ベル自身にも少しばかり分からない事が昔から一つだけある。

 それは時たまに自分の記憶が曖昧のような気がする時だ。

 確かに記憶の中ではやったというのに、何故か心の何処かで違うという感情がある。

 矛盾。

 別に生活に支障がでるような事ではないので、この事は誰にも言っていない。それに日本に来てからというもの、

その状態に陥った事がない。

 最初は生活の環境に問題があったのかもしれないと思い直した。

 しかし、引越しする際に持ってきた荷物の中にあった鍵のかけられた謎の箱を見ると、それは本当に勘違いなの

だろうかと再び疑ってしまう。 

 

無人の事務所。まだ湯気の立ったコーヒーが、今さっきまでそこに誰かが居た事を告げている。

「―――何じゃって?」

 いや、そこに人は居た。

 普通の日常だというのに気配を消し、深くパイプ椅子に腰かけている。片手は携帯を耳に当てていて、空いている

手でコーヒー入りのコップを引き寄せる。

「その話、本当なのか?」

 背中に髑髏のイラストが入った茶色の清掃服を着込んだ男は、携帯の向こうに居る相手に問うた。

 返事はただ一言―――Yes.

「そうか。『あいつ』が、とうとう日本に来たか―――あぁ。噂にはこっちでも聞いていた」

 乾いた喉を潤すようにコーヒーを流し込む。

「さっそく今日にでも接触してみる。うまい事いけば―――分かっておる。手におえないような猫はすぐにでも処分、

 だろ?そうならないように、こちらもそれなりに頑張らせてもらうよ」

 携帯から漏れる相手の笑い声。付け足すように別れの言葉を告げる。

「それじゃあ」

 シワの目立つ指が電話を切る。それと同時に事務所のドアが勢いよく開けられた。

「G。やっと済んだぞ」

「ん?そうか。じゃあ、今日はもう上がっていいぞ」

「分かった―――で?これ以降の仕事は?」

「いや、今日は無い」

 会話を交わしながら携帯を決めたポケットにしまいこむ。

 男は使っていた掃除道具を片付けながら、その動作を見逃しはしなかった。

「誰かと話してたのか?」

「ちょっとな」

「はぁ」

 どうやら仕事の電話ではなかったらしい。でなければ、こう誤魔化す事は無いからだ。

「明日の仕事は?」

「まだ分からん……ま、いつも通りに来てくれればいい」

「了解」

 片付けを済ませ、入ってきたドアへ戻る。

「―――じゃ、また」

「あぁ」

 短い別れの言葉。

 青い清掃服の男はウォークマンの音量を上げると、事務所を後にした。

 

「じゃあ、また明日来ますね」

 いつも言っている言葉。

 金髪を夜風になびかせ、少女は店から出た。

 今日は土曜日。朝からいつも通りサナエと勉強会を開き、午後からは珍しく店に出てきた店長と本の整理。気付

けば忙しかったわけでもなく夜になっていた。

(明日が日曜でよかった)

