久しぶりの『仕事』に珍しくKKは気が向かず、一度は断ろうかと思った。しかし、上司はワザと断れないようにといく

つかの手段を使い、無理やり首を縦に振らざるおえなかった。

『ちなみに、お前が出ないなら、彼女には一人でか、それとも暇な奴を相方につけて出てもらうが?』

 自分がいなければ、一体彼女はどんな方法をするか。それを考えただけで寒気が走る。こんな気持ちは初めてだ。

初めてだからこそ、どうしていいから分からず、仕方がなく傍で見てやるしかないのだ。

 

「―――K。KK?」

「んっ?あ、あぁ。悪ぃ」

「どうかしたの?珍しいじゃない、『仕事』前に上の空だなんて」

「―――別に」

 いつもの少女と違う少女に冷たい態度を取りながら、相棒のPSG1の手入れをする。

 黒髪の少女はそんなKKにクスリと笑うだけだった。

「可愛らし」

「何が」

「貴方のそういう態度」

 KKより少し高い位置に腰かけ、コルト25オートに弾を入れつつ視線だけ彼に落とす。

「五月蝿い」

「口より手を動かせとでもいいたいの?大丈夫よ。ちゃんと準備をしているんだから」

 腰のホルスターに小型銃をしまって暇そうに足を上下させる。

「それより、今日の作戦。もう一度確認するけど大丈夫」

「あぁ」

「貴方はあのビルの屋上から屋敷の誰かを適当に撃って。さっきも言ったけど、これは殺しても殺さなくてもどっちでも

 いいから。目的は屋敷の人間の混乱だからね」

「分かっている」

 スナイパーライフルの準備が済むと、念の為にハンドガンにも手をつける。使う予定はないが、時間があるなら手入

れしておく方がいい。

「冷たい言葉。騒がしくなっている間にあたしは裏から中に侵入、重要書類を奪い取るのとついでにあそこのボスを消

 す、と。間違いないわね?」

「なぁ……B」

「何?」

「どうして今回の作戦に、お前は入っているんだ?」

「あら。入ってちゃ駄目かしら?」

「そういう意味じゃないが―――」

 口ごもり、手入れをしていた手を止める。

 その意味をBは素早く読み取り、唇の端を釣り上げて言った。

「もしかして、この身体を危険にさらすのが、嫌?」

「っ!」

「図星ね」

「―――知るかっ」

「たまには『あたし』にも素直になればどうなの?あの子の前みたいに」

 クスクスと風が囁くような笑い声。

 彼女の言う通り図星のKKは黙り込んだまま、再び手を動かし始めた。彼的には彼女を―――そして、もう一人の彼

女である『ベル』を傷つけたくない。Bとコンビを組んで幾月もの歳月が流れたが、それは彼女が作戦を考えるだけで、

実際には『仕事』の深いところにまで入ってこなかったからだ。もし今までに彼女が危険な目に合うような場所にいく計

画を立てていたなら、無理やりでも自分一人でやろうとしただろう。しかし、今回の『仕事』ではそれができない。あくま

でも『二人一組』というMr.Gからの命令があるせいだ。

(あのジジィめ)

 もし彼女に何かあったら、その時には最初にGを恨んでやると決める。Gからいわせればとんだとばっちりだが、KK

はそんな事知ったこっちゃない。

「さて、そろそろ時間ね」

 腕時計で時間を確認し、すっと立ち上がる。

「KK、準備はいいかしら?」

「―――あぁ」

 ハンドガンを腰のホルスターに、そして完璧に整備されたスナイパーライフルを持ち上げる。

「次に会うのは脱出ルートの途中だな」

「えぇ。万が一の話だけど、もし時間通りに来なかったら置いていくから」

「誰がそんなヘマをするか」

「ふふっ。期待してるわよ、KK」

 いつもと違って、最前線の場所にいくだけあってBの服装は動きやすい格好になっている。それでも何故かいつもと

同じ黒の厚底ブーツが床を鳴らして遠ざかっていく。

「――――――」

 彼女がいなくなってから、KKはゆっくりと動き出した。ふと空を見上げ、月すら出ていない不気味な夜を睨みつける。

(嫌な予感がする)

 『掃除屋』の第六感だろうか。それは自分に起きる事ではなく、Bに起きる何かのようで一段と気持ちが悪い。

 PSG1を握り締める手が、珍しく震えた。

 

 闇夜を猫が跳ぶ。

(ここね)

 目標である屋敷近くの木の上に立ち、資料通りの警備にまず安心する。

(ここまでは順調。あとは、彼らの仕事だわ)

