そこは、暗い闇の中。

 何も見えない。

 何も無い。

 何も感じられない。

 何も聞こえない。

 だから、ソレは自分がそこに生まれた事に気付かなかった。

 無機物から有機物が生まれる。

(―――あれ?)

 最初に意思が生まれた。

「ぼく、だれ?」

 声を発する口が生まれ、それに触れる手が生まれた。

「なに、これ?」

 手は腕とつながり、腕は身体と繋がった。同時に生まれる、頭と足。

 人間の姿が、闇の中に生まれた。

「ここは、どこ?」

 視覚が生まれる。

 眼の前に広がるのは、ただの闇。

「ぼくは、どこにいるの?」

 自分の身体になった手を眼の前に掲げてみるが、そこにあるのは闇だけで何も見えない。

「ぼくには、いろがないの?」

 ―――そう。

「どうして?」

 ―――それは、君が透明人間だから。

「じゃあ、いろをちょうだい」

 ―――何色がいい?

「あかるいいろがいい」

 ―――見た事無いのに?

「それでもあかるいいろがいい」

 願いは闇に溶け、眼の前に空色の手が現れた。

「これが、ぼく?」

 視線を手から段々色をつけていく身体のパーツに走らせる。

 青い腕。

 青い身体。

 青い腕。

 見えないが、多分青い顔。

「きれい」

 それが感情。

 何かを綺麗だと思う、美しい感情。

「ねぇ、ここはどこ?」

 ―――何処でも無い、闇だけの世界。

「だれもいないの?」

 ―――此処には居ない。

「じゃあ、どこならいるの?」

 ―――外の世界。

「そとの、せかい?」

 ―――外の世界。君と同じ、人間じゃない生き物が住まうメルヘン王国。

「そこに、ひとがいるの?」

 闇は、返事を返さなかった。

「なら、ぼくをそこにつれてって。みんなのところにつれてって」

 ―――どうして?

「どうしてって……」

 ―――闇の外は危険ばかり。なのに、如何して出たがる?

「わからない」

 ―――なら、此処に居ればいい。

「だけど、ここはいや」

 肌よりも青い髪を揺らし、見えない果てを見上げる。

「ここにはだれもいないから。さみしいから」

 ―――それは、君が感情を持ってしまったからそう思うんだ。

「かんじょう?」

 ―――仕方が無い。感情を持ったモノは、此処には居られない。

 闇の中に小さな光が生まれる。

「なに、これ?」

 ―――光さ。

「ひかり?」

 ―――その向こうに行けばいい。そうしたら、其処は君の願う世界さ。

「みんないるの?」

 ―――あぁ。

「じゃあ、いく」

 初めて動かす足で見えない地面を踏みしめる。

 手を伸ばせば届きそうな光に手を翳す。

「まぶしい」

 それでも、自分は行かなければならない。

 光の中に手を突っ込む。

 視界が、光に埋め尽くされた。

 

「―――おい」

 声が、聞こえたような気がした。

「―――おい。聞こえるか?」

 それが気のせいじゃないと気付いたのは、彼の聴覚が働き、意思がしっかりと判断したからだ。

 眼をゆっくりと開ける。

「良かった。やっと起きたか」

 最初に周りを見回してみた。場所は勿論知るわけがない。外の世界は初めて見るのだから。次に自分を見てみる。

闇の中で見たのと同じ空色の身体。それを隠すかのように一枚の布が身体に被せてあった。そして、最後に眼の前

の声の主を見つめる。

「―――だれ?」

 それが彼の第一声。

 初めて見る自分以外の生き物。銀髪の髪、紅色の眼、闇を思い出させる闇色のコート。

「私はただの通りすがり者だ」

 低く、そして闇夜に響く声。

 今は夜。闇が全てを支配し、月だけが唯一の明かりとなっている。

「お前は何者だ?」

「ぼく?」

 言われて首を傾げる。

「ここはメルヘン王国。捨て子など地球と変わらず多いが、一応聞いておく。お前は何者だ?種族は何だ?」

「しゅ、ぞく?」

『―――それは、君が透明人間だから』

「とーめー、にんげん?」

「どうして自分の事で疑問系なんだ……まぁ、いい。透明人間か。ならつじつまが合う」

 白い手を少年の前に差し出し、相手が動くのを待つ。

「来い。このまま居てもどうしようもないだろ。せめて服ぐらい着せてやる」

「―――うん」

 喋れても、意識があっても、所詮は生まれたばかりの赤ん坊。

 少年は、あの闇の中から光に包まれた時のように手を男の大きな手と重ねた。

 