 少し速い足取りで住んでいるアパートへ向かう。

 疲れているだろうという事で明日の出勤はいつもより少し遅くていいと店長は帰り際に行ってくれた。これで疲れ

た身体を引きずりながら働かなくてもいい。

「さてっ。見たいテレビの為に早く帰らな―――」

 言葉を最後まで声にする事は出来なかった。

 背後から伸びた両腕。気配などこれっぽっちとして感じない。それ以前に一般人であるベルが気配など感じ取れ

るわけがなかった。手に握られているのは白いハンカチ。幽霊のような手はベルの動きを止めると、ハンカチで口

を押さえつけた。

「んっ!んっ…ん―――」

 暴れる暇もなく身体が力を失っていく。

 Gは自分に向かって倒れてくるベルを優しく抱きかかえた。腕の中で少女は規則正しい寝息を漏らしている。睡

眠薬がちゃんと効いたようだ。

 いくら夜で人目が無いと言っても、このまま抱きかかえたままでは妖しい人に見間違えられてもしょうがない。少

し引きずる形でベルを裏路地へ引きずり込む。

「―――起きろ」

 声を押し殺し、軽く頬を叩く。

「―――起きろ。Ms.B」

 名前に反応し、ベルの目元が引きつった。

 眠りから―――醒める。

「―――誰。あたしの名前を呼ぶのは?」

 薄桃色の唇が色っぽい声を紡ぐ。目を開け、翠色の瞳に闇を取り込む。その中から浮かび上がったのは、年老

いた老人の顔。少なからずMs.Bと呼ばれた少女の表情は警戒の形へ変わった。

「見た事の無い顔ね。どうしてあたしを知ってるの?」

「あんたの名前は噂だけだが日本でも聞いておる。わしの名前はMr.G」

「つまり、同業者なのね」

「そういう事じゃ」

 Bは薄気味悪い笑みを浮かべると抱かれていたGの腕から逃げるように立ち上がった。

「それで?一体あたしに何のよう?」

「何、簡単な事じゃ。日本でも仕事をする気はないか?」

「仕事の依頼?あたしの仕事は一体何?報酬の方は?」

 少しぎこちない動きだが細い指で髪を梳き、視線だけをGに向ける。

「あんたに頼みたいのは向こうと同じじゃ。こっちに居る奴のサポートをしてくれればいい。報酬も同じじゃ」

「へぇ。わりといい話じゃないの?」

「引き受けてくれるのか?」

「えぇ。日本に来てから丁度暇だったのよ―――しっかりと相手を死に突き落とす為の完璧なルートを捜してあげる」

「頼もしい言葉じゃな」

「それで?いつから働けばいいのかしら?」

「出来れば明日から頼みたい」

「急な話ね」

「無理か?無理なら別に次からでいいが」

「いいえ。構わないわ」

 肩にかかる髪を払いのけ、路地の外へと歩き出す。

「『あたし』の用事なんか、あたしには関係ないもの」

「そうか。なら明日の朝、西新宿の●●ビルまで来てくれ」

「朝?」

「相方(パートナー)に紹介する時間が必要じゃないか?それと情報を整理する為の時間もだ」

「そんな事、別に数時間あれば出来る事だけど―――まぁ、いいわ。久しぶりの仕事だから、少しずつ感を取り戻

 すには丁度いいわ」

「じゃあ、明日」

「明日会いましょ」

 少し底の厚い靴が音も立てずに地面と触れる。

 裏路地から出ると心なしか月の位置が高くなっていた。

 月の輝きを奪い取ったような髪がなびく。

「さて。早く帰りましょうか―――『あたし』が見たいテレビの為に」

 

 部屋のドアを閉め、鍵をかける。

「―――あ、あれ?」

 そこまでの動作を済ましてからベルは首をかしげた。

 一体どうやって帰ってきたのだろう。いや、見たいテレビがあるから少し駆け足で急いで帰ってきたのは覚えてい

る。なのにそれが自分の意思でやったような事ではない気がしてならない。

「―――また?」

 日本に来て収まったと思っていたのに、それは勘違いだったらしい。

 と、ベルは突然誰かに囁かれたような感覚に襲われた。しかし、その誰かが誰なのかは分からない。なのに身体

は自然とその命令をこなそうとしていた。

 親機と子機を兼ねた電話の受話器を取り、覚えいる番号を押していく。

「―――あ。店長さんですか?ベルです……あ、はい。ちょっと明日の事で…えぇ。実は用事が入ってしまって……

 …すみません。じゃあ、次は月曜に行きますから……はい。では、失礼します……はい、お休みなさい」

 短い会話を済ませ、受話器を元に戻す。

 これで明日はバイトも無く一日休みだ。

(けど、明日の用事って一体―――)

 自分の口で自分で考えた言葉を言ったというのに、大事なところが思い出せない。

「―――まぁ、いっか。せっかくなんだし、明日は部屋の片付けでもする事にしよ」

 深く考えようとはしない。正しくは記憶の中に霧でもかかった様に深く考える事が出来ないのだ。

 ベルは矛盾な気持ちを抱いたまま、その日は見たいテレビも諦めて早く寝る事にした。

 

