その日は、世間様一般では『デート』と言われる事をしようとしていた。

 いや、そう思っているのは自分だけかもしれない。

 相手はただ彼女を誘っただけなのだから。

『今度暇か?』

 青い清掃服の男は、まだ来ない。

 

「……はぁ」

 息を吐くと目に見えるように白くなり、ふっと消えていく。

 一体、どれほど待っただろうか。

 袖を捲り上げて時計に視線を落とす。約束の時間から十分過ぎたぐらいだ。まだ遅刻の範囲内として許される。

「きっと、仕事が忙しいのに決まってる」

 そう自分に言い聞かせて待つ。

 待ち合わせ場所は都内某所の駅。互いが知っている場所で、できるだけ安全で―――どうやら、男の方は自分が

遅刻するかもしれないと分かっていたらしい―――、すぐに発見できる場所と考えるとそこしか該当しなかったからだ。

 サナエ達と一緒に編んだ白いマフラーが風になびく。

「まだ、かな」

 抱きしめた赤い袋に力を込めると、紙袋は少し形を崩した。中身は自分のマフラーと同時進行で作った、青いマフ

ラー。

 空を見上げる。雲は、昼だというのに心なしか暗さを強めたような気がした。

 

 いつもながら、自分の仕事がここまで不定期だと怒りを通り越して呆れてくる。

「あいつ、もう帰ったか?」

 時計を見上げて眉をひそめる。

 自分から誘ったというのに、待ち合わせの時間から二時間は経っただろうか。

 モップをバケツの中に放り込み、適当なベンチに腰かける。上司に言わせればサボリかもしれないが、今の彼に

とっては一種の息抜きだ。

「はぁ。せめて携帯でも持ってればなぁ」

 留学生の彼女は、あいにくそういったハイテク機械を持ち歩こうとしない。

 謝りの言葉を考えながら、男は仕事に戻った。

 

 完全に冷め切った缶コーヒーから伝わってくる冷たさを、凍えた指先が感じ取る事はない。

「……寒い……」

 手に吐息を吹きかけて、少女はまだ駅前にいた。

 知らない人が忙しそうに改札を潜り抜けると、誰かが逆に出てくる。

「忙しい、のよね」

 時計は約束の時間から三時間が経った事を告げていた。それでも少女はまだ動こうとはしない。彼は来る。遅れ

てでも、約束のこの場所に来ると信じて。

「―――KKさん」

「あれ?ベルちゃん?」

 自分の名前を呼ばれた気がして少女は顔を上げた。視界に入ってきたのは人の波。その中で、えらく目立つ金

髪に気付いて目を丸くした。

「Shollkee、さん?」

「あぁ。やっぱり、ベルちゃんだったか」

 有名人だというのに変装の一つもせず、いつもかけているサングラス越しにベルを見つめる。

「お久しぶり。どうしたんだ?こんなところで」

「ちょっと、待ち合わせしてて」

「待ち合わせ?こんな時間に?」

 そう言って時計を見る。時刻は、四時過ぎ。

 確かに待ち合わせをするには少し中途半端な時間かもしれない。

「いえ。ずっと、待ってるんです」

「待ってるって……どれくらいから?」

「――― 一時、頃」

「一時っ!?」

 信じられないと言わんばかりに声を張り上げる。それと同時にショルキーはベルの小さな手に自分の手を重ねた。

「えっ?」

「やっぱり。凄く冷たい」

 そういうショルキーの手はほのかに暖かく、凍りかけていたベルの手を温めた。

「せめて、ここが見える室内に移動しようとか思わなかったのか?」

「でもっ、それで、すれ違いになると、嫌だから」

「はぁ……ほんと。ベルちゃんって、いい子だよな」

 髪をかきあげてベルの隣りに移動する。

「待っててあげる」

「えっ?」

「だから。その、ベルちゃんが待ち合わせしてる子が来るまで、俺も一緒に待っててあげるって言ってるんだよ」

「そんなっ!駄目ですっ」

「どうして?」

「あの人、いつ来るか分からないし」

「あの人?」

 待ち人を示す代名詞が、ショルキーが予想していた女の子友達とは違うのに気付いて聞き返す。

 ベルはそんな彼に気付くようすもなく、袋を抱きしめたまま俯いてぼそりと呟いた。

「仕事、まだ終わらないのかな」

「―――KKか?」

「ぇえっ!?」

 驚きのあまり袋を落としてしまいそうになったが、落ちる前に抱きしめなおしてなんとかその危険を回避した。

「ど、どうして、そう思うんですか?」

「そんな気がしたから」

「は、はぁ」

 二人は駅の壁にもたれて、段々顔色を悪くしてきた空を見つめていた。

(そうか。あいつが言ってた相手って、この子の事だったのか)