 男の家はそこからそう離れていなかった。どうやら山の中だったらしく、そこから出ると空と地上の星空を見る事が

できた。山の丁度ふもと。そこに城という表現がぴったりの屋敷が建っていた。

「ここ?」

「あぁ」

「だれかいる?」

「いや。私だけだ」

 大きな扉を開けると錆びたチョウツガイの音がロビーに響いた。

「うわー」

「来い」

 見た事の無い世界に歓声を上げている少年を無視し、黙々と歩く。

「あっ。まって」

 少年はがむしゃらに後を追いかけた。

 外から見たより中の方がもっと大きく感じるのは、少年の身体が小さいからだろうか。ロビーから二階へ繋がる階段

を駆け上り、闇に果てを飲まれた廊下を眼の前にして立ち止まった。

「どうした?」

 ぺたぺたという足音が聞こえなくなったのに気付いたのか、男が振り返る。

「―――やみ」

「闇?」

 少年の言葉を繰り返し、そして気付く。少年の眼は、怯えていた。

「こわいよ。やみが、こわいよ」

 小さな手を顔に当て、小刻みに肩を震わせる。

 闇を見据える紅色の眼。恐怖は頂点に達し、視界を歪ませる涙が頬を伝った。

「大丈夫だ。恐くなど―――!」

 少年に手を伸ばし、男は息を呑んだ。

(色が)

 涙が流れた場所だけ、少年から色が無くなっていた。眼も、頬も、そして顔を覆っていた手も所々透明になっている。

 透明人間。

 少年が自分の事をそう言っていたのを思い出して、男は引っ込めかけた手を動かした。

「服の前に、身体を流すのが先だな」

 泣き止まない少年の背中を軽く叩き、そう呟いた。

 

「其処で待っていろ」

 そう言って男は何処か別の所へ行ってしまった。

 少年は嫌ともうんとも言わず、ただその場に立ちすくむだけ。

「ここ、どこ―――」

 場所は分からず、理解できたのは眩しい光が自分を照らし出している事だけ。その中で少年は自分がもう一人いる

事に気付いた。近づき、そっと手を近づけてみる。それは自分であって、自分でなかった。何も知らない少年は、それ

が鏡だという事は分からなかったが、自分の姿を映し出す物だと解釈した。だが、映し出された少年の身体は、何か足

りなかった。

「あ、れ?」

 眼が半分だけで、頬も殆どが消えていた。その代わりに透けて見えないはずの髪が動くたびに揺れた。見えない頬

に手を当てようとして指を動かすと、その指すら消えかかっている事に気付いた。

「どうして?」

 感覚はある。手には五本の指がついているのは確かだ。なのに見えない。確認するように手を頬に当てた。指先に

頬が触れた。

「あ」

 頬はある。確信がとれて安心はしたが、逆に見えない事に恐怖を感じた。

 どうして、みえないの?

「どうした?鏡がそんなに珍しいか?」

 戻って来た男は鏡と睨めっこをしている少年に首を傾げた。風呂に入れる準備だけあって正装に近かった服装がシャ

ツとズボンだけになっている。

「―――ねぇ」

 持ってきたタオルと着替えを棚に置いて少年を見下ろす。

「どうした?」

「どうしてぼくのゆび、みえないの?」

 丁度涙が流れた部分だけ消えた手をかざし、問い掛ける。

「どうして?ぼくのてはここにあるのに。どうしてみえないの?」

「それは、お前が透明人間だからだ」

「え?」

「風呂に入りながら教えてやる」

 

 シャワーが音を飲みこむ。

「眼に入らないように閉じていろ。口もだ」

「んっ」

 袖をまくって少年の頭からお湯をかける。すると、みるみるうちに少年の姿は消えてなくなった。

(やっぱりな)