 朝は思ったより早く訪れた。

 閉めきったカーテンの隙間から漏れる光。目を刺激され、深い眠りから覚める。

「―――んーっ、んぁ」

 まだ少し寝ぼけたような声。ゆっくりと上半身を上げ、確認するように両手を動かす。

「大丈夫のようね」

 唇の端を釣り上げる。

 布団を退け、ベッドから下りる。黄緑のスリッパを履いて少し駆け足でクローゼットに向かう。開けるとそこらか顔

を出したのは綺麗に整頓された荷物の山。そこに目的の箱はあった。

「これを見るのも久しぶりね」

 鍵を口元へ運び、口の中で囁くように呟く。

 小さく鍵の外れる音が静かな室内に響いた。

 蓋を開け、中に入っている物を確認してから洗面台へ移動する。

 最初に顔を洗う。ちゃんと洗顔を使い、洗濯したタオルで水分を拭き取る。次に髪を梳く。元からくせっ毛でもなく、

滅多な事が無い限り絡まない髪は櫛に引っかかる事は無い。

「じゃあ、準備を始めましょうか」

 持ち出した荷物は二つ。

 小さなケースに入れられたコンタクトを取り出し、慣れた手つきではめる。それでも最近はめてなかったせいか目

に違和感を感じてしまう。

 一度手を拭き、最後に黒いウィッグを被る。目立つ金髪を隠し、同じ髪型の別人に姿を変える。

「これで完璧ね」

 そう呟いた少女は自分の姿に満足した。服装はまだ寝間着だが、眠気を切り捨てた顔は黒髪碧眼と絶世の美女

だ。

「おはよう。Ms.B」

 

 ガチャリと音をたて、事務所のドアを開ける。空調管理のしっかりとされた室内から漏れ出したのは少し鼻をつく

ブラックコーヒーの香り。

「来たか」

「G。今日の仕事は?」

 この二人に朝の挨拶など無い。

 ウォークマンの音量を下げ、空いている椅子に腰をおろす。

「『掃除屋』の仕事が入った」

「―――了解。それで、標的(ターゲット)は?」

「待て」

 話をせかすKKにストップをかけ、飲みかけのコーヒーを飲む。

「今日からお前は相方をつける」

「相方だぁ?どうしてそんなのを今になって?」

「いや。お前が一人で十分殺れる事はわしが一番知っている。だからこそ、お前にあいつを見てもらいたいんじゃ」

「あいつ―――?」

「何。すぐに来るだろう」

 底に残っている特に濃い液体を飲み干す。

 それとタイミングはほぼと同じだった。

 少し控えめにドアをノックする音。

「やっと来たか―――開いてる。入ってこい」

「―――えぇ」

「?」

 ドアの奥から聞こえてきた声にKKは微かに眉をひそめた。その声に聞き覚えがあるからだ。

 ゆっくりとドアノブが回転する。

 小さな音をたててドアが隙間を開けた。底の厚い黒靴が顔を出す。

「ちゃんと来たわよ、Mr」

「!?」

 現れた少女にKKが言葉を失う。

「KK、紹介する」

 何も知らないGは少女の横に立ち、彼女の肩を叩いた。

「フランスでは有名なMs.Bだ。つい最近日本に来日したと聞いてな」

「あら?貴方は」

 Bは少し驚いた表情を浮かべると直ぐに唇の端を釣り上げ、KKの傍へと近づいた。

「初めましてMr……それともお久しぶりと言った方がいいかしら?」

「お前。やっぱりっ―――」

「おはようございます、KKさん」

 天使の微笑み。

 KKは胸の中でBが知り合いの少女で間違いない事を確信した。

「なんだ?お前ら、知り合いだったのか?」

「あっ……あぁ」

「ちょっとしたきっかけで、でね」

「まぁそっちだけの会話なら後にしろ。なら自己紹介はもう必要ないな。じゃあ仕事の方に話を移らせてもらう」

 二人から離れ、机の上に置きっぱなしになっていた書類を乱暴に掴んでKKに手渡す。

 まだBの事が気になりながらもGから書類を受け取る。いつも通り標的の写真と細かな情報(データ)が書かれた

物だ。

「こっちの調査結果じゃ今晩標的は現れる。それを逃すな」

「―――了解」

「分かったわ、Mr」

 心なしかKKの声は曇りかかっていた。

 

