その日は、色々な出来事が一気に起きた。

 今思い出してもめまぐるしい、忙しかったが楽しかった。

 最初の出来事は、珍しい来客者から始まった―――

 

「―――よ」

「けっ、KKさんっ!」

「何、驚いてんの?」

「いっ、いえっ……別に」

「そうか?」

 えらく驚いている少女を見下ろしながら、KKは深くは考えずにカウンターにもたれた。

 彼は、突然ベルの目の前に現れた。

 平日の時刻は夕方。学校が終わり、その後の予定はいつも通りバイト。駆け足で店に急ぎ、店長に顔を出してから

カウンター内に座る。そして、そう待たずして彼は何故か来たのだ。

「KKさん。仕事は?」

「今日のはもう済んだ」

「そう、ですか」

「―――ベル」

「はっ、はいっ!?」

 低い声に名前を呼ばれるだけで緊張してしまう。

 KKは少し眼を丸くしたが、すぐに苦笑を漏らした。

「くくくっ。お前、本当に面白いな」

「ちっ、違いますっ。ただっ―――」

「ただ?」

 困っているのを楽しむように顔を近づける。二人の間を邪魔するのは大きくて小さなカウンターだけ。

 かーっとベルの顔が耳まで真っ赤になる。

(言えない。名前で呼ばれるのにまだ慣れてないなんて―――言ったら、絶対に笑われる)

