約束の日まで、あとニ日。

 

「ニャ〜ミちゃん♪」

「うわわっ!ミッ、ミミちゃん」

「んふ〜♪」

 都内某所、〇〇スタジオ。今日はとある歌番組の収録で二人は集まっていた。

「本番まだかなぁ」

「ミミちゃん楽しそうだね」

「うん♪だって、歌ってるのって楽しくない?」

 ハリーサルも終わり、あとは本番を待つだけの暇人。ステージ衣装にもとっくに着替え終わっていて、他にやる事

もなくて楽屋をうろうろとしている。

「ま。楽しいって言ったら楽しいけどね」

「でしょ♪あ〜、本番まだかなぁ」

「―――現金だね」

「え?何か言った?」

「ううん。なんにも」

 頬杖をつき、気付かれないように嘆息をつく。

 タイマーの事で大喧嘩したのはつい昨日の出来事。それをまるで塵も見せないようにニャミはルンルンとしている。

(よくあんなに明るくしてられるよ、ニャミちゃんは)

 相当な神経の持ち主でなければ、こうも明るくなどしていられないと思うのはミミだけだろうか。

 楽屋のドアを叩く音。

「ミミさん、ニャミさん。そろそろ時間です。本番お願いしまーす」

 スタッフだろう。言うだけ言って早々と去っていく足音が廊下に響いている。

「はーい」

「今行っきまーす」

 鏡の前で最終チェック。服装、髪型、化粧、全てOK。

「さって。ミミちゃん、行こっか」

「うん」

 長い三つ編みを揺らして部屋を出る。

「あっ」

 部屋を出て声をあげたのはミミの方だ。目の前には仕事場でよく会う少年―――もとい、少し小柄な青年の姿が

あった。

「おはよう、アイス君」

「あぁ。おはよう、ミミさん」

「―――あ」

 若い男の声が乱入する。

「アイス。先に行くね」

 声の主である男はそそくさと走り出した。まるで、誰かを避けるかのように。

 遠ざかっていく足音。

「―――タイマー君」

「おっはよ〜、アイス♪」

「おっ、おはよう。ニャミさん」

「そっか。今日はアイスも呼ばれてたんだ」

 何気ない言葉のはずなのに、刺を感じるのはアイスの気のせいだろうか。

「うん。あ、そろそろスタジオに急がないと」

「そうだね。ミミちゃん、行こ♪」

「うっ、うん―――じゃあ、お先に」

「またスタジオで」

 軽く手を振って廊下を走っていく二人を見送る。アイス自身もこれから同じスタジオに向かわなければいけないの

だが、少し独り言を呟く暇が欲しかった。

「―――機嫌、悪いね」

 苦笑し、頭を悩ませる。

「ただでさえ今日はタイマーも呼ばれてるのに……タイミング悪すぎだよ」

 キリキリ痛む胃に、収録が終わってから胃薬でも飲むかとアイスは一人呟いた。

 

「はぁ〜い。子猫ちゃん?この一週間、待たせてゴメンね」

「僕の虜のみんな……やっとこの日が来たね」

「ん〜。やっぱり僕は美しい?」

 カメラが回り、スタッフが息を呑んで収録を進める。

「ワッキーと」

「ローズ」

「そして僕、プリンスMの」

『らららライブが始まるよ』

 メインテーマが流れ、客席から黄色い声やら拍手が沸きあがる。

「さて。じゃあ今週のゲストを紹介しようか」

「そうですね。では、プリンス」

「は〜い。それでは紹介に行こうか?―――今日はソロでの登場。アイス君」

「どうも。お久しぶりです」

 定番のように可愛いの声が降りそそぐ。アイスがその声に答えるようにニコリと微笑むと、黄色い声が一段と高く

なる。

「妖精の人気は凄いよね。今週もオリコン一位を獲得したタイマー君」

「やっほー。みんな、ありがとう♪」

 マイク片手に元気良く手を振る。自慢のウサギ耳が左右に揺れた。

 ミミは自然と観察するようにニャミを見つめてしまった。しかし、彼女も女優だ。カメラが回っている限り、嫌な顔

一つしていない。

(ま、その中ではどう思ってるかは知らないけどね)