 じゃあこれから仕事に行ってくると言ってGは事務所を後にした。

 二人だけの空間にコーヒーの香りだけが残る。

「じゃあ、さっそく仕事に取り掛かりましょうか」

「―――それより話がある」

「何かしら?」

 力無いKKの手から書類を奪い取り、片付いた机の上にそれらを広げながら問い返す。

 KKはまだ椅子に座ったままだ。視線だけをBの背中に送る。

「お前、一体誰なんだ?」

「あら聞いてなかったの?あたしの名前はMs.B。まぁ簡単にBと呼んでくれればいいわ。あたしもKKと呼ばせて

 もらうから」

「違うっ」

「―――何が?」

「お前。本当は……」

「KKさん?」

 言葉がうまく出てこないKKの背中を押したのは透き通った声。掃除屋の眼になりかけた視線を声に向ける。

「やっぱり」

「説明が少し足りなかったようね。いいわ、どうせ時間はあるし―――こんな仕事、一時間もあればすぐに出来るわ」

 握っていた書類をパンッと机に叩きつける。

「あたしの名前はMs.B。ま、それはこの人格だけの名前だけだけどね」

「人格だと?」

「えぇ。確かにあたしは貴方がよく知ってる子よ。なんだか仲がいいみたいね?表には出れなくてもこの子を通して

 あたしも色々見たり感じたりする事はできるのよ」

「て事は―――お前」

「多分貴方が予想している通り。あたしはこの子の二重人格の人格」

「―――あいつはお前の事を知ってるのか?」

「全然?ちゃんとあたしがこの身体を使っている時の記憶は偽物を植え付けるようにしてるし、本人もあまり深く考

 えてないし。正しくは深く考える事ができないんだけどね。さて、自己紹介はこんな感じでいいかしら?」

 本人はそれで満足したのか、再び書類に目を落とした。

 ただ一人、KKだけがまだ事態を珍しく把握していない。

(―――マジでこいつが、あいつなのか?)

 KKが知っている少女は月のような金髪、青々とした草花が芽生える春を思い出させる翠緑玉。飼い猫である黒

猫を大事に抱いていた、まるで百合のような少女。なのに、今眼の前にいるのは漆黒の闇を思い出させる黒髪、

深い海をくり貫いた青玉の瞳。まったく逆の黒百合の少女。似ても似つかない二人だというのに双子のように瓜二

つ。そう考えると結論は一つ。少女が同一人物だという事だ。

「あの髪は?」

「ウィッグよ。ちなみに瞳もね、カラコンを入れてるの」

「―――そうか」

「それにしても貴方が相方だなんて、驚きだわ」

「俺もだ」

「ふふっ。なんだか長い付き合いになりそうだけど、ヨロシクね」

 微笑みかけるBの笑顔は、やはりあの少女とは何処か違っていた。

「あぁ。よろしくな」

 KKは自分の中で二人の少女を別物扱いする事を決めた。

 