 つい数日前の出来事を思い出して唇に笑みを浮かべる。

 

『どうしたんだ?久しぶりじゃないか、お前から電話してくるだなんてさ』

『いや。ちょっと聞きたい事があってよ』

『聞きたい事?そりゃまた珍しい事もあるんだな。お前が俺に質問だなんて』

『五月蝿い』

『はいはい。それで?何が聞きたいんだ?』

『そのっ……』

 

「連絡の取りようはないのか?」

 一向に来ないなら、何時に来れるか聞けばいい。

「それが、携帯番号をメモった紙を持ってくるのを忘れて」

「あれなら俺の携帯貸そうか?番号なら入ってるし」

「本当ですかっ!……いえ。やっぱりいいです」

 落ち込んでいた顔に一瞬光が宿ったが、すぐに曇り空になる。

「忙しいからこれないのに、連絡したって、邪魔になるだけですから」

「ま。仕事中はご丁寧にマナーにする奴だからな」

 ベルは視線を自分より高いショルキーに向けた。同時に後ろに暗い空と、少し早いが人々を照らし出した街灯が

灯りだしているのが見えた。

「色々と知ってるんですね」

「ん?」

「KKさんの事」

「……あぁ!」

「まるで、昔からの知り合いみたい」

「あれ?ベルちゃん、あいつから聞いてない?」

 ベルの口から意外な言葉が漏れ、視線を合わせる。よく見ると、今日のベルはPOP’NPARTYより可愛く見えた。

それは彼女が化粧をしているせいだと気付くのに、そう時間はかからなかった。

(おいおい。デートで女の子を待たせたら駄目だろ?)

 少なくとも、彼女もショルキーもこれはデートだと認識している。問題は誘ったKK本人だ。

 サングラスを押し上げて微笑む。こうなれば、お相手が来るまで相手の過去話をばらして時間を潰しても、別に文句

は言われないだろう。

「それじゃあ教えてあげようか?俺と、KKの因縁話」

 

 勤めているビルから弾丸の如く飛び出す。

「ちくしょっ!」

 舌打ちしても、別に足が早くなるわけではない。それでも彼は舌打ちせずにはいられなかった。しかし、それは約束の

時間に四時間も遅刻してしまった事に対してではない。

(あの馬鹿野郎)

『早く来ないと、お前のお姫様……攫うぞ?(笑)』

 今から三十分ほど前だろうか。ふと時間を確認しようと思って携帯を取り出すと、メールが届いている事に気付いた。

丁度傍に上司の姿は見当たらず、さっさと内容だけ確認して仕事に戻ろうとした。差出人は、ショルキー。

(手ぇ出したら許さねぇぞっ!)

 約束の場所はビルから走って数分の場所。人ごみで溢れかえる歩行者天国をかいぬぐって走り抜ける。

 信号が忙しそうに青や赤と変わる。

 車が走っていないのをいい事に、ガードレールを跳び越えて反対車線を通り過ぎて向かいの歩道に飛び込むと、駅

はもう目の前まできていた。

 