 流れていく青色に染まった水を見送り、全ての色を少年から奪い取る。

「もう開けてもいい」

 男の命令的な言葉に従って少年は眼を開けた。

 鏡に、紅い眼だけが映し出される。

「え?」

「お前は自分を『透明人間』と名乗った」

 一時シャワーを止め、見えない彼に話す。

「透明人間とは、基本的に色が無い。名前の通り、その身体は透明なのだからな」

「でも、でもぼく……」

「そう。それが問題なんだが」

 男は一度嘆息すると言葉を続けた。

「私も透明人間を見たのは初めてだ」

「そうなの?」

「あぁ。このメルヘン王国でも、透明人間だけは今だにはっきりとしていない種族だからな」

「―――ねぇ」

 唯一残っている紅色の瞳を男に向ける。

「おじさんはなになの?」

「私か?私は、吸血鬼だ」

「きゅう、けつき?」

「陽を、十字架を、ニンニクを、杭を嫌うと言われている―――のは、あくまでも人間の考えだ。実際の私達に苦手な

 モノは何も無い」

 少年と同じ紅色の瞳が交わる。

「話を戻すが、透明人間は色をもたずに生まれるらしい。突然何処かに産み落とされ、透明人間に拾われて育てられ

 るという」

「え?だけど」

「そう。私は透明人間ではない。吸血鬼だ」

 シャワーの蛇口を捻り、再び湯を出す。

「だから、私はお前の育て方を知らない」

 冷えてきただろう少年の身体に熱を与える。

「そして、私の知り合いに透明人間はいない」

「ぼく……」

 震える声が浴室に響く。

「ぼく、すてられるの?」

「どうしてそう思う?」

「だって、ぼくとうめいにんげんだから」

「―――捨ててほしいか?」

 湯を伝って形をなしていた身体が小さく震えた。白い歯が見え隠れして言葉が上手く出てこない。

「捨ててほしいか?」

 もう一度、男は問うてみた。

「―――いや」

「聞こえない」

「いや。すてないで」

 シャワーの湯の中に涙が混じる。

 蛇口を捻り、シャワーが黙り込む。

「私も、ここまで面倒を見て捨てる気は無い」

 立ち上がり、ドアを開けて用意しておいたタオルを少年の頭にかぶせてやる。

「うわっ!」

「悪いが私にはお前の姿は見えない」

 折った袖を戻して温まるの事の無い眼を向ける。

「身体ぐらい自分で拭けるだろ?」

「―――うん」

 男のもっともな言葉にタオルを握る。

「拭いたらこっちへこい」

 タオルの動きが男の言葉に反応して一瞬止まったが、答えるように動きを早める。見えない足がタイルを蹴ると水

が跳ねてはしゃぎだす。

「はい。ふいたよ」

 ドアの外に飛び出し、首からタオルを羽織って男を見上げる。

「濡れていないだろうな?」

「ぬれてない……と、おもうよ」

「―――まぁ、いい」

 タオルを奪い取って変わりにもっと薄い布を渡す。

「これ、は?」

「私の服だ。といってもお前のサイズに合うはずはないがな」

 羽織れば少年の足首すれすれのシャツを見下ろして、男は珍しく苦笑を浮かべた。

「明日、お前の服を買ってこよう。それまではそれで我慢していろ」

「―――わかった」

「さて。これからどうするか」

 そこまで言葉にして男は少年の瞳が見え隠れする事に気付いた。

「眠いか?」

「え?」

「私には眠たそうにみえたのだが」

「…う……ん。ねむい…みたい」

「みたいとは一体何だ。みたいとは」

 風呂場を出て冷えた廊下に出る。男は薄着の少年の事が気になったが、別に寒いとは感じないのかでかい服は

震えていない。

「まだ、そういうの…わからない、みたい」

「透明人間は無から生まれ、無に消える」

 凛とした男の声は闇を照らして消えた。

「お前達、透明人間に言わせれば寝る事は生まれた場所に帰るのとそう変わらないだろうな」

「え?かえ、ちゃうの?」

「あくまでも例えの話だ」

 男の足が止まり、つられて少年も立ち止まる。

 見上げてくる紅色の瞳と一瞬眼を合わせると、意味深に眼を細めてドアノブを回した。

「うわぁ」

 最初に声を漏らしたのは少年の方だった。小さな足で駆け出し、一番に視界に入った、いかにも柔らかそうなベッ