「じゃあいい?ルートはこの通りで進んでね。目的地に到着時間は1200。その一分後に標的は現れるわ」

「無駄の無い計画だな」

「あたし、無駄って言葉嫌いなの。だからつねにきっちりしたルートを考えるの。問題はそれをこなしてくれる人が

 居ないって事―――だけど、貴方なら出来るわKK。貴方ならあたしのルートを全て完璧に通る事ができる」

「ま、それなりに頑張らせてもらうよ」

 闇が訪れた夜。

 場所は目的地から少し離れた人気の無い公園。闇に溶け込んでいる二人の姿を肉眼で発見する事は常人には

不可能な事だ。

 いつもの青い清掃服から仕事用の黒に着替え直したKKが立ち上がる。その手には小型な鞄が握られている。

中身は分解された仕事用ライフル。ここ数年ずっと一緒にいる本当の相方だ。

「何かあったら携帯の方にかけるわ」

「了解」

「じゃ、あたしは逃走ルートの途中で会うって事で」

 そう言ったBは朝のままの服装だ。どう見てもこれから掃除屋の仕事にいくようには見えない。

 音を消した舌打ちをし、勢いよく地面を蹴り上げた。

 

 目的地に着いたのは丁度1200。あまり余裕のない時間内にバラいてあるライフルを組み立てていく。

(―――来た)

 呟いたのはBが宣言した通り一分後。彼女の計画は完璧だとKKは素直に認めた。

『だからこそ、お前にあいつを見てもらいたいんじゃ』

 Gが朝言っていた言葉を思い出す。

(だが、俺はまだあいつを―――Bを信じたわけじゃない)

 スコープ越しに狙いを定める。引き金を絞り込む。防音装置(サイレンサー)が通常なら五月蝿いはずの音を吸い込む。

 仕事は瞬きをする間もなく、終了した。

 

 手馴れた手つきでライフルをもう一度バラき、少し早歩きでビルを下りていく。それでも鉄板でできた階段に足音が

響く事は無い。

 指定された裏口から出ると大きな月が顔を出した。

 頭の中に記憶したルートを思い出し、その通りに走る。複雑な裏路地を曲がっては進み、進んでは曲がる。確か

にこれならもし追っ手に追われていたとしても簡単に巻けるかもしれない。

 いくつ目かの角を曲がる。すると目の前に現れたのは一人の少女。手が自然と腰にかけてあるハンドガンに伸び

る。

「―――と。お前か」

 逆光ではあったが、少女の黒髪が印象深かっただけあって間違えはしなかった。警戒心も少し収まる。

「どうした?あぁ、そう言えば逃走ルートの途中で合流だったな。じゃあ早く行くぞ―――?」

 言葉の最後が疑問系になる。いくら彼女が無表情の無反応だとしても、一言も返事を返さないのはおかしい。

「おい、B。聞いてるのか?早く―――っ!」

 無言のまま動いた彼女は、彼女ではなかった。手に握られているのはハンドガンよりひと回り小さな小型銃。隠密

行動や女が使うのには丁度いい物だ。その銃口がKKに向けられている。

(―――結局こうなるのかよっ)

 最初からBの事は信用していなかった。だからこう裏切られる立場になっても、別に驚きなどはしない。戻しかけて

いた手をもう一度ハンドガンへ伸ばす。

(早撃ちなら―――)

 ベルが引き金に指をかける。

(誰にも負けねっ!!!!!!!!)