「ま。そんな感じさ」

 全てを語り終えると、全ての街灯が明かりを灯らせるほどまで時間は過ぎていた。

「へぇ。お二人は知り合いだったんですか」

「ま。友達とか親友じゃなくて、あくまでも悪友だけどな?」

「ふふっ。らしい、ですね」

「そうか?あいつはともかく、俺もそんな感じする?」

「KKさんと一緒だと」

「ベルっ!」

 ずっと待っていた声に呼ばれてショルキーに向いていた顔が動く。目の前に、彼はやっと現れた。

「悪ぃ。遅れた」

「KKさん」

「よっ。やっと来たのか?」

「ショルキー……手前ぇっ!」

「おーっと。そんなに怒ると、また変な事、ベルちゃんに教えるよ?」

「なっ!?」

 ショルキーに向けていた鋭い眼をベルに向け直す。

「えっ?」

「何を聞いたんだっ?」

「え、えと、そのぉ」

「さて。じゃあ俺はそろそろ退場させてもらうさ」

 ポケットに手を突っ込んで壁からやっと離れる。

「じゃあな、ベルちゃん」

「は、はい。さようなら」

「ちょっと待てっ!」

「KKさんっ」

 可愛らしい声に呼び止められて注意が一瞬それた。ショルキーはその瞬間を見逃さず、別れの言葉を告げると軽

やかに逃げ出した。

「ったく。昔から逃げ足だけは速い奴だな、ほんとに」

「本当に、知り合いなんですね」

「あ?」

 自分の靴を見下ろし、袋を抱きしめる。

「Shollkeeさんが言っていた事。昔、知り合いだったって。最初は本当かなって思ったんだけど、やっぱり、本当だっ

 たんだなって思って」

「あの野郎に何吹き込まれたんだ?」

「吹き込まれただなんてっ!ただ……」

「ただ?」

 掘れないタイルの地面に爪先を突きつけていいにくそうにモゴモゴと口の中で呟く。

「成績の話とか……昼ごはんのパン奪い合い、とか」

「―――なんだ、そんな話か」

 意外とどうでもよいような話の内容に安堵の息が漏れた。下手な話を吹き込まれていたら、二度と少女の前に姿を

現す事が出来なくなるからだ。

「じゃ、いいや」

「……いいんですか?」

「あぁ―――気になるか?俺達の話」

「少しは」

「ま。気が向けばそのうちな」

 唇の端に笑みを浮かべてベルの頭を撫でる。

「と。ほんと、今日は悪かったな。時間、遅れてさ」

「ううん。いいんですよ」

「いいって。四時間は待ってたんだろっ?ここでっ」

「えぇ。ですけど、Shollkeeさんが途中から一緒でしたし」

 ショルキーの名前が出た瞬間KKの表情に怒りが帯びたが、たまたまベルはそれを見損ねた。

「あれなら携帯に連絡してくれればよかったのに」

「それがっ。番号の紙を、家に忘れてきて。それに―――持っていても、仕事の邪魔になるかもしれないから」

「かけなかった、てか?」

「……はい」

 二人の会話は少しの間だけ止まった。KKは虚空を見つめ、ベルは地面を見つめ。

 夜になると駅に集う人の数は増える。改札を出入りする人は忙しそうに歩き回り、タイルを蹴る地面の音が響く。

 それというきっかけはなく、KKは手をポケットに伸ばすと中から一つの紙袋を取り出した。

「これ」

「え?」

 ベルは差し出されたそれを素直に受け取った。赤と緑の袋で、何処かのデパートで包んでもらったのか、『Merry

Christmas』とリボンを止めるシールに書いてある。

「これ、は」

「今日呼び出した理由」

「開けて、いいですか?」

「……あぁ」

 小さく頷くと、KKはベルに背を向けるように立った。まるで、真っ赤になった顔を見せないようにするように。

 袋を開けると最初に目に入ったのは水色の手袋だった。ミトンの形をしたそれは、手首の辺りに白のファーがつい

ていてとても可愛らしい。

「可愛い―――あれ?」

 手袋を出そうと手を突っ込むと、その下にまだ何かが入っている事に気付いた。

「これって」

 それは、シルバーの携帯だった。顔を上げるとまだ明後日の方向を向いたKKが恥ずかしそうに振り返る。

「連絡取れないと色々と不便だろ?だからさ」

「でもっ。そんなっ、私っ」

「いいんだって」

 とまどるベルの肩を叩いて微笑む。

「あ。ちなみに俺の番号はもう入ってるから」

「KKさん……」

「ほら。手袋、してみれば?」

「はい」

 言われるがままに手袋を出そうとする。だが、そこで自分が抱きしめている紙袋が邪魔な事に気付いた。そして、そ

れの存在を思い出して、逆にKKに差し出す。

「これっ!」

「これ、は?」

 受け取って、中身が何か聞く前に開ける。

「マフラー?」

「あのっ、Sanaeさんに作り方を教えてもらって……そのっ」

 ベルの説明を聞きながら、袋からマフラーを取り出すと不慣れな手つきでマフラーを首に巻きつける。

「どう?似合うか?」

「え?あ、はい」

「ありがとな」

「そんなっ。私も、ありがとうございます」

 まだ手袋が入っている袋を抱きしめて俯く。

MerryChristmas」

「……Merry、Christmas」

 聖なる夜。

 空から、完全な冬の訪れである妖精が舞い降りた。


うわーっ。

砂かよっ。

砂かよっ。

つか、何書いてんだよ自分っ(汗)。

なんか自分でヤバイよ。

気付けばえらい甘々とゆーか、砂吐きとゆーか。

―――いつからこの二人はこんな感じに。

うわー、作者ですら記憶にねぇよ(汗)。

も、いいや。

あ、ショルキーとKKの因縁の話は後日。

うん、これはちゃんと過去話って事で書くから。

あぁ、それにしてもラブラブやね(涙)。

02.12.19

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