約束の日まで、あと一日。

 

 都内某所の、あるマンション。そこに、即席会議室が設けられた。

「みんなに集まってもらったのは他でもない」

 議長であるアイスが上座で組んだ手の上に顎を乗せ、深刻な表情でそう呟いた。

「あのタイマーについてなんだけど。まずは、二人の状況をまとめたいと思う。ミミちゃん」

「はいはーい」

 彼の横の『副議長』と書かれた紙切れを貼った机。待ってましたと耳がピクピクと動く。

「まーずニャミちゃんなんだけど―――」

 ミミ側には女性議員、アイス側には男子議員。その場にいる皆が息を呑む。

 沈黙を引っ張りに引っ張って、ミミが口を開いたのはそれから数秒後の事。ピッと人差し指を立てて唇を突き出す。

「だっめ駄目」

 救いの無い言葉に全員が嘆息をつく。

「昨日『らららライブ』の収録に行ってきたんだけど、丁度その時タイマー君と会って」

「どうだった?」

 机から身を乗り出してリエが問う。彼女にミミは首を横に振るだけだ。

「さっきも言った通り、だっめ駄目。もう見てるこっちが恐いよ、あれは」

「ほんと。僕なんか昨日から胃薬常備だよ」

「ご愁傷様、アイス君」

「それならミミちゃんもだろ」

「―――うん」

 一番火の粉を浴びている二人が肩を竦めた。

「あ。ニャミちゃんの事だったよね。収録の終わってからは楽屋では普通を装ってたけど―――逆にそれが見てる方

 には痛くて」

「見てる方には痛くてって、どういう意味?」

「そのまんまの意味だよ」

 意見したスギに視線を走らせる。

「ニャミちゃんだって本心から『嫌い』って思ってるわけじゃないと思うの。ほら、最初に言い出しちゃったから、引っ込

 みようがなくなったんだと思う。そういう事ってない?」

「つまり―――」

 部屋の隅の窓際。カーテンの外に見える街並みを見下ろし、無理やり今日の議会に連れてこられたユーリが口を開

いた。

「ムキになっている、という事か。人間とは、プライドが高い生き物だからな」

「ま。早い話がそれ」

「確かに、ニャミさんは人には弱みを見せない人ですから」

 と、サナエ。本当に心配そうな表情を浮かべて、握り締めた両手を見下ろしている。

 沈黙は少しの間訪れた。各自、黙り込んだまま考えをまとめようとして脳をフルに活動させる。

 そんな、時だった。

 けたたましい機械音が鳴り響き、皆が顔をあげる。それは誰もが聞き覚えのある携帯の着信メロディ。四十和音な

のか、嫌にいい音色がする。

 誰もがこんな時にどうしてマナーにしないんだという表情を浮かべる。

「あ」

 ふと漏れる携帯の持ち主の声。

「ゴメンっ、あたしだっ!」

 そう言ったのは携帯を片手に謝るミミ。みんなに背中を向けて電話を繋げると携帯を耳にあてた。

「もしもし?」

 聞こえてきたのは今日ある事情で会議を欠席した議員の声。

「ゴメン、ちょっと待ってね」

 スピーカーボタンを押し、机の上に立てると皆を手招きして携帯を囲むように集まる。

「よし―――いいよ」

『了解、ミミ隊長♪』

 元気良く返事したのはダンス三人娘が一人、アヤの声。

「アヤさんっスか?そういえばジュディさんやマリィさんもいないっスね」

「三人には無茶を言ってニャミちゃんをカラオケに連れてってもらったの」

「カラオケに?ヒヒッ、いいなぁ」

「アヤ隊員。ニャミちゃんの状況報告をどうぞっ」

『報告しますっ』

 一拍置く彼女の言い方に再び皆が息を呑む。

『はっきりいってご立腹。それ以外の言葉が見つかりません、どうぞっ』

「やっぱり―――ほ、ほかには?」

『そうだねぇ。あ、ニャミちゃんが歌った歌、何か知りたい?』

「知りたいっ」

『了解』

 電話報告の為に一度店から出ているのか、電話の向こうからカラオケ特有の騒がしい音は聞こえてこない。

『今日は林檎ちゃんの歌ばっかかな?『本能』から始まってぇ』

「『本能』?」

「あれでしょ?やくそくはぁいらないわ〜ってやつ」

「うわぁ、スギ君上手上手!」

『そう、それそれ』

 答えて一つ溜息。

『もう凄いよ。全て別れものの曲ばっかりで―――あ。別れて女が悲しむタイプじゃなくて、怒りとか怨念込めた曲の方

 なんだけど。それであたし達も下手に好きな曲、歌えなくてさぁ』

「厳しいね、それ」

『うん。あ、あと『カウントダウン』?これは怨念こもってたねぇ』

「それって、最後に男を殺す歌じゃなかったか?」

『ぴんぽ〜ん。ショルキー知ってるんだ』

「アヤちゃん。それよりニャミちゃん、ニャミちゃん」

 話が大きくわき道に逸れて行くのが目に見えて、無理やり脱線した話を元の線路に戻す。

『あ、そうだった。うん、今の所はストレス解消な感じで歌い続けてるね。だから、タイマーの話なんかぜっんぜん。てい