 自然と顔が俯く。しかし、それをKKの手が制した。

「!」

「上、向けよ」

「K、Kさん」

「二人の時は名前で呼べって言っただろ?」

 相手の顔が言葉通り目と鼻の先。近すぎて吐息がまつげを揺らす。

 時間が流れる。

「―――Ki」

 桃色の唇が言葉を紡ぐ。

「ちょっと待て」

「えっ―――?」

「名前って、言っただろ?」

「う゛……じゃあ。Ke―――」

「取り込み中悪いが」

 もう一度動きかけた唇を止めたのは、第三者の声だった。

 気分を悪くしながら振り返る。元から彼らがそこに居る事をKK知っていた。その上でベルに嫌がらせのようにちょっ

かいを出していたのだから。

 少し釣り目な瞳をぱちくりとさせ、視線をKKの肩越しに外へと向ける。

「入っていいだろうか?」

「Yu、liさん」

「―――すみませんっス」

「それと、犬っコロか」

「いっ!?犬じゃないっス!」

「KKさんっ」

「アッシュ」

 二人に制されて喧嘩腰の二人が静まる。

「えっ、えーっと。それで、Yuliさん?今日はどういった御用時で?」

「―――あぁ。最近なんとか仕事が順調で暇な時が多くてな。その時間つぶしに本でも、と思ってきたのだが」

「何処の本がいいですか?」

「できればフランスのがいいのだが」

「それなら―――」

 椅子から立ち上がり、カウンターの外へ。細い髪をなびかせていくつもある本棚の一つの前に立つ。その後をユーリ

は追った。自分達の背丈より大きな本棚を見上げ、無数の本の背表紙を指でなぞる。

「短編と長編ではどちらがいいですか?」

「あくまでも時間つぶしだからな。短編がいいかもしれん」

「ならこれがいいかもしれません」

「それは、読んだ」

「ホントですか?どうでしたか?」

「どう、とは?」

「読んでの感想ですよ」

「悪くはないと思ったが」

「ですよね。あたしもここの本はお客さんにお勧めできるようにって全て読んだんですけど、この本はあたしも好きな

 んです」

 本を読んでいる者だけが入れる話の会話。ものの見事に互いの相手は追い出されるようにカウンターで重い嘆

息を吐いていた。

「暇だな」

「暇っスね」

 耳を澄ませば聞こえてくる、二人の綺麗な声。

「―――お前」

「何っスか?」

「お姫さんと、何処までイったんだ?」

「はぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

 その叫び声は雄叫びに近かった。

「―――アッシュ。どうかしたのか?」

「―――どうかしたんですか?」

「いや。なんでもねぇよ」

「―――そうですか?ならいいですけど」

 代わりに答えたKKに納得し、また二人だけの世界を作り出す。

 それを確認してから色が濃い肌だというのに耳まで真っ赤にし、KKの肩に爪が食い込むほど握り締める。

「何?」

 立場が悪いというのに相手に見えている口元をつりあげる。

「なっ―――何じゃないっスよ。一体何を言い出すんスかっ!」

 いくら本棚を挟んでいるといっても狭い店内。小声で反論する。だが、KKはそんな事どうでもいいのか、素の大き

さで答えた。

「じゃ何?全然進んでねぇの?」

「だからっ!」

「だから?」

「だから……まぁ」

 折れたのはアッシュだ。手が大人しく離れる。

「というか、どうして俺達の事、知ってるんスか?」

 俺達の事とは、勿論二人の関係についてだ。

「ま。仕事上ってヤツとでも言っておこうか?」

「?」

「それはともかくとして。それならKKさんはどうなんスか?」

「俺?」

 再び不気味な笑み。その表情にアッシュは恐怖を感じた。

「知りたい?」

「いや。いいっス」

「そうか?ならいぃけどさ」

 会話が途切れた。

 誰も来ない店。二組のカっプルだけの貸切状態。

 凛としたベルの声と、心を震わせる低いユーリの声が入り混じって不思議な音楽(ハーモニー)を生み出す。

「―――あれは?」

「あれ、ですか?」

 ユーリが指差すそれは、二人が腕を伸ばしてもまだ届かない辺りにあった。

「あの作者の名前は見た事がある」

「わりと有名ですからね。じゃあちょっと待って下さいね」

 そう言って細い腕をろいいっぱい伸ばす。しかし、どれほど頑張ろうにも指先すらかすらない。

 見上げるだけの紅い瞳がダベっている二人へ向ける。

「アッシュ」

「はっ、はいっス」

 名前を呼ばれるだけで主人の元へ近づいていくのが、本当に犬らしい。まだ一人カウンターに頬杖をつきながら、

KKは忠実な犬―――本人曰く狼―――を見送った。

「何っスか、ユーリ?」

「あれを」

 視線だけを本へと向ける。

 その視線を辿るようにアッシュも本棚を見上げると、まだ腕を伸ばしているベルの姿があった。その指先には一

冊の本。

「分かったっス。あれを取ればいいっスね」

「あぁ」

「ベルさん。俺が取るっスよ」

「えっ、でも―――」

「いいっスよ」

「そう?……じゃあ、お願いしよっかな」

 伸ばしていた腕を下ろし、微笑を浮かべる。

 アッシュはベルやユーリに比べれば一回り大きい。

「これっスよね?」

 軽々と届いた本を指差し、取る前に点検する。

「はい。お願いします」

「分かったっ―――あ!」

 掴もうとしていた本が忽然と消えた。虚しく空気だけを指が掴む。

「これで、いいのか?」

「あっ……ありがとうございます、KKさん」

 乱入してきたKKから本を受け取り、顔を俯かせる。

 表情が見えなくてもまた顔を真っ赤にしているのだろうと『掃除屋』の感で読み取る。

「ええっと、Yu、Yuliさんっ?これで、いいですか?」

「あぁ」

 目的の本を受け取る。と、視界の隅に青紫の火の玉を友にしたアッシュの姿が映った。

「どうした?」

「なっ、何でもないっスよっ」

「そうか?」

「!?」

 身長差のせいか、見上げるようにアッシュの胸元へ入り込む。

「もしや、あいつに取られた事を気にしているのか?」

「―――だって、ユーリに言われたのに」

「バカ者が」

「本当にバカっス……って。誰がバカっス―――!?」

 最後まで言葉を発する事はできなかった。桃色の唇がそっと触れる。

 思考回路停止。

 カウンターへ戻っていった二人の後を追うようにユーリも歩き出す。アッシュの視界から消える直前で振り返り、嫌

味な笑みを浮かべて呟く。

「お前に決まっているだろ?バカ犬」

「いっ、いっ―――犬じゃないっスよ。狼っスよ!」

「―――分かっている」

「え?」

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。少し立ち止まったまま、もう一度ユーリの言葉を脳裏で反芻する。

