見てみれば古ぼけたオーラ、何枚か足りな

い瓦、風が吹いて揺れる窓、何処か斜めになっているのか入口のドアはきちんと閉まっていなかった。

「なんだか僕達みたいのが出てきそうだねぇ。ヒッヒッヒッ」

「MZDぃ?」

「一体どういう事?これは」

「何が?」

「いくらなんでもこれはおんぼろすぎないっ!?」

「見た目は、な」

 サングラスをかけなおし、ニッと笑ってみせる。

「ま。入れば分かるさ」

 

 彼の言葉は間違っていなかった。確かに外装は今にも音をたてて崩れ落ちそうなぼろ旅館だったが、中はまだ

見られるものだった。広いロビー。見た目からして客はゼロに等しくもっと汚いかと思ったが、意外と手入れは完

璧にされていた。

「お客さん、誰もいないね。スギ君」

「ほんと。まるで貸切みたいだね、レオ君」

「まるでじゃなくて、本当だ」

 カウンターで話をつけてきたMZDが戻ってきた。

「と言っても今日の客がたまたま俺達しかいねぇってだけなんだけどな」

「たまたまッスか?」

「見た目はおんぼろだけどな、飯は美味い、眺めは最高、そんでもって温泉があるで大穴なんだぞ?ここは。今ま

 ではひっそりと経営してたんだけどよ、最近じゃ口コミで広がって、ぼちぼち雑誌とかにも載りだしたところさ。あ

 と少ししたら予約で一杯になるのは間違いねぇな」

「それでたまたまー」

「まー」

「さてっと、部屋割りを言うぞっ」

 話し声がピタリと止まった。全員の視線が彼へと注がれ、次の言葉を待つ。

 じらすようにサングラスの奥で目を細めた。

「女は本館、ここの二階にある『椿の間』だ。で、野郎共は離れの別館、一階の『桜の間』だ。部屋に荷物おいたら

 この階の食堂に集合。晩飯の準備がもうできてるだとよ。ちゃんと聞いたかお前ら?なら解散!」

 彼が動き出したのを合図に、みんなの時が再び流れ出した。

 

