「タイマーなんか大嫌いっ!」

「僕もニャミちゃんなんか大嫌いだっ!」

 それは、本当に些細な喧嘩だった。

「何だよっ。タイマーってばいつも仕事仕事って」

「仕方が無いじゃん?今は一番忙しい時期なんだからっ」

「だからって一ヶ月前から約束してたデート、今になってドタキャンするっ!?」

「っ!それについてはもう謝ったじゃないかっ。それに、あれは本当に急な仕事なんだってっ」

「やっぱりあたしより仕事の方が大事なんだっ」

「だーっ。どうしてそうなるかなぁ?僕達は芸能人なんだよ?歌手なんだよ?」

「だけどそれ以前にあたし達は恋人同士だよっ」

「なら分かってくれたっていいじゃないかっ。忙しいのはニャミちゃんも知ってるだろっ?」

「知ってるけどっ―――」

「今度オフが取れたら絶対にニャミちゃんの為に取っておくから」

「今度じゃ駄目なのっ!!」

「―――なんだよ。自分の立場が悪くなってきたからって泣くなんて、卑怯だよ」

「ひっ!?あたしそんなつもりで泣いてるんじゃないよ!あたしは、あたしは―――!」

 そこまできて、とうとう二人の怒りは堤防を破壊した。

 

「それで今に至るんだ」

 重い溜息をつき、計三十分には達しただろう物語を主役であるニャミは打ち切った。

 その長い話を飽きずに聞いていた女達は狭いリビングを埋め尽くしていた。一人暮らしだけあってあまり椅子は

無く、大半がカーペットの上に腰を下ろしている。彼女達はまるで誰かが合図したかのように揃って同じ行動をとっ

た。

『はぁ』

 ニャミの溜息に負けず劣らずの飽きれ返った溜息。

 その声に目を伏せていたニャミは顔を上げた。

「何?何、みんなして「はぁ」とか溜息つくのっ?」

「いや、だってさぁ」

 ま傍で話を着ていたミミが答える。

「どっちもどっちだなって思って」

『うんうん』

「どーしてみんなそこで納得するのーっ?」

「いや。多分百人に聞いたらみんなそう答えると思うよ」

 ねぇ、と付け加え、マリィはメンバーであるジュディとアヤに視線を向けた。

「喧嘩の内容が内容だからなぁ」

「見方変えたらそれ、のろけ話って言わない?」

『言う言う』

「違うって!」

 力ある言葉で反論するが、話を聞いてもらう為に集めたメンバー全員に否定された。

 都内某所、ほどほどに値の張るマンションのとある一室。その部屋の主であるニャミに呼ばれ(召喚され)、顔見

知りメンバーが久しぶりに集まった。

 一番お気に入りの椅子に腰掛け、ぷくっと頬を膨らます。

「どっちにしろ、悪いのはタイマーなのっ!」

 その台詞に一同は声を殺して溜息をつく。

 あの長ったらしい物語を語る前から、ニャミはその言葉の一点張りだ。そして理由を聞けば―――あれだ。

「でも、そんなに言ったら彼が可哀相よ」

「サナエちゃん」

「そうそう。芸能人は忙しくて当たり前なんだし」

「リエちゃんまでぇ〜」

「あのぉ、ニャミさん?どうして今回はこんなに粘るんですか?」

 少し控えめだが、透き通る声が皆の視線を集める。

「ニャミさんとタイマーさんの口喧嘩といったらいつもの事ですけど、こんなにメンバーを集めて愚痴るなんて初めて

 じゃないですか。一体何が―――」

「だって!!」

 突然の大声にモエは言葉を飲み込んだ。大きな瞳を一段と大きく、丸くし、涙目になりかけているニャミを見やった。

「だってだってだってだって!」

 怒りがこもる。ぎゅっと握り締めた拳が痛いのに、別の涙が零れ落ちた。

「あの日でなきゃ駄目なんだよっ。あの日でなきゃ―――!」

 絶叫に近い悲鳴に、理由を知っている数名は目を伏せずにはいられなかった。

 