「そして、最後。全国ライブお疲れ様。ミミちゃんとニャミちゃん」

「ども〜」

「ライブに来てくれた人、ありがとねぇ」

「じゃあ、さっそくトークにいってみようか」

 ローズの声に話は進んでいく。トークに始まり、歌の紹介、ハガキの質問、プレゼントクイズ、などなど。その間、

勿論だがゲスト同士の会話などもあったりした。そして、タイマーとニャミの会話も。

 彼らの仲は世間に知れ渡っている事だが、それでも仕事中は仲のいいところを見せつけたりする事はない。そ

れが助けとなったのか、たった二言三言の会話で話が止まっても別に誰も気にしない。ただ―――

(重い)

(重すぎる)

 アイスとミミは時たま視線を合わせると、自分達だけが空気の重さに眉をひそめた。

 

「―――はい、OKです」

 スタッフの一言でスタジオの空気が軽くなる。

「お疲れ様でしたぁ」

「お疲れ〜」

「ほら、早くそれを撤去しろ」

「ん〜。これで今日の仕事は終わりかな」

「出口はこっちですーっ」

「おっつかれ〜♪」

 人々の話し声が入り混じり、無数の足があちこちを動き回る。

「あっ。アイス君」

「ミミさん」

 スタジオが解体されていく中、スタッフと話し込んでいたアイスを捕まえる。

「―――タイマー君は?」

「もう楽屋に戻ったみたい」

「そう」

「そっちの方はどうなんです?」

「最悪」

 傍にニャミが居ない事を確認してから答える。

「アイス君。昨日の現場にいた?」

「思いっきりね」

「なら、話は早いよね」

 嘆息をつき、肩を竦めてみせる。

「あれからニャミちゃんはリエちゃんと意気投合しちゃうし、タイマー君が謝るまで知らないっ―――とか言っててさ。

 こっちはてんてこ舞いだよ」

「お互い、大変だね」

「タイマー君の方は?」

「彼の場合、落ち込んじゃって。カメラが回ってないとテンションが上がらない状態」

「うわぁ……重傷?」

「うん」

 視線は自然と楽屋へ繋がる通路へと向けられた。

 スタッフが忙しそうに二人の視界内を右往左往している。すぐに次の収録が始まるのだろう。見覚えのあるセットが

少しずつ完成していっている。

「後は、本人達次第―――かな?」

「その本人達でどうにかなってくれればいいけど」

 顔を見合わせ、二人は重い溜息をついた。

 

『あっ』

 楽屋の通路は狭い。そしてたった一本だけ。これほどの条件があれば、嫌でもそこですれ違ってしまうのは相当な

高確率だ。

 着替えが済み、あとは帰るだけのタイマーと、これから着替えようと自分の楽屋前で立ち止まっているニャミ。

 二人の視線が合ったのは最初だけで、すぐに離れた。

 重い空気。

 先に口を開いたのはタイマーの方だった。

「おっ、おはよう」

「―――おはよう」

 返事は返したが、あくまでもそれは業界常識としての事。心の底からの挨拶ではない。

「あっ、そのっ、昨日の、事なんだけど……」

「!?」

 ニャミの顔色が変わった。

「その事は聞きたくないっ!」

 俯いたまま声を張り上げ、ドアのノブを回す。

「ちょっ!?ちょっと待って」

 開きかけたドアを力ずくで閉める。

「何よっ。邪魔しないでっ。今から着替えるんだからっ」

「分かってる。分かってるけど」

「なら退いてっ」

「その前に僕の話を聞いてよっ」

「聞く事なんかないっ」

「そんなっ……ニャミっ―――」

 パチンと澄んだ音。

 タイマーは、一瞬何が起きたのか理解できなかった。ドアを押さえていた手をのけ、痛みが走る頬を押さえる。

「あたしの名前を軽軽しく呼ばないでっ!」

 絶叫に近い叫び。

(―――あ)