 大広間。本来ならそこを大きく使うほどの客が入るのだが、今日はふすまで二つに区切った片方に余裕で入る

ほどしかいない。

「やっと来たかお前ら」

 ザワザワと話をしながら女性軍が大広間に入ると、そこにはさっさと荷物を置いてきた男性軍が座り込んでい

た。勿論上座にはMZDが一人、ドンと席をとっている。

「さっさと座れよ。くずくずしてっと先に喰うぞ」

 その声が聞こえていたのかどうかは知らないが、みんな点々と座っていった。

「おなか空いたねぇ」

「そうだねぇ……って」

 背中を突っつかれた気がして振り返る。すると、そこには何故かMZDの影がいた。自分に気付いてもらえたと

知ると、突っついていた指をMZDへと向けた。同時にニャミの目線も動く。

『そろそろ始めろ』

 口には出さなかったが手を軽く振って合図を送ってきた。

「やる?ミミちゃん?」

「やろっか」

 目を合わし、こくんと頷く。次の瞬間には二人はその場に立ち上がっていた。

「第五回ポップンパーティ参加者に感謝を込めて慰安温泉旅行ツアーも、やっと目的地に着きましたぁ♪―――

 長いよね、この題名」

「それにしても本当に綺麗だったよね、部屋からの景色!」

「うんうんうん。仕事無理やりオフにしてもらったかいがあったってヤツだよね、ほんと」

「さて、一番の楽しみは目的ですが」

「今はこの山の幸一杯の食事をたんのうしましょう!」

「それじゃあ」

 パンっと両手を合わす。

『いただきまーす』

 かくして、宴会は始まった。

「ったく。どうしてこう野郎ばっかが一ヶ所に集まるかねぇ?華がねぇったらありゃしねぇ」

 山菜を箸でつつき、口に運ぶ前に嘆息する。

「ま、そう言うなよKK。野郎共をこっちに集めたのには理由があるんだからよ」

「あ?理由だ?」

「これだよ」

 と言って、一升瓶を何処からともなく取り出した。

「あいつらがいたらゆっくり飲めねぇだろ?」

「お?酒か」

「ここの地酒らしい。どうせ飲むのは俺達だけだろ?」

「―――それもそうだな」

 一升瓶を引き寄せると封はもうあいていた。ふとMZDに目線を移すと、ちょうど透明な液体を飲み干すところだっ

た。自分のコップに酒をつぐ。

「お前らも飲むか?」

 男性軍はスギレオを除いて一応酒を飲める年にはなっている。誰に言うわけでもなく問い掛けた。

「パス」

「俺も日本酒はちょっと」

「―――いらん」

「俺も遠慮するっス」

「あー。僕飲む僕飲む!」

「お前はやめておけ」

「えー」

 ユーリに止められ、ふて腐れた顔をする。と、何を思い浮かべたのかニヤリと不気味な笑みを浮かべると、誰に

も気付かれないように姿を消した。

「美味しいねぇ、この料理」

「ほんと」

「来たかいがあったよ」

「あー。誰かお茶とって」

「ご飯他にもいる人〜?」

 女性軍+α―――スギレオ―――は楽しくだんらんしていた。その中、滅多に食べない日本食にジュディは悪

戦苦闘していた。

「無茶して箸使わなくてもいいんじゃない?」

「いーのっ」

「ほんとに?」

「ホントホント」

「ん〜。ならいいけど」

「―――あら」

 手馴れた手つきで動かしていた手を止める。

「どうかした?Karen」

「ん?いえ、ちょっと思い出してね」

「何を?」

「これよ」

 空いている手である料理を指差す。山の旅館だけあって山菜類が目立つ。煮魚がとても珍しく感じるのはその

せいだろう。材料自体の数は少ないが、調理法はそれを上回っていた。煮たり、焼いたり、漬けたり、そして揚

げたり。

「――――――」

 覚えのあるベルも何も言わない。

「食べたいのは山々なんだけど。どうしてもバナナの皮が入ってそうで、あれ以来自分の作った物以外だと警戒

 してしまうのよね」

「―――その気持ち、よく分かる」

 一瞬、二人の耳元で『天麩羅兄弟』が聞こえたような気がした。

「けーけー」

「けーけー」

 前のパーティと同じゾウとキリンが近づいてくる。

 何杯目か分からない酒を飲み干すと、一向に赤くならない顔を向けた。

「どうした?」

「さかなのほね、とってー」

「とってー」

「はぁ?……しゃあねぇなぁ」

 黙々と酒を飲む動作だけをしていた手を止め、数回しか使っていない箸を握る。

「けーけー、きよー」

「きよー」

「―――まぁな。ほら、これでいいだろ」

 見事に骨と身が分けられた煮魚を受け取る。

「ありがとー」

「ありがとー」

「どういたしまして―――ん?」

 再び箸を置き、酒でもまた飲もうかと伸ばした腕を止める。あと一杯分ほど残っていたはずの一升瓶は、空っぽ

になっていた。

「美味しいっスね、ユーリ」

「―――あぁ」

「やっぱり自然に囲まれたところはいいっスね。いい食材が一杯っス」

「―――水」

「あ、はい。どうぞ―――」

「どーぞ。ユーリ♪」

 アッシュとユーリの間に割り込み、その反動でアッシュが倒れたような気がしたが、あえて今は深く気に止めない。

「どういう風の吹き回しだ?」

「何の事?僕はただ親切にしただけなのに」

「―――分かった」

 自分で言うなと胸中呟き、素直に受け取る。

 スマイルの笑顔は崩れない。

 ユーリが水を含んだ。

「―――っ!?」

「ユッ、ユーリッ!」

 とたん、まだ水の入ったコップが畳の上に転がった。水が畳や服に吸い込まれていく。

「どうしたんっスか、ユーリ!」

「やったー。ほんとにひっかかった♪」

「ん?」

「あれ?」

「どうかしたのか?」

「倒れた―――らしいな」

「ユーリ。ユーリ!」

 彼の異変に気付いたのはたった数人だけだった。

 仕返すようにスマイルを押しのけ、がっとユーリを抱きかかえる。すると、我侭王子が規則正しい寝息をたててい

るのに気がついた。

「あ、あれ?」

「やっぱり日本酒には弱いんだよねぇ」

「スッ、スマイル!じゃあ」

「うん。さっき飲んだの、水じゃなくてお酒!」

「何〜?ユーリの奴、酒飲めねぇのか?」

 影に酒をつがせて問う。

「ワインなら飲めるんスけど」

「日本酒だけは駄目なんだよねぇ」

 ヒヒッと笑い、腹を抱える。

「後で怒られるっスよ―――すみませんっス。ユーリを部屋に寝かしてくるっス」

「うん。いってらっしゃーい♪」

 アッシュの嘆息はとても重く感じた。

「ねぇー、MZD?」

 ユーリが倒れた事も知らずにミミが声をあげる。

「あたし達もう食べ終わったからさぁ、先に抜けていいかな?」

「好きにしろ」

「そう?じゃあ」

 食べる前と同じように手を合わす。

『ごちそう様でした!』

 一斉に未成年組が立ち上がる。来るのはあれほど遅かったというのに、去っていくのは本当に一瞬の出来事だっ

た。

「俺も先に戻らせてもらう」

「じゃあ俺も」

 静かになってからショルキーとマコトが出て行った。気付けばピエールとジルの姿もない。

「なんだ?みんなして」

「まぁ、まぁ。いいんじゃないの〜?」

「あれ?スマイル、お前は行かなくていいのか?」

「え?どうして?」

 ユーリがいないのをいい事に自分のコップに酒をつぐ。

「アッシュに任せる気か?」

「いーの、いーの。どうせ行ったって怒られるだけだしさぁ」

「―――じゃ、お開きにするか」

 タイミングよく最後の瓶を空にする。

「えー」

「ま。酒も切れた事だしな」

 心なしか顔が赤くなったKKが立ち上がる。

「暇だなぁ」

「じゃあ風呂行くか?」

「お風呂?」

「そーいや、当の目的は温泉だったな」

「行ってみるか?必要なもんは全て置いてあるっていってたしよ。このままでも行けるぜ?」

「その意見、乗った」

「僕も!」

「よし。じゃあ行くか」

 開けっ放しだつた大広間のふすまが、ゆっくりと閉められた。

 

続く