「んっ、ふふっ、ふふっ、ふふ〜っと♪」

 機嫌のいい鼻歌が室内に響き渡る。

 床に放り投げられたお気に入りのシルクハット。造花ではなく、本物の薔薇が今日も綺麗に咲いて刺さっ

ている。その傍には薔薇と同じ色のファーがとぐろを巻いてひと時の休憩に骨を休めている。

 大きな鏡。その前には化粧品や櫛という身だしなみを整える道具が散らばっていて、椅子の背もたれには

今日着る予定の衣装が何着か選んでかけてある。

 紅色のマニキュアを塗った指が、少しラメの入ったピンク色の口紅を机に置く。

「ふっふふ〜ん♪」

 鼻歌は次第に音程を高まっていく。

「今日も決まってるわね―――んふっv」

 鏡に映った自分に投げキッスをしながら、サングラスの男はお色気ポーズを取ってみた。上半身が余裕で

映る鏡にカラフルな髪が同じように映り、サングラスの奥で瞳が細くなる。

 あいも変わらず止めているというより、骨と皮しかないスリムな身体が映し出される。それでも派手な男は

悩むどころか、自分の美しさに一段と酔いを増していた。

「なんて綺麗なのかしら、あたしって。でもっ……」

 何か不満そうに呟いてお色気ポーズを止める。人差し指を紅色の唇にそっと当てると、虚空を見上げて首

を傾げた。

 何か足りない。美しい自分をもっと美しく映し出すには、この鏡だけでは。

「何かもっといい方法はないかしら。もっと、いい方法―――あっ!」

 古典的だがピコンと頭の中で電球が光って手を叩く。そして、上品に唇の端だけつり上げて微笑むとルンル

ンで部屋を出て行った。

 

 ドアをノックする音が廊下と室内に反響する。

「ローズさん?います?」

 ボブヘアーの青年はもう一度ノックしてみた。動く度にカラフルなトレードマークのマフラーが揺れる。

 某スタジオの楽屋前。ドアの横には『W.B.ローズ様』と書かれた紙が張られている。

「ローズさん?いないんですか?」

 青年はもう一度ドアを叩こうとした。

 その瞬間。

「―――はぁい」

 狙ったかのように返事が返ってきた。

「あ、ローズさん。僕です。ワッキーです」

「―――あぁ、ワッキーちゃん?開いてるよー」

「あ、はーい。分かりましたぁ」

 許可を得てドアノブを回す。すると、確かにローズの言う通り鍵はかかっておらず、ドアは拒絶する事なく開

いた。

 中は他の楽屋と変わらない平凡な作り。その部屋の中心で、ローズは鏡と睨めっこしながらお色気ポーズ

を取り続けていた。

「あれ?何してるんですか?ローズさん」

「え?あっ、ちょっとね」

「―――ん?」

 部屋に少し入り込むと、そこでワッキーは自分の楽屋にはなかった物を発見した。

「あのー、ローズさん」

「なぁに?」

「いやっ。ちょっと、それって何かなぁっと思って」

「え?あぁ、これね」

 ワッキーの問いに答えるようにローズはやっと彼の方を向くと、自分の背後にある物体に触れた。

 それは何処からか持って来たか分からない、大きな鏡だった。

「ちょっと頼んで借りてきちゃった♪」

「借りてきたって……何処からですか?」

「ん?大道具さん」

 そう言ってローズは鏡の前でくるりと回転してみせた。

「でもどうして鏡なんか?メイクとかするぐらいなら楽屋の鏡でも十分じゃないですか」

「んー。それはそうなんだけどね」

 何か足りないと眉をひそめながらビシッとポーズを決める。

「こうやって二つの鏡を向かい合わせにすると、あたしがいっぱい映るじゃな〜い?これって素敵な事よv」

「―――はぁ」

 これにはワッキーもついていけず、ただ曖昧に納得するだけだ。

「ん〜。あたしって、本当に綺麗よね」

 鏡の前でポーズを何度も決め、自分に流し目を決める。

「あ。それでワッキー君?」

「何ですか?」

「何か用だったんじゃないの?」

「え?あ。そう、言えば―――」

 ローズに指摘されて、少しずつワッキーの表情が変わっていく。

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!そうですっ。そうでしたっ!!ローズさんっ、もう時間ですよっ!!僕、スタッフさ

 んに呼んできてほしいって言われてたんでしたっ!!!」

「ぇえっ!?どうして早く言わないのよっ!」

「すっ、すみませんっ」

「と、ともかく急ぐわよっ。早くしないと怒られるわっ」

 ドタバタと騒ぎながら衣装を手にして走り出す。激しくドアが閉まると、楽屋は一瞬にして静かになった。

 鏡が二つ向かい合った部屋。衣装とメイク道具だけが残されて、消し忘れた照明が時々点滅する。

『―――んふv』

 誰もいない楽屋で、鏡にローズの姿が映し出される。合わせ鏡に永遠と彼の顔が続いて同じ微笑みを浮か

べる。

 次第に白く曇っていく鏡の向こうで、もう一人のローズは踵を返して消えた。

 


 合わせ鏡―――なのだが。

 これで良いのか、悪いのか。

 ま、合わせ鏡なのには違いありません。

 ほら、鏡を重ねたら大量に自分が映し出されるだろ?

 これはもうナルシーの出番かいなっと思って。

 あははははは……ローズファンに殺されそうです(汗)。

 最初はロキで「素敵ミステリィ〜♪」とかゆわせようかと思ったのだが、合わせ鏡で出てくるような悪魔が

北欧神話におらんやんって事で却下。

 まぁ、個人的には少し満足なのでこれでOKって事で。

 03.8.15