 激しい音をたててドアが閉められる。続いて聞こえたのは鍵をかけるカチリという小さな音。

 部屋に閉じ篭るニャミを見送り、タイマーは見てはいけないものを見てしまったような気がした。

 涙。

 ニャミは、見間違いで無い限り、泣いていた。

「―――そんな」

 熱い頬を押さえたままドアの前から動けない。

「あれ?タイマー君」

 スタジオから戻って来たミミは、自分達の楽屋前で立ちすくんでいるタイマーを見つけ、声をかけた。アイスはまだス

タッフに用があると言ってスタジオに残してきた。

 声に気付き、ゆっくりと顔を動かす。

「……ミミちゃん」

「あれっ?どうしたの、それって―――」

 言いかけて視線を閉められたドアへ向ける。もしかしてと思ってドアの奥を指差してみると、タイマーは素直にこくん

とだけ頷いた。

(こりゃ駄目だわ)

 頭を一掻きし、胸中嘆息する。

「タイマー君。場所、変えようか」

 このまま楽屋前で話をするわけにはいかない。中の状態が少し気になったが、仕方がなくミミは場所を移動する事に

した。

 

 自動販売機のある休憩室で一息つく。

「はい。ど〜ぞ」

「あっ、ありがとう」

 微炭酸のジュースを受け取り、申し訳なさそうに頭をさげた。

「いいって。あたしのおごり〜」

 一緒に買ったジュースを片手にタイマーの隣りに腰をおろす。

 誰かが前に煙草でも吸っていたのか、煙の残り香が喉を刺激する。

「ごめんね。心配させちゃって」

「ううん、いいんだって。それに、ニャミちゃんの悩みはあたしの悩みでもあるし。タイマー君の悩みも同じだよ?」

「―――ありがと」

 口を開け、一口飲み干す。

「あぁ……僕って馬鹿だよな」

 頭を押さえ、重い溜息をつく。

「どうしてあんな大事な事を忘れちゃうかなぁ」

「ほ〜んとっ」

「ぐっ」

 ミミの言葉が見事に心に刺さる。

「ほんと。あれはタイマー君が悪いよね。女の子はこういうのには五月蝿いからぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……すぅ。

 ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇったい忘れちゃいけない事なのに」

「ぐはっ」

「―――だけど」

 喉の渇きを潤し、一息つく。

「ニャミちゃんも、今回は悪いよね」

「え?」

「あそこまで無視しなくてもいいと思うんだけど―――ねぇ?」

「いや、そこで同意を求められても……」

「確かに。あれは酷いかもね」

 第三者の声に振り返る。

 そこに居たのは、スタジオでついさっきまで会っていたあの男だった。

「ロッ、ローズさんっ?」

「どうも。タイマー」

 帽子を軽く上げ、タイマーの横に座る。

「あの殺気―――ただ事じゃないと思ってたけど、そういう意味だったんだね」

「そっ、そんなに怒ってた?」

「感じなかったのかい?タイマー」

「うっ……うん」

「駄目だこりゃ」

 と、空になった缶を放り投げたのはミミ。

「タイマー。君、もしかして鈍感?」

「ぐわっ」

「多分、鈍感中の鈍感だと思うよ」

「これじゃあどうしようもないな」

 沈黙。

 一段と重くなった空気が三人を押しつぶす。

「さて。僕は楽屋に戻らないと」

 サングラスをかけ直し、ローズが立ち上がった。

「あとは本人さんがどうにかするしかないだろうね」

「ローズさん」

「じゃあ。またゲストで呼ばれる事があったら、会いましょう」

 投げキッスなどかまし、廊下の向こうへと姿を消す。

 耳障りな自販機の唸り声が考え中の脳にちょっかいを出す。

「タイマー君」

「―――あと二日」

「え?」

「あと、二日しか時間は残ってないんだ」

 まだ中身の入った缶を握り締める。

「どうしよう、僕」

 静かな休憩室に、タイマーの力ない声は余韻を残して消えた。

 

 約束の日まで、あと二日。


やっと続き書けたさ。

うん、やっと。

それにしても、今回一番苦戦したんは番組名とそのメンバー。

何故、ローズとワッキーとプリンスM?(汗)

いや、思いつきなんやけどね。

一応あいつら芸能人やし歌手やしっと思っ―――あ゛。

プリンスMは違うか?

―――ま、いや。

色物トリオって事でOKOK。

さてはて、続きを書けるのは一体いつの日か。

ま、気長にいきまひょ。

02.10.5

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