「って、待って下さいっス!」

 本棚の影に一人残された事を悟って走り出す。

「じゃあ、これを貰おうか」

「はい。えーっと――― 」

 客と店員の会話。金を受け取ったベルは手馴れた手つきで本を袋へ入れた。最後にただのシールで封をする。

 そんな時だ。五月蝿い音をたてて店のドアが開いた。

「あ。いらっしゃいませ」

 一度仕事の手を止め、現れた珍しい客に声をかける。

 KKは仕事の癖か、見た事のない男達を気付かれないように観察し始めた。

 現れたのは男が二人。年は若くもなく老けてもなく、中途な所。身長は二人して高い。一人は黒髪の少し老け顔。

今の時代には珍しく、着物などを着込んでいる。その瞳は少し眠たげで、傍にもう一人誰かついてやらなければ

道端で倒れて居そうだ。仏頂面というのが第一印象。もう一人の男は隣りの男より少し大きく、染めたのか元から

なのかは知らないが綺麗な茶髪の癖っ毛が目立つ。こっちは普通だが、センスに少し問題が感じられる服装が所

々ある。

「それにしても珍しいんじゃないのかい?」

「―――何が?」

「お前が洋書を読もうとする事だよ」

「別に。洋書が目的というより、他の店の感じを見たいと思っただけですよ」

 カウンターにたむろっているメンバーの視界から丁度死角になる本棚の奥へ移動する。

「さて。そろそろ失礼しようか」

「そうっスね」

「またいらして下さいね」

「―――気が向いたらまた来よう」

 短い別れの言葉を交わし、心なしか早歩きで帰っていく。

「有名人ってのも忙しそうだな」

「そうですね」

「ベル。お前、あいつら好きだよな」

「えっ!?」

 突然そんな事を言われ、裏返った声が漏れる。

 そんなベルを見下ろし、帽子のつばをあげて顔を見せる。

「何驚いてんだ?ほら、お前の部屋行くと『Deuil』のCDが大抵かかってるだろ?だから好きかと思ったんだが」

「いっ、えっ……いえっ。好きですよ。詩が綺麗で、脳裏から離れないというか」

 一生懸命誤魔化そうと『Deuil』について語りだす。前後の文が何であろうと、好きな人の口から『好き』の二文字

が出るたびに勘違いしてしまう自分が、まだまだ子どもだなと自己嫌悪になる。

「ふ〜ん」

(―――誤魔化してるの、バレてる)