ドに飛び込む。

「誰も使っていない客室だ。ここを使うがいい」

「え?」

 瞳が振り返る。

「おじさん、は?」

「私には私の部屋がある」

「ぼく、ひとり?」

 ベッドに腰をかけたのか。眼の位置が高くなった少年の言葉に悲しみが帯びる。

「ぼくひとりでねるの?」

「寂しいのか?」

「べっ、べつにさみしくはないけど」

 伏せた眼を男に向ける。

「やみは、やっぱり……こわいから」

「闇、か」

 肩を竦め、ドアを閉める。眼の前にはシャツしか浮いていないが、その隣りに腰を下ろす。

「仕方が無い。今夜だけは寝るまでいてやる」

「ねる、まで?」

「本当なら明日の朝までついてやりたいが、あいにくしなければいけない事があるのでな」

「―――わかった。わがままいわない」

 布団に潜り込む。

 男は少年を見つめてふと気になっていた事を問い掛けてみた。

「お前、名前は?」

「なまえ?」

「無いのか?」

「た…ぶん」

 恐れているはずの虚空を見上げて呟く。

「なまえなんて、よばれたこと、ない、から」

「そうか」

 無意味に男も視線を宙に漂わせた。脳裏を短い間だけだが見えた少年の表情を思い出す。だが、その中に笑い

は無く、悲しみ、恐怖、恐れといったものしか記憶にない。

「スマイル」

「え?」

「名前が無いなら私がつけてやる。スマイル―――微笑という意味だ」

「すま、いる」

 自分の名前を口の中で何度も繰り返す。

 すまいる。

 すまいる。

 すまいる。

 スマイル。

「どうした?気に入らないか?」

「ううんっ!そんなことないよっ」

 白い歯を見せて初めて笑う。

「きにいったよ。スマイル、スマイル、スマイル、スマイル―――ぜったいにわすれないよ」

「そうか」

「ねぇ」

 まだ眠気は襲ってこないのか、元気そうな声が問い掛ける。

「おじさんのなまえは?」

「私か?―――私に名前は無い」

「どうして?おじさんもぼくとおなじなの?」

「いや、正しくは名前はあった。ただ、昔の事過ぎて忘れてしまっただけだ」

「わすれる?」

「名前を呼んでくれる人がいなければ名前など不要だ。だから私は忘れた」

「……かわい、そう」

 再び少年が涙を浮かべた。

「なまえ、ないなんて…かわいそう」

「そうか?年を取れば悲しいなどとも思わないからな」

「―――つけてあげる」

「何?」

「ぼくが、おじさんになまえつけてあげる」

 えーっと、えーっと、と口先を忙しく動かして周囲を見回す。スマイルの視界に入ったのは男の顔と、ベッドの天井、

空の本棚、机、そしてその上に置かれた一枚の栞。

「なに、あれ?」

「ん?あぁ、押し花だな」

「おしばな?」

「いつだったかに貰ったものだ―――見るか?」

「うん」

 元気を取り戻したスマイルの言葉に答えてベッドを立ち、ぐるりと回って反対側にある机から栞を取る。

「これだ」

「……きれぇ」

「私も、そう思う」

「これ、なんていうおはな?」

「たしか、百合といったはずだが」

「ゆり?」

 受け取った栞を見つめて名前を呟く。

 ゆり。

 ゆり。

 ゆり。

 ユリ。

「―――ユーリ」

「ん?」

「ユーリ。どう?おじさんの名前」

「ユーリ、か……別に悪くないな」

「ユーリ。ユーリ♪」

「何だ?」

 新しい名前を何度も口する少年を見下ろすと、別に呼んだ事に意味はなかったのか、スマイルは微笑むだけだ。

「もう寝ろ。何時だと思ってるんだ」

「うん」

 栞を元の場所に戻して見えない髪を撫でてやる。柔らかい。見えなくてもスマイルの髪は細く、柔らかく、指が隙間

を通り抜けていく。

「お休み、スマイル」

「―――おやすみ。ユーリ」

 紅色の瞳が閉じていく。

 静かな室内。闇と沈黙が支配し、スマイルの身体が小さく震えているのが分かる。

「恐がるな。私はここにいる」

 闇に映えるユーリの声。それに安心したのか、次第に震えは収まり、そう時間はかからずに規則正しい吐息が聞

こえ始めた。

 