 今日の『仕事』は珍しいタイプで、彼女とKK以外にも、数人の『掃除屋』がいるらしい。作戦は全てまとめて彼女がた

てた。しかし、Gに教えられたのは残りメンバーの人数だけで詳しい事はさっぱり知らない。そんな身元不明の、今だけ

仲間の『掃除屋』が周囲に何人もいる。

(そういうのって、あまりいい気分ではないわね)

 まだ配置を知ってるだけまだいい方だろうが、それでも自分と同じように気配を消している人がいると思うと生きた心

地がしない。今、この場でドンッと撃たれてもおかしくないからだ。

(―――時間ね)

 街灯で時計を照らし出し、時間を確認する。それと同時に屋敷の方が人々のざわめきが聞こえてくる。

 予定通り、作戦が開始された。

 目の前で裏口を守っていた警備員―――の格好をした部下だろう―――も、突然の異変に気付いて持ち場を離れ

て表門へと駆けて行く。それを、彼女は待っていた。

(さぁ。行くわよ、Ms.B)

 自分に言い聞かせて木から飛び降りる。影は影に飲み込まれ、着地した時の微かな音は表の騒がしい音にかき消

された。

 開けっ放しの裏口から中に侵入。殆どの人間が表の戦闘に行ったのか、屋敷の中では予想外だが誰ともすれ違わ

なかった。

(これはいい予想外ね)

 人を撃てないのは寂しいが、安全ならそれはそれでいい。

 細く、複雑な廊下を走って目的の部屋へ着く。

(さて)

 ホルスターから相棒を取り出し、引き金に指をかける。ドアを開け、一歩室内に踏み込み、標的を確認と共に射殺。

計画を確認し直してドアノブに手をかける。

 チャンスは、一度きり。

 冷たいノブを回してドアを押し開けると、視界に入ったのは豪勢な部屋と、部屋の奥で彼女に背を向けてふんぞり返っ

ている男だけ。

「どうした。なんだか外が騒がしいようだが」

「えぇ。そうよ、Mr」

「!お前っ」

 聞き覚えの無い声に驚いたのだろう。やっと振り返り、生きた心地のしない表情を浮かべている。

「誰かっ、誰かいないのかっ!」

「ごめんなさいMr。貴方の大事な部下達は、今頃表で撃ちあってるはずよ」

「このっ―――何が目的だっ。金かっ?そうだ金だなっ?金ならくれてやるっ。だから、だからっ!」

「ごめんなさいMr」

 もう一度同じ言葉を呟き、肩の高さまで銃を持ち上げる。ニコリと天使の笑みを浮かべると、一段と男の顔は血相を

変えた。腰を抜かしているのか、椅子から立ち上がろうともしない。

「そして」

 引き金を絞り込む。

「さようなら、Mr」

 大きな音をたてて男が椅子から落ちる。机で男の姿は完璧に隠されたが、流れ出した血が池を作って顔を出す。

「―――さぁ、頑張りますか」

 念の為に小型銃は握り締めたまま、部屋の中をぐるりと見回す。ゆっくりしている暇はない。だが、いくら情報局の

調査でも、大事な書類の場所までは分かっていない。ここから先は、『掃除屋』としてのMs.Bの第六感の見せ所。

(こういう男の場合、フロッピーからCD−Rにでも保存して自分が保管してるものなのよね)

 邪魔な生ごみを蹴飛ばし、代わりに椅子に腰掛けて引き出しの中を漁る。男の性格を物語るように、中には色々な

物がごっちゃまぜで放り込まれていた。だがその中に、一つだけ鍵つきの引き出しがあるのに気付いた。これ以上と

なく、何かを隠している。

(単純馬鹿ね)

 鍵穴に銃口を当て、一発撃つと鍵はすんなり壊れた音をたてた。開けると中にはたった一枚のCD−Rがぽつんと

保管されていた。

「ミッションコンプリート」

 目的の物をポケットの中にしまい、椅子から立ち上がる。

 刹那。

「ボスっ」

「!」

「おっ、お前はっ!?」

「ちっ!」

 ドアを開け放ち、黒ずくめの男が侵入してきた。真正面からご対面し、立場は完全にBの方が不利。気付いたのはほ

ぼ同時だった。

 とっさに横に跳び、着地する前に照準を定めて撃つ。

「がはぁっ」

 額に銃弾を撃ちこまれ、その場に崩れ落ちる。生ごみが二つに増え、再び紅色の水溜りが床を汚す。

「―――やっ、た?」

 脇に手を当て、動かない男を見下ろして呟く。

 らしくない。こんな雑魚如きに不意打ちを食らうなど。

「鈍った、かしら…ふっ。無、様よね」

 力なくその場に膝から倒れ、手からコルト25オートが零れ落ちる。

 紅色の液体がBの手を汚していく。

 