 防音装置の音。

 呻き声が一言だけ漏れる。

 男の身体がその場に崩れ落ちる。

 月光の下、広がっていくのは紅色の液体。

「―――ったく。本当に仕方が無いんだから」

 嘆息をつき、まだ硝煙を漂わせている銃をスカート下に隠していたホルスターにしまう。Bは笑みを浮かべたまま

死体へと近づいた。手にはハンドガンが握られている。

「殺し損ねたわね―――ふふっ。お馬鹿さん♪」

 うつ伏せに倒れた死体の脇腹を蹴る。少し重いがなんとか顔を見れるように仰向けに状態が変わる。

 Bの表情が子悪魔の笑みにへと変わる。

「ほんと、情けない顔」

 肩越しに声をかける。

「こんな馬鹿な男につけられてたのに―――気付かなかったの?KK」

「―――B」

 引き金に指をかけた状態で固まっていたKKが搾り出すように声を出す。引けなかった。早撃ちなら勝てるというの

に、初めて相手に対して躊躇してしまった。

「それにしても、まぁこの男もよくやったわ。このあたしのルートを追いかけてくるなんて―――K。手抜きでもした?」

「そんなワケねぇだろ。俺はいつも通りやった」

「そう?ならいいけど」

 嘆息をつき、踵を返してKKの傍を通り過ぎる。

「行きましょ。そろそろ別部隊がこれを片付けに来るんでしょ?」

「あぁ」

「さて、早く戻ってこの事についてのレポートをまとめないと」

 その言い草は、まるで学校の宿題をまとめなければいけないという感じに聞こえる。

 月夜の晩。

 一人の死神と、一人の子悪魔が黒い影を伸ばして歩いていた。

 

「―――んっ。んぁ?」

 五月蝿い目覚しい時計。窓の外からは鳥のさえずりも聞こえる。

 朝だ。

 身体が素直に動き、布団の中から腕が伸びる。

 騒音が止まり、静けさが戻った。

「あっ、あぁ……ふみゅ。おはよう」

 自分に対して朝の挨拶を呟く。

 ベッドからおり、お気に入りのスリッパを履いて洗面台に移動。いつの間にか決まっていた順番通りに顔を洗い、

髪を梳く。鏡に映し出されたのは少し寝ぼけた表情を浮かべたベルだ。

 重い足を引きずりながらリビングへ。新聞を取りに行く気力はなく、倒れこむようにソファに座る。

 テレビに電源が入った。

『―――おはよう御座います。●月○日。月曜日のニュースをお伝えします』

「え?」

 ニュースキャスターの言葉に眠気が吹き飛ぶ。重かった身体も突然軽くなり、玄関へと向かう。新聞受けには今

日の日月が書かれた新聞が入っていた。

「―――月曜日―――」

 平日。日曜は昨日の事。なのにどうしてだろう。昨日一日何をしていたか記憶が曖昧になっている。

「また、だわ」

 綺麗な顔をしかめ、嘆息交じりに漏らす。

 昨日は疲れが溜まっていたのは昼まで熟睡。起きてからも部屋から出る気にはならず、家の中でできる事をした。

誰かに刷り込まれたような記憶が昨日の出来事を思い出させる。

「本当に、これはあたしの記憶なの―――?」

『―――時刻は○:●○分です』

「あぁぁぁぁぁぁっ。もうこんな時間っ!?」

 学校への遅刻を考えれば、曖昧な記憶の事などすぐにかき消されてしまった。

 部屋のクローゼットの隙間の奥に位置の変わった開かずの箱があるなど、彼女は知らない。

 

 昨日は何も無かったかのように男は道を歩いていた。今日もこれから仕事だ。周りの騒音が聞き取れないほど

ウォークマンの音量をあげ、現実と距離を置いている。

 登校時間なのか、通学路のような道には学生の姿が多く見られる。その中から金髪の少女を見つけ出すのはK

Kにとって難しい事ではなかった。

(―――ベル)

「あ!KKさん。おはようございます」

「あ、あぁ。はーよー」

「すみませんっ、今日はちょっと急いでいるんでっ」

「急ぎすぎて怪我すんなよ」

「はいっ!」

 立ち止まりもせず、そのまま横を通り過ぎていく。

 二人は背中あわせに遠ざかる。ベルは昨日の事を知らず、KKは昨日の事を語ろうとはしない。封印された鍵付

きの箱は、誰も開けようとしない。

 


やっと終了。

何故か今回は長くなってしまいました。

黒K黒ベル小説。

とゆってもオリジ設定でこの二人、青Kと白ベルと同一人物です。

いや、二重人格とか良くない?(笑)

それにしても、Ms.Bってのは―――少しダサい?

いや、いいコードネームが浮かばず。

それにしても自分、銃に対しての記憶が少ないせぇか文が酷い事に(汗)。

これはもう室長に教えてもらうしかないか。

多分、これも続くかもしれません。

―――とゆーか、Kベル小説は別にしよ。

02.8.19

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