「なに、これ」

 スマイルは白く、長い布を見つめて問い掛けた。

「包帯だ」

「ほう、たい?」

「お前の身体をはっきりとさせる為には何か塗るしか方法が無いと思ったんだが、だからといって全身塗るわけには

 いかないだろ?」

 そういって服と包帯の他に青色のボトルを取り出す。

 ユーリはさっそく次の日、数時間だけ出かけてくると言って家にスマイルを残した。暇ならこいつらに相手してもらえ

ばいいとユーリが準備してくれたのは、彼の家に住み着いている蝙蝠。子どものスマイルにとっては珍しい玩具のよ

うに見えて、言われた通り素直に彼が帰ってくるのを待っていた。

「髪は染めるとして、身体はその包帯を巻くがいい。そして、見える場所は塗ればいい」

「ふぅん」

 ユーリの話を右から左に流して新しい服に手を伸ばす。

「ほら、染めるから少し大人しくしていろ」

「うわっ」

 無理やり前を向かされ、首を固定される。

「動くなよ」

「―――わかった」

 ボトルの中の液体を専用の櫛に出し、それをスマイルの髪に塗っていく。

 窓から吹き込んでくる風が気持ちいい。少しずつ染まっていく髪が時々なびく。

「ねぇ」

「何だ?」

「―――ううん。なんでもない」

 時間が流れていく。

 聞こえてくる自然の音色に、スマイルは耳を傾けた。

「ほら、出来たぞ」

「え?」

「ほら、今度はこっちを向け」

 言われるがままにユーリの方を向き、紅色の瞳を覗き込む。映っているのは空色。

「眼を閉じていろ」

「うん」

 視界が暗くなって、頬の辺りに何かを押し当てられる感触を感じる。

「ユーリ」

「今度は何だ?」

「―――ここに、いるよね?」

「でなければ私は一体誰だ?」

「そう、だよね」

「ほら、口を閉じろ」

「んっ」

 顔全体を何かが覆う。最初は少し変な感じがしたが、次第にそれが普通になってくる。

「もういいぞ」

「ほんと?」

「見てみるか?」

 手渡されたのは鏡。恐る恐る覗き込むと、そこには空色の自分がいた。

「うわぁ」

「どうだ?出来るだけ、最初の色に近づけてみたんだが。気に入らないか?」

「きにいったよ。すっごく」

「そうか」

「ありがとう、ユーリ♪」

 空色の顔でスマイルは最高の笑みを浮かべた。 

 