 遅い。

 待ち合わせの時刻、待ち合わせの場所。

 Bに言われた通り、KKは待っていた。手にはもう分解済みのPSG1と念の為に握り締められたグロッケン17。作戦

は無事に終了し、後は物をBが持って帰ってきて逃走。全てはそれで終わる。だというのに彼女はまだ現れない。

「一体どういう事なんだ?」

 彼女がヘマをしたとは思えない。だが、今の事態から考えるとそんな事すら小さな確率でそうかもしれないと思い込ん

でしまう。

『万が一の話だけど、もし時間通りに来なかったら置いていくから』

 別れる前に言った彼女の言葉。逆の立場になるなど彼女にもKKにも予想できる事ではなく、苦虫を噛み締めたよう

な表情を浮かべる。

「あの馬鹿野郎」

 ハンドガンの手入れをしていて良かったと胸中思う。

 

 屋敷は完全に沈黙を守っていた。『掃除屋』は『仕事』を終えて帰ったのだろう。そして、屋敷の人間は全滅。あと少し

たてば別部隊の人間達が生ごみ処理にくるはずだ。

「B。何処にいるB?」

 廊下を歩けばすれ違う生ごみの山。それを踏みつけて屋敷の奥を目指す。念の為に屋敷内の見取り図を盗み見して

おいたのがこういう状態で役に立つと思うと、とても胸が苦しい。

「B――っ!」

 目的の部屋の前に来ると開けっ放しのドアの前に生ごみが一つ。進路の邪魔だと脇腹を蹴飛ばして中に侵入すると、

予想したくなかった光景に息を呑んだ。

 横になって、血の海に横たわった少女の姿。

「おいっ。大丈夫かっ?B?Bっ!!」

「―――んっ」

 小さく呻き、閉じていた目を細く開ける。

「あ、ら……KK、じゃない」

「何してんだよお前はっ!」

「ふふっ。ちょっと、ド、ジ…ちゃっ、たようね」

「黙ってろっ!」

「ごめんなさい、ね。この子の、から、だ。傷つけ、ちゃって」

 力なく笑い、KKの胸に顔を埋める。

「もう、少し、こういさせて。楽…なのよ」

 死ぬなら、このまま死んでもいい。

 ベルには悪いかもしれないが、KKの胸の中で死ねるなら彼女も本望かもしれない。そんな身勝手な事を考えながら、

すっと瞳を閉じる。闇がとても暖かくて懐かしい気がした。

 