「それで今に至るんだよ」

 スタジオで唯一腰かける事のできるパイプ椅子に座り、タイマーは長ったらしい話に終止符を打った。

「―――で?」

 あまり長くない沈黙を破る簡単な言葉。

「もしかして、それが今日の録音が上手くいかなかった理由?」

「うっ。そうだけど―――」

「下らない」

 鋭い台詞がタイマーの胸に刺さる。視線はキっとすぐに声の主へ向けられた。

「ユーリさんっ。いくらなんでもそれは酷いよっ」

「そうっスよ、ユーリ」

 タイマーに続き、アッシュがフォローに入る。

「タイマーさんだって好きで喧嘩したわけじゃないんスから」

「好きでやってたらそれはそれで面白いんだけどねぇ」

「スマっ!」

「―――どっちにしても」

 一度発言したわりには忘れかけられているアイスはもたれていた壁から離れ、嘆息交じりに呟く。

「それが理由だって言うなら、僕も下らないって思う」

「アイっ―――」

「タイマー。君は自分が何だか分かってる?」

「何って―――」

「芸能人!歌手!アイドル!そんな理由で歌えないなんて言ってられない立場なんだよっ!」

 タイマーを除いた全員が頷く。

 都内某所、次のシングルに向けてタイマーは丁度録音中だった。だが録音はあまりうまくいかず、プロデューサー

であるアイスの一言で今日は中止となり、明日へと続きは持ち越しとなった。そういう事はあまり珍しくはないが、タ

イマーが少し調子が悪いとの話を聞きつけ、同じスタジオで録音していたメンバーがこうして一つのスタジオで顔を

見合している。

「タイマー。確かに恋愛は自由だよ。だけど、その前に周りの事を見直した方がいいよ」

「―――だけど」

「タイマーさんとニャミさんは素直じゃないですよね」

「本当本当」

 室内だけあってか、トレードマークのサングラスを外してスギレオが声を合わせる。

「恋人同士なんだから少しは互いに話し合ったらいいじゃないですか」

「そうそう」

「話し合いならしたよっ!だけどニャミちゃんがっ!」

「―――なぁ、タイマー」

 今まで黙り込んでドアにもたれていたショルキーがやっと声を発する。

「お前、その日が何の日だか―――分かってるのか?」

「その日って、な〜に?」

「タイマーさんがドタキャンしてしまった日の事っスよ、スマ」

「その日って……」

 指摘されて初めて考える。

『ねぇ、タイマー?』

 その日を差し押さえたのはニャミだった。何か物をねだる子どものようにその日にデートしようと、珍しく向こうから

言ってきたのだ。タイマー自身は、たまにはそんな事もあるかと思って深くは考えなかった。

「何か、あったっけ?」

「―――これは、タイマーが悪いな」

 答えを聞き、低い声が返事を返す。

「どっ、どうして僕がっ!?」

「この前、ジュディ達の仕事があって少しあいつらと話をしたんだ」

 まったく関係のないような話を突然しだす。

「確かにあいつらはいつも元気だが、何故かその日はいつも以上に何か活気に満ち溢れるものがあった。そこで

 聞いてみたんだが―――」

『ショルキーさん、知らないんですか?』

『知らないから聞いているんだが』

『きゃはは。そりゃそうだよね♪』

『こらっ、アヤ!』

『あはは……ゴメン』

『それで?』

『あ、そうそう。ショルキーさん、あのラブラブ夫婦は知ってますよね?』

『ん?誰の事だ?』

『タイマーさんとニャミさんの事ですよ』

『それでぇ―――ふふっ♪』

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 話を最後まで聞かずにタイマーが雄叫びを上げる。やっと思い出したのだ。どうしてニャミがその日を指定したの

か、どうしていつもにも増して怒っていたのか。

「思い出したっ!その日って―――」

 

『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!記念日!!?!?!??』

「―――そう」

 時間をかけてニャミはコクンと頷いた。

「その日はタイマーに告白された―――記念日なの」

「それはタイマー君が悪いっ!」

 と、今事実を聞いたリエが声を張り上げた。

「リっ、リエちゃんっ?」

「だよね、だよね。あたし、間違ってないよね?」

「当たり前よ。仕事は百歩譲って仕方が無いとして。さっきの話じゃタイマー君、記念日自体忘れてるみたいじゃな

 いっ!?」

「そーなのっ、それが問題なのっ!」

 目の前にある机に握り締めた拳を叩きつける。木で作られたわりと丈夫なものだが、足の付け根辺りが一瞬軋

みを上げた。

「あたしもね、記念日の事を覚えてたら少しは許す気だったよ。だってあたし達、忙しいのは仕方がないんだから。

 なのにっ!」

 再び机が攻撃を受ける。

「タイマーったら、それ自体忘れてるみたいなのっ!」

「いくら二人が喧嘩しすぎる事があると言っても」

「今回はタイマーが悪いよね」

「そうそう」

「あっ、そのっ、でもっ。もしかしたらタイマーさん、わざと忘れた振りをしているんじゃ―――」

 モエの一言で全員が黙り込む。そして脳裏に浮かぶのは、あのボケキャラとしかいいようのないタイマー。

 可愛らしい耳をピクピクさせ、ニャミが窓ガラスを破壊する勢いで雄叫びを上げた。

「絶対に覚えてないよっ!!!!」

 

『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!記念日!!?!?!??』

 やっと思い出した単語を口にしたタイマーに降りそそがれたのは、フルボリュームの叫び声だった。

「タイマーさん。それはヤバイよ」

「女の子は『特に』そういうのに五月蝿いからね」

「ニャミさんが怒るのも仕方が無いっスよ」

「ニャミちゃん可哀相〜」

「―――愚かな」

「これではっきりとしたね」

 名前通り冷たい瞳がタイマーを睨みつける。

「今回は。タイマー、君が悪いみたいだね」

「―――うん」

「それで。これからどうする気なんだ」

「―――どうしよう」

「どうしようじゃ済まされないよ」

「多分。今頃リエちゃんやサナエちゃん達を呼んで愚痴ってると思うよ」

 

