それはなんでもない、ただの平凡な日の事。

 

「ユーリぃ?スマぁ?晩御飯できたっスよ〜?」

 広いユーリの城にアッシュの声が響いた。

 台所を漂っているのは美味しそうな夕飯の香り。香ばしいパンに野菜をじっくり煮込んだスープ。デザートは気まぐれ

で作ってみた試作品のプリン。

「ユーリぃ?スマぁ?」

「―――五月蝿い」

 食堂に現れた王子が不機嫌そうに答える。

 料理を運ぶ手を止め、アッシュは顔を上げた。

「あ、ユーリ」

 最初にユーリの分を揃え、また台所へと移動する。

「スマを見なかったっスか?」

「知らん」

「おかしいっスねぇ。今日は外出の話も聞いていないからここにいるはずなんスけど」

 三人分の料理を並べ終え、席につく。

 いつもなら三人揃っているはずの食卓に一人だけ姿が足りない。

「どうします?」

「来ない奴が悪い。先に食べる」

「了解っス。スマには悪いっスけど、料理は温かいうちに食べないと不味くなるっス」

 静かに食事は始まった。騒音の元凶であるスマイルがいないだけあって、元から喋らないユーリは無言のまま、話し

掛けられて喋りだすアッシュも黙り込んだまま食事を口へと運んでいる。

 遠くでリビングに置いてある大時計が硝子を震えさせる音を鳴らした。

「スマ。もしかしたら、何処か行ったんスかね?ユーリ、何か聞いていないっスか?」

「―――さぁな」

「そうっスか」

 短い会話が途切れ、また沈黙が訪れる。

 食堂にも一応小さいながらもアンティークの時計が置かれている。一本一本にも細かい細工がされており、長針と

短針は夜と言える時間を指している。

 話をしていないからだろうか。通常より早く食事が済み、手を合わせる。

「ごちそう様っス」

 空になった食器を手に取り、席を立つ。その途中、横目でユーリを確認すると、彼の皿はどれも半分ほど残ってい

る。食べるのが遅いのはいつもの事だ。

 洗い物は最後にまとめて洗うとして食器を流しに置き、近くのドアから顔を出す。

「スマぁ?居ないっスかぁ?」

 静かな廊下にアッシュの声はよく響いたが、返事は一切返ってこなかった。

「まだ帰ってないんスかね?」

 首をかしげながらも食卓へと戻る。ユーリの皿はほぼ空になっていた。

「ユーリ。空の皿だけ片付けるっスよ」

「あぁ」

 返答を聞いてから行動に入る。空になった数皿を手に取り、ふと視線をユーリへ向ける。

「あ、ユーリ」

「なん―――」

 答えようとして言葉が止まる。

 感じたのは、頬を舐める舌の感触。

 行動を済ましてアッシュは何の変化も無く微笑んだ。

「スープついてたっスよ」

 カタンと音をたててプリンをすくっていたスプーンを置く。

「ん?どうかしたっスか?」

「この―――」

 長い爪を器用に避けて拳を握り締める。

「ばか者がっ!!!」

「ぐはっ!」

 クリティカルヒっト。

 拳はユーリの顔を覗き込むままの形で固まっていたアッシュの頬に命中した。

 予想もしていなかった行動に受け身も取れずにそのまま飛ばされる。

「はぁ…はぁ―――」

 殴るなど滅多にしない手は赤くなり、同時に色の白い顔がはっきりと分かるように耳まで赤面している。

「!?」

 頭元で皿の擦れ合う音がした。

(確かのこの皿はユーリの大切にしてる皿っス!)

 吹っ飛んだ状態から瞬時にして重心を戻し、体勢を整える。最初に確認したのは皿の無事だ。

「ふぅ。割れてないっス」

「―――アッシュ」

「ギクっ!!」

 低く地獄から聞こえてくるような声に悪寒を感じる。

 アッシュは短い時間の間に一部始終を思い出す事にした。そして思考が引っかかったのは、ユーリに殴り飛ばされ

る寸前の自分の行動。

「―――あ」

「お前。一体、何のつもりだ?」

「そっ、そっ、それはっ」

 焦りながらも皿は持ったまま。

 ―――血の雨が降る。

 冷や汗が背中を伝うのを感じながら、アッシュは確信した。

 刹那。

「ヒっヒっヒっ」

『!?』

 聞き覚えのある声に視線がそっちへとずれる。

 何もない、電気の消された無人の空間。

「アッシュったら。ほんと、おバカだねぇ〜」

「スマっ!」

 不気味な笑い声と共に、闇から一人の姿が現れる。青い髪、白い包帯、茶色のコート。

 紅い瞳がスマイルを睨みつける。

「スマイル―――いつから見ていた」

「ん〜。最初から?」

「居たなら居たで返事するっスよっ!」

「えーっ。だってなんだか面白そうな予感がしてさぁ?」

 そういう彼からは反省の色が感じられない。

「―――もういい」

 不機嫌そうに呟き、席を立つ。

「あ、ユーリ。まだ残ってるっ―――」

「いらん」

「はっ……はいっス」

 犬のような耳があればペタンと折れただろう。

 底の厚いブーツを鳴らし、スマイルの横を通り過ぎる。

「ヒっヒっヒっ。そんなに怒るとシワが増えるよ?」

 ちょっかいを出してみるが反応は無し。

「つま〜んな〜いのぉ」

「―――ふぅ」

 ユーリの姿が見えなくなったのを確認してから、第一に皿を置く。それから肩を大きく動かして溜息。

「怒らしてしまったっス」

「ま。仕方がないよぉ」

「スマっ!!」

「ヒっヒっヒっ。別に僕は悪くないよ?僕はただ見てただけぇ」

「―――最悪っス」

 冷めたスマイルの食事を見つめながら、嘆息しか漏れなかった。

 

  それはなんでもない、ただの平凡な日の事。

 


はいはいはいはい。

もう何書いてんだろ。

邪CPとか―――頭、沸騰したか?(笑)

ま、ユーリを性転換させて女にしたら別に嫌ではないが―――

話のネタは橘との会話。

なんか「アッシュったら。ほんと、おバカだねぇ〜」にウケたらしく、調子にのって書き上げました――― 一日で。

さて、次はKベルですな。

02.9.1

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