 鼻をつく、消毒液の匂い。あまり親しみのないそれにぴくりと眉をひそめた。

「んっ―――?」

 先に意識が戻り、一拍遅れて身体が起きる。瞳を開けると、目の前に広がるのは花畑や川ではなく、白い天井だけ

だった。

「ここは」

 長い事寝ていたのか。搾り出した声はカサカサで、喉も痛い。眩しい照明に手を翳そうと腕を動かすと、やっと自分が

白いベッドの上で寝ている事に気付いた。

「んっ?やっと起きたのか?」

 声が聞こえて顔を向ける。身体の反応はいまいちだが、なんとか腕に力を入れると上半身を上げる事には成功した。

 淡い照明。事務机の上には無数の書類がまとめられずに散らばり、今にも落ちそうな状態になっている。声の主は

回転椅子に腰かけてBを見下ろしていた。

「おはよう、Bちゃん」

「貴方は―――」

 逆光と寝起きが重なって相手の顔がはっきりと見えない。

「誰?」

「あれ?彼に聞いていないのか?」

「彼?」

「おいおい、記憶喪失なんかじゃないだろうな」

「そんなワケないでしょ。貴方の言葉が曖昧な表現で、一体誰をさしているのか分からないだけよ」

「それは悪かった。じゃあ言い直す。KKに聞いていないのか?」

「―――いいえ」

 KKの名前が出てきてやっと事態を思い出す。そう、自分はヘマをして銃で脇腹を撃たれて気絶した。

「!」

 男の存在を無視して自分の傷を確かめる。服装は変わらずそのままだったが、手触りだけでも包帯がしっかりと巻か

れているのが分かった。痛みもなく、特に支障は無い。

「あぁ。怪我の方は治しておいたから」

 キィッと椅子を回転させて机に向き直る。

「大丈夫。俺の腕なら傷跡残さず治るから、安心していい」

「―――貴方は一体」

「俺の名前はDoctor(医者)。ま、好きなように呼べばいい」

 顔だけBに向けて笑う彼の顔を、やっと回復した視力でまじまじと見つめる。肩にかかる程度の髪は完全に染められ

た白。目を隠すサングラスが何処かで見た誰かを思い出させる。

「Sholl、kee?」

「言っておくけど、本人じゃないからな」

 書類に走らせていたボールペンを机に置き、椅子から立ち上がる。

「俺はこの組織の専属医者。これが、どういう意味か分かるだろ?」

「無免許」

「大丈夫。腕は確かだ」

「でなければ困るわ」

 ベッドの縁に腰かける状態に移動し、ご丁寧に並べられた靴に足を通す。

「治療費は後で口座の方にでも振り込んでおくわ。いくらぐらいなの?」

「お嬢チャンにすんなり払えれる金額かどうか」

「馬鹿にしないで。伊達にこの世界で長く生きていないわよ」

「分かった―――だけどな、Bちゃん」

 立ち上がろうとするBの肩を押し付けて頬に手を当てる。

「その呼び名、止めてもらえないかしら」

「嫌って言ったら?」

「無理やりにでも止めてもらうまでよ」

「ははっ。気が強い猫だな、ほんとに」

 目の前で笑う彼を見つめ、ふと眉をハの字にさせる。この顔、この声。口調も全て似ていて、本人じゃないという言葉

が嘘っぽく感じてくる。

「貴方―――」

「ん?」

「貴方、本当にShollkeeとは違うの?」

「そう言ってるだろ?」

「信じられないわ、貴方のいう事なんか」

「冷たいんだな。そんな子の方が俺は好みだけど」

 冷たい手がBの顎を固定し―――

「馬鹿野郎」

 ハンマーが持ち上がる音が響く。

「そんなにこの頭、風通りよくしたいのか?」

「―――いや。俺はパスさせて欲しいな」

「KK?」

 医者がBから手を離すと、KKもやっとハンドガンをホルスターに戻した。

「あの馬鹿に何もされていないか?」

「えぇ。まぁ」

「おいヤブ医者っ」

「酷いな、その言い方」

「止めて欲しいならな、その格好を止めろ」

「それはお断りだ」

 散らかった机の上から一つの紙袋を掘り出してKKに投げ渡す。

「化膿止め。念の為に、後で塗ってあげてくれればいい」

「―――あぁ」

「それじゃ。ありがとう、Doctor」

「またなBちゃん。それと」

 そそくさと出て行こうとするKKの背中を獣の瞳で睨みつける。

「蛍」

「お前っ!」

 早撃ちなら負けない。その言葉通り、KKの銃口はしっかりと医者の額に向けられた。人差し指も引き金にかけられ

たが、それを引く事はできない。

「そう。俺を殺したら、誰がみんなを治すんだ?」

「いい加減にしとけよ」

「そのうち、真剣に身の危険を感じだしたら止めるさ」

「今すぐそうしてやろうか?」

「酷いな。俺とお前の仲だろ?」

「『お前』とそういう中になった記憶は、無いっ!」

 Bの肩を掴み、先に部屋から出すとドアを荒っぽく閉める。

 小さな地下室に一人取り残され、椅子に腰掛けて小さく微笑む。

「苛めがいのある玩具が増えた、か」

 そこにいたのは、ショルキーとは似て異なる人物だった。

 

「KK……ねぇ。KK」

 地下にあったあの部屋から出て、地上にでるとまだ空は暗かった。

「聞いてるの?KKっ」

「五月蝿いっ」

「―――あのDoctor、一体何者なの?」

「別に知らなくていい」

 数歩先を歩いていたKKは、振り返ると持っていた袋をBに放り投げた。

「さっさと塗って寝ろ―――ベルに気付かれないようにするんだぞ」

「分かってるわよ、勿論」

 返事を返すがKKは歩を進め、さっさと闇の向こうに消えていく。

「ヤキモチ?」

 遠ざかっていく背中に問い掛けてみるが、返事は無かった。


いぇ〜い、未消化気気味小説♪

―――あかんやん(汗)。

ま、やっと書けた。

うん、医者ショル登場。

キャラ紹にも書いたけんど、医者ショルは赤の他人。

ただ整形しただけの嫌な奴。

せやのにどうしてKKの過去知っとるかゆーと、ま、そこらへんは裏の人間って事で。

あぁ、KKがすんげぇ可哀相になってきたような(汗)。

03.1.3

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