 その証拠に興味なさげに呟いた声が嫌に耳に残る。

「京極。何かめぼしい物でも見つかったか?」

「特には」

「何?特には?あったのかい?なかったのかい?」

「―――どちらでもいいじゃないですか」

「本当に、お前はいつもいつも僕をそうやってはぐらかす」

 二人の姿は、次第にカウンター側からでも見れる位置にまで進んでいた。

「せっかくだからどれか読んでみたらどうだ?あれなら僕がいいのを選んであげよう」

「榎さん。洋書、読むんですか?」

「いや、さっぱり」

 はっきりと言い切る榎さんと呼ばれた男に全員があきれ返る。

「しかし僕はこの中から京極が気に入る本を選ぶ事ができる。なぜなら僕は神だからさっ!―――て、京極っ!」

 ご丁寧に決めポーズまで決めているというのに、横にいたはずの男―――京極と呼ばれていた―――はいつの

間にか別の本棚へ目を走らせていた。

「騒がしい客だな」

「えぇ。ですけど別に他にお客さんがいるわけでもないですし」

「俺は客じゃねぇのか?」

「え?KKさんは―――」

「悪ぃ。ちょっと虐めすぎたな」

 親が子どもにするように頭をぽんぽんと叩く。

「冗談だ」

「もうっ。KKさんが言うと冗談に聞こえませんよ」

 怒りながらも触れてもらった事に対して笑みが漏れる。

「こら、京極」

「店内では少しぐらい静かにしたらどうです?」

「僕はこれでも静かにしているつもりだ」

「―――そうですか」

 と、適当に流していた視線がある一冊の本に標準を合わせた。

「何かあったかい?」

「あぁ」

「どれ?」

「あれ、なんだが」

「ん?―――あ、あれか。僕も題名ぐらいは聞いた事がある」

 本は見つけた。だが、京極はそれから行動に移らなかった。

「京極?」

「何です?」

「どうして黙りこんだままなんだ」

「それは―――」

「あ、もしかして」

 ぽんっと手を叩く。

「本の位置が高くて届かないとか?」

「―――あぁ」

 機嫌悪そうに答える。

「そうか、そうか。身長が足りなくて届かないとは。そうか、そうか」

「しつこく繰り返さないで下さい」

「仕方が無い。神の僕が手を貸してやろう」

 といって京極が届かないと判断した本を軽々と引き抜く。二人の身長差はそう目立つほどではないが、その数セ

ンチが二人を可能と不可能に分けた。

 機嫌を悪くしながらも素直に本を受け取る。

「礼は言いません」

「素直じゃないな、京極は」

「知るか」

「―――じゃ」

 ベルはふとしたつもりで二人の会話を聞き、姿を見ていた。別に、次の瞬間を見たいわけでもなく。

「!?」

「これで少しは素直になるかな?」

 一瞬触れていた唇を離し、視線を合わせる。しかし―――

「いい加減にしろっ!」

「ぐはっ」

 本の角が見事に男の頭に突き刺さる。

「きっ、京極……」

「お前が払っておけっ」

「ーっ―――君は?」

「帰る!」

 騒音を撒き散らし、店から出て行く。勢いよく閉められたドアはぶつかり合い、硝子が震え上がった。

『――――――』

 誰もが黙り込んでしまった。

 男は去って行った京極の見えなくなった後ろ姿を見つめ、ベルはまだ顔を赤くしたまま無事割れなかったガラスを

見つめ、KKはただどうでもよさそうに男を視界内に入れている。

 最初に動き出したのは男だった。

「―――少し調子に乗りすぎたか?」

 まだ痛む頭をさすり、突きつけられた本を手にしてカウンターへと重い足取りで歩く。

「すみません。これ」

「あっ、はい」

 表情を見られないように俯いたまま仕事を済ませる。それはいつもより手際がよく、シールを貼って相手には悪い

かとは思ったが突き出す。

「ありがとうございましたっ」

 本を受け取った男は駆け足で店を後にした。今度は静かにドアは閉められ、足音が遠ざかっていく。

 騒がしかった店内に静寂が訪れ、高かった人口密度も減った。

「何だったんだ?」

「さぁ?」

「―――さて」

 カウンターから席を立ち、帽子をかぶり直す。

「帰るんですか?」

「あぁ。お前は?」

「あたしはまだ時間が……」

 本当なら一緒にいたいと思うが、それはワガママだろうと思って胸の内に秘めておく。

 立ち上がって少し視線を宙へ漂わせる。

「ベル?」

「はい―――っ!」

 再び沈黙。それはたった数秒の出来事だったが、ベルにとっては目がくらむほどの長時間に感じた。

「じゃあな」

 爽やかに別れを告げ、痛々しい仕打ちをされたドアを優しく閉めて出て行く。

 残ったのは、ベル一人。

 身体が自由を取り戻したのはKKの姿が丁度見えなくなってから。重い腕を上げて、まだ温もりを感じる唇にそっ

と指を当てる。同時に赤くなる顔。

「―――もうっ」

 誰も居ない店内で一人、ベルは幸せを噛み締めるように目を閉じた。


もういつもゆっとるかもしれんけど、一体何が書きたい自分っ?

ちなみに今回のタイトルをもう一度。

『Aアシュユリ+Kベル。古本屋繋がりで京極堂ゲスト出演。勿論榎京。
 榎木津と中禅寺のラヴラヴを見せ付けられたベルの心に変化の兆し!?
 アッシュの頭が砂糖で占められた時、禁断の扉が今開く。
 ――二人のKK。隠された秘密。神の名前。ユーリの言葉が届く時―――!!
 「僕は神ダっ!」or「てめェら全員なってねェっスッ!」』 

―――長いね。

長いよ、ひさぎ(涙)。

つか今回のご注文……厳しすぎ。

書いとって涙でてくっよ、ほんま(笑)。

つか京極と榎さん書く為に京極堂ウェブリンクを流れて小説読んで調べたぞっ(汗)。

よくやった自分、よく途中で死ななかった自分。

そんな自分に拍手を送ろう(死)。

さて―――もうえぇ?(涙)

02.8.29

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