「ニャミちゃん、これはタイマー君が謝るまで折れちゃ駄目だよっ」

「勿論そのつもりだよ、リエちゃん」

「うわー。なんか凄い事になってる」

 燃える二人を横目にミミが呟く。

「止めなくていいの?」

「リエちゃん。あぁなると誰にも止められないの」

「ミミ。ニャミちゃんを止める方法は?」

 問い掛けるマリィに肩を竦めて答える。

「こっちも無理。こうなったらニャミちゃんが納得するまで放っておかないと」

「だっ、大丈夫なんですかっ?」

Maybe.多分ね」

「ま。どうせ?タイマーが先に折れるだろうし」

「あ。それ言えてる」

「タイマー君。絶対に将来、尻に引かれるタイプよね」

「ともかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁくっ!!!」

 ダンっと響く音に振り向くと、そこには叩き続けていた机に片足をかけたニャミの姿があった。

「タイマーが思い出すまで、いっっっっっっさい話しないんだからっ!!」

「その勢いよ、ニャミちゃんっ!」

 完全に二人だけで盛り上がっている。呼び集められたメンバーは顔を見合わせ、重い溜息をついた。

 と、その時だ。

「あれ?」

 五月蝿い電気音に誰もが顔を上げる。

「―――電話?」

「みたいですね」

「ニャミちゃん電話ぁ」

「分かってるって♪」

 やる気になってテンションだ高まっているのか、軽い足取りで電話へと駆け寄る。芸能人という事もあって電話は

当たり前のようにナンバーディスプレイで、登録してある相手の名前が表示されるようになっている。これから繰り

広げるであろう戦いに向けて気持ちを固めていたニャミは、珍しくそれを点検せずに受話器を取った。

「はい、もしも―――」

 

「ニャミちゃんっ、ゴメンっ!!」

 相手が誰かも確認せずに叫ぶ。

『えっ、えーっと』

「本当にゴメンっ!記念日の事忘れててっ!!」

 ポっプンパーティ非売品のストラっプが揺れる。

 携帯の向こうで小さく「あ」と呟く声が聞こえた。

『タ、タイマー―――?』

「謝って許してもらえるとは思わないけど本当にゴメンっ!!」

『えっ、あっ、そのっ―――ふんっ!』

「ニャミちゃんっ」

 涙声になりながらつい視線を周囲にいるみんなに向けてしまう。

 

「―――誰から?」

 問われて目線だけで答える。

「というか、あんだけ叫んだら」

「十分みんなに聞こえてるよね」

「で?これからどうするの?」

 答えるようにぷいっと顔を明後日の方向へ背ける。

「―――駄目そうね」

「タイマー。今回は大変だろうな」

「まぁこれは自分が蒔いた種ってやつでしょ」

「それもそうね」

『ニャミちゃん?』

 彼の問いかけにすら答えず耳だけを澄ませる。

『今回は本当に、ゴメン。謝って許してもらえるとは思わないけど。ゴメン。今はそれしか言えない』

「―――タイマー」

 真剣な彼の言葉に自然と言葉が漏れる。

『ゴメンっ!だからっ、そのっ』

「タイマー―――ん?」

 と、ニャミは受話器の向こうから無数の声が聞こえたような気がした。周囲のみんなに黙るよう指示し、受話器に

意識を集中させる。

『えっと……ぁぁ。そうっ。今度っ。ぇ?う、ううんっ。その日に』

「タイマーっ」

『えっ?何?』

 まともに名前を呼んでもらったのが嬉しいのか、タイマーの声が明るくなったように聞こえた。しかし、発言者側の

こめかみにははっきりと見えるほど青筋が浮いている。

「そっちに誰が居るの?」

『えっ?』

「もしかして、誰かに教えてもらったんじゃないでしょーねっ!」

『そっ、それは―――』

 言葉が段々曖昧になってきたタイマーに確信がもてた。受話器を握り締める手に力が入る。

「タイマーのバカっ!!!!どうして思い出してくれなかったのっ!!!」

『あっ!まっ、待って、ニャミちゃ―――』

 相手の弁解を聞くより早く、力任せに受話器を電話に叩きつけた。

 

 携帯はニャミの轟く大声を発したかと思うと、次にはプープーと聞き覚えのある電子音を漏らした。

「切られてしまったっスね」

「あ〜ぁ♪」

「莫迦が」

「こりゃ強いよぉ、ニャミちゃん」

「ほらほら。乙女心(ハート)って複雑だって言うしね」

「難しいな」

「タイマーってホント、バカ正直だよね」

 周囲のメンバーは言いたい放題言っているが、当の本人は自然と機械音を止めた携帯を片手に固まっている。

例えるならばフリーズしたPCといったところだろうか?面白がってスギレオが突っついてみたりするが、それでも

反応は無い。

 

 約束の日まで、あと三日。


タイマーとニャミのモデルの方々が離婚しましたぁ。

そのニュースを見て書いてみた。

いや、ただの喧嘩ネタやで?こっちじゃ。

それにしても何故か続き物に(汗)。

ま、いけど。

今回は女性群にモエちゃん出してみましたぁ♪

もう一人で大喜び。

誰か止めて下さい(無理)。

02.9.1

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