 一体、何年の月日が経っただろう。何度も流れていく四季を見つめ、もう今が何年目か分からない。

「ねぇ、ユーリ」

 包帯を巻き、リビングのソファから外を眺めている育ての親に声をかける。

「僕、そろそろ行くよ」

「どうして?」

 振り返った男の顔は何も変わっていない。スマイルは人間で例えるなら成人ほどまで成長したというのに。

「ん?そろそろ時期かなって思って」

「別に私は困ってはいない」

「うっそ〜?」

 ヒッヒッと笑いを交えて手を振る。

「知ってるんだよ?ユーリ、最近お付き合いしてる人いるでしょ?」

 返事は返ってこない。ただ彼はまだ湯気のたっている紅茶に口をつけるだけだ。

「だから、お邪魔虫は退散しようかなって思って」

「行く場所など、あるのか?」

「ううん」

 短く答えて髪をなびかせる。

「だけど、行きたい所はあるから」

「―――そうか」

「ユーリには感謝してるんだよ。僕に色をくれて、身体を与えてくれた。ユーリは、僕のお義父さんなんだから」

「義父?私はお前を拾ってきた猫のようにしか感じていないが?」

「ヒッヒッ。ユーリがそう言うならそれでもいいよ。僕は気まぐれな猫。ふっと現れて、ふっと消えてくの」

 ドアノブが音をたてる。

「じゃあね。ユーリ」

「―――スマイル」

 久々に名前を呼ばれて振り返る。ユーリはまだ外を見つめたままだ。

「何?」

「もう、帰ってこないのか?」

「分かんない。僕って、気まぐれな猫だから」

「―――この名前」

「え?」

 やっとユーリが視線を合わせた。

「この名前を、将来生まれてくるだろう私の子どもにつけてもいいか?」

「別にいいけど……どうして?」

「この名前を、私だけで終わらせたくないだけだ―――悪いか?」

「―――ううん。別に」

 名前に相応しい笑みを浮かべる。

「ユーリの子どもに会えるかな?僕」

「この地にいればその内、な」

「男の子?女の子?」

「知るか。まだ先の話なんだからな」

「そっか……そうだよね」

 ドアを開ける。その向こうに広がっているのは、昔は嫌いだった闇に包まれた廊下。

「またね、ユーリ」

「あぁ。無事でな、スマイル」

 別れの言葉は短く。二人は顔を合わす事もなく離れていった。

 空は少年の姿を忘れさせる事なく、永久に青を満たしている。

 

 再び、何百年もの月日が再び流れた。

「―――酷い―――」

 一面荒地の土地を見つめて呟く。

 眼の前に広がっているは崩壊した街。人の死体がごろごろと転がっていているのに、誰もそれを片付けようとしな

い。それもそのはず。生きている人間がそこにいないからだ。

「どうして人って殺し合うのかな?」

 使える右眼でそれらを見つめる。

「どうして死ぬのかな?」

 鼻をつく死体の匂い。

「僕には分からない。短い寿命を自分達で短くしてるなんて」

 瞳を閉じて背後に感じる人物に問い掛ける。

「ねぇ。君もそう思わない?」

「―――分かっていたのか」

 返ってきたのは心なしか聞き覚えのある声。

「うん。なんか、いるなぁって思ってたから」

「お前も、メルヘン王国の住人か?」

「って事は、君も?」

 同じ口調、同じ声にスマイルは眼を開けた。口調は平然を装っているが、胸の中ではそれどろこではなくなってい

る。信じられない、そういう考えが脳裏を駆け巡る。

「あぁ」

「へぇ。珍しいね、こっちの世界に出てくるなんて」

「それならお前も同じではないのか?」

「そう。僕はわりと昔からこっちにいるんだよ?」

「そんなに?」

「君は?どうなの?」

「つい最近来たばかりだ」

 振り返る。

 周囲に漂う、まだ消えきっていない煙。それが、戦争の名残だといえる。

「二百年ほど、永い眠りについていたのでな」

 そこにいたのは、一人の青年だった。

「吸血鬼?」

「あぁ。お前は?」

「透明人間」

「透明?私にはお前の姿が見えるのだが」

「メ・イ・ク♪昔、ある人に教えてもらったんだ」

「その包帯もか?」

「包帯?あ、これは別」

 左眼を隠した包帯を手で隠し、笑みを浮かべて青年へと近寄る。見ればみるほど似ている。同じ顔つき、なびく銀

髪、紅色の瞳。

「僕の名前はスマイル。ねぇ、君の名前は?」

「私は―――」

 義父が言った土地とは違うが、彼等は青い空の下で出会った。


うわーい、やっと書き終わった♪

つか、長いねやっぱ。

それにしてもやっと書けたスマイルの過去話。

最初は名も無き子どもに声をかけさせようかと思ったんやけど、気分的にDeuilのみんなには何か共通点が欲しいと

思ってつなげてみた。

はい、ユーリの時にはなかったけど、そこらへんは気にしな〜い。

ま、気が向けばユーリとスマの出会い話を書く予定。

それにしてもユーリが百合とは―――安直。

ま、別によいけどね。

そそ、ユーリとスマが出会ったのは第二次世界大戦が終わった日本。

丁度その頃にユーリは二百年の眠りから覚めました。

どうして日本か?

―――さぁ(笑)。

ちなみにスマはわりと昔から日本に住み着いています。

それこそ●●時代から。

ん。アニメは白黒から見始めてるでしょうな。

鉄人●8号から、ア●ムとか(笑)。

うわぉ、さすがオタクスマ。

02.11.17

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