 うか、タイマーのタの字も出てこないし』

「重症、っていうのか。これ」

「多分そうだと思うよ―――ありがとう、アヤ」

『ううん。こっちはこっちで出来る限りの事をしてみるよ』

「お願いね。それじゃ」

『新しい情報入り次第、また連絡しまーすっ』

 ここで電話はプツリと切れた。

 集まっていたメンバーがまた散らばって部屋の隅へと移動する。今回集まったメンバーは主催者である議長アイス

を先頭に、副議長のミミ。そして二日前の騒動に見事に巻き込まれた女性軍リエ、サナエ、モエに、男性軍スギ、レオ、

ショルキー、ユーリ、アッシュ、スマイル。各自、手にはアイスが集まった客人達に出した紅茶入りのコップが握り締め

られている。

「ま。ニャミちゃんの状態は以上って事で」

「それじゃあ、次は僕だね」

 もう冷めてしまった紅茶で喉を潤して、一息ついてから話を始める。

「タイマーはニャミちゃんのまったく逆の状態って言うのが正しいよ」

「逆の」

「状態?」

「うん―――実は、僕達も昨日収録が終わった後、気分転換にって思ってカラオケに行ったんだけど」

 目を伏せ、瞼の裏に広がる昨日の記憶に重い溜息を吐く。

「ニャミちゃんと一緒で別れの歌ばっかり。唯一違うのと言えば、彼の場合怒りとか怨念じゃなくて、悲しみが嫌という

 ほど感じられて」

「どんなの歌ってた?」

「確かぁ」

 リエの問いかけに消えかかっていた記憶を遡る。思い出せたのは、今にも泣き出しそうな瞳を画面に向けてマイク

を力一杯握り締めたタイマーの姿。

「『ハルジオン』とか」

「タイマーさんにとって、ニャミさんが白い花だったんですね」

「かもね」

「他にはぁ〜?」

「あまり記憶力がいい方じゃないからあんまり覚えてないんだけど―――あぁ。『ヒトリノ夜』も歌ってたような」

「真剣に落ち込んでるみたいっスね」

 一同の空気が重くなり、ただ虚しく溜息だけが漏れる。そんな中、興味なさげにしているのはスマイルとユーリぐらい

だろうか。ショルキーも最初のうちは自業自得だと呟いていたが、色々な仕事に支障が出るとなると話が別になって

少しは心配する気になった。

 芸能人として、そしてアーティストとして人気のあるアイスのマンションはセキュリティーシステム万全の五階。窓から

見下ろす外の風景はまぁまぁなもので、変なストーカーや記者に隠し撮りされる心配もあまりない。

「ところで」

 人間界の景色を見下ろしながらぽつりと呟く。

「当の本人は、どうしているんだ?」

「タイマーの事?」

「そう言えばそうだよねぇ。明日がその約束の日なんでしょ?タイマー、今日も仕事?」

「いや。今日はオフなんだけど―――」

 そこまで言って口ごもる。そんなおかしな行動をとるアイスにミミが首を傾げた。

「どうかした?アイス君」

「いや。別に」

「そういえばアイス」

 空になったカップを近くの机の上に置き、少し疲れてきた足を崩す。

「喧嘩の原因になった明日の仕事って、何か分るか?」

「プロモーション撮影だよ。ほら、こんど新曲出すでしょ?予定じゃ来月ぐらいだったんだけど、カメラマンとかそこらへ

 んの都合で今月に繰り上げになったらしくて」

「うそ?タイマーさん、新曲出すの?」

「うん。もし良かったら聴いてあげてね」

「もっちろんっ。ね、サナエちゃん♪」

「えぇ」

「新曲のプロモ、か」

 アイスの言葉を反芻し、サングラスの奥で目を伏せる。

「こうなると、あとは本人達に任せるしかないよねぇ。ヒッヒッ」

「こっ。こら、スマイルっ」

「ううん。スマイルの言う通りだよ」

 完全に諦めたのか。反論する気も見せずにかぶりを振る。

「約束の日は明日。ニャミちゃんはどうこうする気はないし、タイマー君はそんな感じだし。もうあたし達はただ見守るし

 かできない」

 机に頬杖をついて嘆息をつく。

「ほんと。人に迷惑をかけるのが好きなんだから、ニャミちゃんは」

「タイマーも同じだよ」

『はぁ』

 誰にも止める事の出来ない嘆息は、今日で何度目だろう。

 

 約束の日は―――明日。


やっと書いたよ、タイニャミ小説続編。

はい、実はこの回だけは何も考えてへんだもんで(汗)。

いや、次の最終話はある程度考えてあるんよ?

そのつなぎがイマイチ見当たらず……

で、みんなとカラオケ行ったら、なんかこれえぇやんと思ってぱぱぱ〜っと書いてみて。

……はい。

多分じゃなくても短いです。

いや、その分最終話頑張ります。

て事で、今回は逃走っ(逃)。

03.1.25

 

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